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3-1 フォルメリア王 国際会議開催地へ

本日もよろしくお願いします。


 余の名はライオネル3世。

 フォルメリア王国の国王である。


 余は夢を見ているのだろうか。

 そう疑ってしまうほどの光景が、視線の先にあった。

 家臣たちもポカンと口を開けて、その光景を見つめている。


 それは南国の島にある大都市。

 アアウィオル王国の王都の近くから転移門によって繋がった楽園の姿だった。


 その名も、リゾート村。

 全くもって村要素がない。


「神の宝あるじゃん……」


 ホールデン侯爵が呟く。

 無理もない。


 アルテナ聖国は『アアウィオルが神の宝を盗み出した』と言って神威裁判を開いた。

 しかし、アアウィオルはこれを完全に否定。神の宝などないし、盗んでもいないと。

 アルテナ聖国は神に裁かれたわけで『盗んでいない』というのは事実なのだろうが、これは本当に神の宝ではないのだろうか? 神は神の宝の実在については言及していなかったのだ。


 高台から下りて馬車の車窓から間近に見た町並みは、最先端などという言葉では生温いほど美しい町並みで、余は寒暖耐性がついた魔道具を借りているにもかかわらず、汗をダラダラ流していた。


 我々はアアウィオルから武力制圧されるのを恐れていたが、警戒するべきはそれだけではなさそうである。

 まだ詳しく見ていないので確実なことは言えないが、下手をすれば各国の富がアアウィオルに集中しかねない。


「王妃殿下、姫殿下、ご覧ください。あちらに見えるのは、以前のお贈り物に入れさせていただいた石鹸類が販売されている店舗になります」


 同乗する案内役の女性が、そう説明する。


「まあ! 聞きまして? あの石鹸のお店ですって!」


「はい、お母様!」


 元から高かった妃と娘のテンションが、今日一番の盛り上がりを見せた。


 2人の姿はここ数週間で見違えるように美しくなり、その原因は以前貰ったお土産セットに入っていた髪用と肌用の石鹸にあるらしい。どんなに効果があっても使えばいずれは無くなる物なので、それがここで買えるとなれば盛り上がるのも無理はない。


「ねえ、あなた、ドレスのお店はありませんの?」


「はい、いくつもございます」


「まあ!」


 3人の会話に、余は別の意味で嫌な汗をかいた。


 ホールデン達の馬車でも同じようにお土産の説明されちゃっているのかな、と。

 余、アイツらのお土産から石鹸や魔法のアクセサリーを抜き取っちゃったんだが。


 余は、今から言い訳を考え始めるのだった。

 ……うむ、技術格差を懸念して研究材料にしたとでも言っておこう。




 ゾルバ帝国とアルテナ聖国が画策して行なったアアウィオル王国侵略戦争。

 その決着から3週間が経ち、余は国際会議のためにアアウィオル王国にやってきていた。その開催地となるのが、このリゾート村であった。


 国際会議という重要な会議にもかかわらず、開催要請からひと月も掛らずに開催となったのは、エメロード殿が各国の状況をよく理解しているからだろう。


 アルテナ聖国が自信満々で開いた神威裁判だったが、これはアアウィオル王国が行なった本当の神威裁判によって、とんでもないヤラセ裁判だと暴露された。

 さらに、多くの神官が今回の事件に関わり、神によって神官としての在り方を否定されてしまった。


 余を含む多くのフォルメリア人がこの裁判の様子を遠隔の光景を映し出す魔道具で目撃したのだが、このせいで国内は大混乱に陥った。


 創造神様を信仰していない人間などこの世にはいない。

 人々が神へ祈るための場である神聖教会の不正が他ならぬ神自身によって白日の下にさらされたのだから、混乱に陥るのも当然だ。

 しかも、教皇とゲロスとか言う神官に至っては、ゴブリンに姿を変えてから惨たらしく死んでいるし。


 アルテナ聖国に蔓延していたのが『ゴブリン返り』という現象だというのは、アアウィオル王国から派遣されていた文官によって教えられ、民にも共有した。しかし、だからといってすぐに混乱が収まるわけがない。


