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せめてオルゴールだけでも  作者: ほだか
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母が死にました

「この度は、ご愁傷様でございます」

「生前は、母がお世話になりました」


 私はマニュアル通りの謝辞を簡潔に伝え、参列者を式場に案内する。


 先週、母が亡くなった。相手の車の不注意による交通事故だったらしい。赤色の信号を無視して突っ切ってきた自動車に撥ねられ、救急車で搬送。即死だったそうだ。


 母の両親、つまり私の祖父母は、私が物心つく前に亡くなっている。身寄りがなく、四十五歳と若くして亡くなった母の葬式には、意外にも多くの参列者が訪れた。これは、日程を調節できる期間が長かったからだろうか。通例では二日後に行われるはずの葬儀だが、式場や火葬場の手配に時間がかかってしまい、一週間後に持ち越してしまったのだ。黒い礼服に身を包んだ過去の友人や教師、母が務めた会社の人々が、どこか申し訳なさそうに葬儀場に訪れては、私の案内を待っている。仕事をしなければ。


「葬儀場は通路を曲がって右になりますので、椅子にお掛けになってお待ちください」


 参列者名簿に記帳してもらい、案内を続ける。

 母の旧友だったらしい女性が子供を連れて式場に向かっていった。通路に飾られた、たくさんの白い花を見て喜ぶ女の子が、「静かにしなさい」と怒られてしょんぼりしているのが不思議と印象に残った。


 葬儀は滞りなく終了した。

 私と親戚の人たちが式場に残り、後片づけをしている。とはいえ、私は高校を卒業したてで大した教養はなく、経験を積んでいるわけでもないため、できることはたかが知れていた。式場の人へのあいさつは叔父に任せ、私は頂いた香典を整理していると——


「智子さん、こうなるとは思っていたのよね……、だって——」

「あ、ほらあの娘が……」


 何やらぼそぼそと聞こえてくる声は、どうやら母に対しての言葉らしい。陰気なものだなと思う。私がいるからと、あからさまに小さくなった声ではあるが、耳障りな騒音であることに違いはない。本人の葬式後くらい静かに送ってやればいいものを。


 私も最近知ったことだが、母は親戚連中から嫌われているらしい。理由については諸説あるが、どれをとっても嫌われても仕方がないと、娘である私が思うほどに、世間に対する母の立ち回りは酷いものだった。やれ整形に金を使いすぎだの、悪い男に貢ぎすぎだの、子供の教育を放棄しているだの、そもそもの教育が悪いだの……。


 だんだんと私の方に矛先が向いてきた言葉に気まずくなり、飲み物を買ってこようかと腰を上げると、先程の女の子が駆け寄ってきていた。そして唐突に言う。


「かなしくないの? 」


 子供から発せられる無邪気な言葉の方が、中途半端に気を使う大人の言葉よりもまだマシだと思う。


「なんで? 」

「かなしくなさそうだから」


 あぁ、なるほど。あの人たちが子供の教育が悪いと言っていたのは、たった一人の母親の葬式であるのにかかわらず、何一つ悲しそうに見えない私が原因だったのかもしれない。無論、全く悲しいないといえば嘘になるが、そうなのだが……。


「おかあさんはどんなひとだったの? 」


 考えているうちに、次の質問になった。子供の集中力は長く持たないのだ。その時は、周りの人たちへの反骨精神があったからかもしれない。私は、普段なら言うはずのない言葉を、周りに聞こえるであろう声量で並べた。

「いい人だったよ、優しくてね。きれいでね、いつも私のことを考えてくれてね」


 女の子は、「ふーん」と興味なさげにお母さんのもとへと戻っていった。自分から聞いておいてと少しむっとするが、子供なんてそんなもんだと気を取り直した。


 ……いつも厳しくて。私の考えなんてちっとも分かってくれなくて。暴力を振るわれることだってあってね、とはさすがに言えなかった。


「……お母さんがどんな人だったのかなんて、今でも分からないのにね」


 誰にも聞こえないように呟いた。


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