とある災厄の魔女のお話
あら、いらっしゃい。
こんなところに何の御用?
ここには廃墟しかないわよ。
え?私?
ふふ、災厄の魔女が滅ぼした国で何をしているのか気になるの?
私はただ、残された御霊が天に昇るのを見届けるだけよ。
あと少し。もう少しで、この国の人々の御霊は災厄の魔女の手によって天の国に旅立つわ。
災厄の魔女が作った、天の国。不幸のない楽園にね。
彼女は、ね。とても優しい人だったの。聖女、と呼ばれるほどにね。
奇跡の力を操り、誰よりも慈悲深く、すべての人の救済を望んでいたわ。
けれど。そんな彼女でも、すべての不幸を取り除くことは出来なかった。むしろ自分の手で不幸を生んでしまった。そんな彼女は絶望感に打ちひしがれた。
彼女は、誰よりも大好きだった人を失ってしまったのがきっかけで壊れてしまったのよ。
彼女はね、孤児院の出身だったの。その孤児院に慰問に来る貴族の夫人が連れてきていた女の子。貴族の少女とは親友だった。身分を超えてね。
その貴族の少女と何度も遊ぶうちに、貴族の少女が気付いたわ。彼女には特別な力があるって。奇跡の力、魔法。魔術とは違う、本物の奇跡。
彼女は孤児から聖女になった。けれど、貴族の少女とは相変わらず親友だった。
悪いのは、そう。彼。ああ、聞いたことがある?この国の王子、貴族の少女の元婚約者。彼は、貴族の少女より聖女を望んだ。
彼女は、貴族の少女には悪いと思いつつも王子に惹かれてしまった。両想いの二人、王子と聖女。貴族の少女は身を引いたわ。ええ、恨みはなかった。失望はしたけれど。
…貴族の少女の王子妃教育は終わっていた。貴族の少女は王家の闇も知っていた。婚約者で無くなった以上、貴族の少女は生きることを許されない。貴族の少女は、毒杯を賜った。
彼女は何も知らなかった。けれど、突然の親友の死に彼女は真実を知った。優しいと思っていた王子が、その結末を知りながら自分に言い寄っていたことも含めて、ね。
彼女は初めて本物の絶望を知った。自業自得、と貴方は笑うかしら。私もそう思うわ。でもね、それでも。私はあの子に、純粋無垢なままでいて欲しかった。絶望なんて、真実なんて知らないで欲しかったわ。ざまぁ、っていうの?それは望んでなかったのよ。本当よ?
けれど彼女は、それを知った。知った以上、彼女は変質するしかなかった。何故なら彼女は、無垢であることこそが強みだったのだから。
だから、彼女は災厄の魔女となった。この国すべての命を喰らい尽くし、この国を滅ぼした。王子は、最期の最期まで自分の罪を認めなかったけど。まあ、災厄の魔女の作る楽園に行けるのだからいいんじゃない?
そして、災厄の魔女は全ての魂を己の中に内包し、奇跡の力を使って空…宇宙へ旅立とうとしている。新たな星で、楽園を生み出すのよ。…単純で馬鹿なあの子にしてはよく考えたけど、あの子一人で世界を生み出せるか心配だわ。いえ、世界を生み出すのは今のあの子なら簡単ね。
…楽園に、出来るのかしら。あの馬鹿王子への憎しみを、あの子は忘れられる?…あの子と馬鹿王子の婚約を望んで、私の結末を知りながら何も言わずに見捨てたすべての人をあの子は赦せる?
私は、毒杯を大人しく受け入れたことで天の国の使者になったもの。その時にはもう憎しみとか怒りとかは何も感じなくなったけれど。あの子は…魔女に変質してしまったから、むしろそれらの感情は倍増しているでしょうね。
あの子が作る世界が、地獄にならないことを祈るわ。どうか、優しいあの子が望んだ楽園になってほしい。…本当よ?
ああ、隣国の王子様。私に横恋慕していながら、馬鹿王子と私の幸せを尊重して手を伸ばしてこなかった貴方。今、災厄の魔女の篭った繭が割れて、あの子が宇宙へ旅立つわ。…貴方の伸ばそうとして伸ばさなかったその手を、今だけ握らせて。共に祈りましょう。新たな楽園の、誕生を。
…行ったわね。結局、私に気付かなかったのね。でも、そんなものだわ。…私は天の国の使者。新たな楽園の誕生を見届けるだけよ。さあ、私はあの子を追いかけるわ。すべてを見届けて、天の主人に報告しなくてはいけないの。…貴方は、人と生きなさい。私はもう人ではないわ。一緒にはいられないの。
そう。貴方は幸せに生きて。その上で、もし天上の世界でまた会えたなら。色々な、お話を聞かせて。私が天の主人にそうするように。…さようなら。