 基本的に神聖教会の教えを守って生きてきた我々である。

 その神聖教会の総本山が神によって否定されたのだから、自分たちの生き方が正しいのかわからなくなってしまったのだ。

 神がそんな狭量だとは思えないが、民というのは勝手に盛り上がり、勝手に不安になるものである。


 一刻も早くアアウィオル王国と国交を再開し、神のご意思を確認してほしい。それが貴族を含めたフォルメリア王国民の総意であった。


 これはフォルメリアだけでなく、あの日、ゾルバ帝国との戦争を見学するために王が誘拐された全ての国が同じ状況になっているはずだ。

 アアウィオル王国がわずか3週間で国際会議を開いたのは、つまりはそんな我々の都合を考えてのことなのだろう。




 余たちが案内されたのは、城と見紛うほど大きく豪奢な宿屋だった。


 建物の中は派手過ぎず質素過ぎず、品のある佇まい。石材をベースに美しい木目の木材を巧みに使った建築は、初めて入る建物なのに何故だかとても落ち着く。


 そこかしこに見たことのない魔道具が配備されており、特にお付きのメイドたちが受ける恩恵が大きいようで、メイドたちはその魔道具の効果にしきりに感動していた。


 妃は部屋にある鏡台をいたく気に入っているようで、姫と共にうっとりしている。たしかに、余もこれほど美しい鏡は見たことがなかった。


 そんな宿が、我がフォルメリア一行専用の宿所として貸し出された。


 こんな場は滅多にないため、貴族たちは伴侶や子供を連れてきていた。もしも他国の王族に子供が見初められたら、その国への外交の利権が盛大に飛び込んでくるからだ。

 特にアアウィオル王国は王子が2人なので、その思惑が透けて見えるような同行者が多い印象。かくいう余も姫を連れてきている。


 家ごとにそれぞれの部屋に案内されたのだが、今頃、その全員が我々のように驚いていることだろう。


「皆様にはこちらをお渡しいたします」


 さて、人心地ついたところで案内役の貴族の女性が渡してきたのは、手に納まる大きさの魔道具だった。

 それを見て、王妃がハッとした様子で言う。


「これはまさか、時間を刻んでいるのではありませんこと?」


 それを聞いた余は、大仰に頷いた。余も同じ推測をしていた気がする。


「ご明察にございます。それは魔石時計と言います」


 うむ、やっぱり余の考え通りだ。


 それから説明を受けてみると、これが非常に便利な物だった。

 今までは神聖教会の鐘の音で時刻を把握していたが、鐘と鐘の間の時刻は勘に頼るのが常だった。しかし、これがあれば多くの物事が円滑に進むだろう。この技術、すごく欲しい。


「それでは、その時計の時刻を基準にして、本日のご予定を説明いたします」


 国際会議までまだ数日は日があるので、本日の余たちはいきなり自由行動であった。

 しかし、自由にして良いと言っても、初めての町なので何をすればいいのかもよくわからない。


「王妃殿下並びに姫殿下へご提案したいのは、エステにございます」


「エステですか?」


「はい。アアウィオルの女性に大人気の美容マッサージにございます」


「「ぜひ行きましょう!」」


 2人の予定が即座に決まった。


「その後には、先ほどのお店の店主を呼んでくださらないかしら」


 妃がそう言うと、しかして案内役の女性はとんでもない答えを口にした。


「申し訳ありません、王妃殿下。このリゾート村では商人がお客様の下へ足を運ぶことは基本的にありません。これは他国の要人はもちろんのこと、我が主であるエメロード女王陛下でも同様にございます」


「ええ? エメロード様も? それはまた不思議なルールがあるのですね」


「はい。例外として、オーダーメイドの品のお届けや、移動が困難なお年寄りのために来訪することはあるようですが」


「でも、町へ出て危険はないのかしら?」


「皆様にはこちらをお貸しいたします。先日のお土産でお贈りさせていただいた『オートシールドの腕輪』と『緊急回復の指輪』の効果を複合し、より強力にした指輪です」


 ドキン!

 化粧品店の時もそうだったが、その説明もホールデン達にするのだろうか?

 余、あいつらのお土産からその2つも抜き取っちゃったんだけど。

 ……ううむ、これも技術研究とかなんとか言っておこう。


「この町の中で皆様の命を狙う者が現れたら、我々が責任を持ってその命令者に報復しますのでご安心ください」


 ゾルバ帝国のやられっぷりを見た後でそんなこと言われると、怖すぎるんだが。


 実際に、余は暗殺もできる諜報員を連れてきている。毒には毒を、だからな。

 もちろん使うつもりはないが、アアウィオルにはこの人選がバレている可能性がある。


 というか、ここに来る者は全員が教皇の末路を知っているだろうから、暗殺なんぞ怖くてできないはずだ。少なくとも、教皇の末路の正確な情報や神のご意思を確認するまでは。


「買い物について、もう一点ございます。この村では、ひとつの店につき5品しか買うことができません」


「ええ? ずいぶんと変わったルールが多いのですね?」


「はい。ですので、どうぞ真剣にお買い物をしていただきたく存じます」


 なんとも奇妙なルールを聞き、余たちは微妙な気持ちになった。

 しかし、これからアアウィオルと友好関係を結ぼうという時なので文句は言えない。




 男が受けるのは別におかしいことではないようなので、余もエステとやらを受けてみた。


 途中であまりの気持ち良さに眠ってしまったのだが、目覚めてびっくり。

 最近の激務で荒れていた肌が綺麗になり、少し気になっていたこめかみのシミも薄くなっていた。


「なんと……」


 さらに、衰えを感じていた肉体に活力が漲っている。特に胸の閉塞感が取れ、呼吸が非常に楽になった気がする。エステすげぇ……。


「フォルメリア王陛下はこの部分の魔力の流れが特に悪くなっていました」


 余を施術した男性施術士が、体の中に線がたくさん描かれた人体の絵を交えて、そう説明した。

 普通こういうのは執事やメイドが聞く話なのだが、余も思わず聞き入ってしまった。


 なんでも、肩甲骨と鎖骨に流れる4つの大きな魔力の流れが悪くなっているという。ここが悪くなると呼吸がしにくくなり、そこから来る慢性的な疲労のせいで万病の原因になると言う。


 執事は少し懐疑的に聞いているようだったが、実際に施術を受けた余は事実だという確信があった。


「これは1回の施術で完治するものではありませんので、今回のご滞在の期間、あと2回の施術を受けていただきたく進言します」


「ほう、これ以上良くなるのか。ならば、よしなに頼む」


「かしこまりました。それではフォルメリア王陛下のご予定に加えさせていただきます」


 とまあそんなふうに余はエステを終えて、妃や姫と合流した。


 2人とも、ピッカピカになっていた。

 妃は10歳くらい若返って見えるし、姫はその美しさに磨きがかかっている。

 明らかに上機嫌なので、余はとにかく思いっきり褒めておいた。


「ほほほっ! これが妾の本気ですのよ?」


 いや、本気ってなんだよ。

 美しさに本気とかあるのか?


 姫もシャランと髪を払いまくっている。

 輝いているのはわかったからやめなさい。


 しかし、余計なことを言っても馬鹿を見るだけなので、機嫌が良いまま次なる予定に入った。

 お買い物である。


 余たちは馬車に乗って、大通りまでやってきた。

 これだけの大都市なのに明らかに人の数が少なく、今日のために余計な人間を入れていないのが見て取れる。


「あなた、まずは化粧品のお店に行きますわよ」


 えっ、と思ったが、余の口からは「うむ」と出た。

 どうしよう、全然興味がない。


 そうして入った化粧品店は、なんとも煌びやかな世界だった。

 色とりどりの美しいガラス瓶が並び、それを見る妃や姫、メイドの瞳が少女のように煌めいた。おい、女の近衛騎士、お前はそれじゃあいかんだろう。


 妃は侯爵家の出なので、自分で商店に入ったことなどないのだろう。まあかくいう余も、若い頃にお忍びで遊びに行ったくらいで、そこまで経験があるわけではないが。


「ようこそいらっしゃいました。ご案内いたしますか?」


 余が来たのにすんごくラフな態度で、正直、驚いた。

 これが我が国でのことなら、従業員総出で出迎えることだろう。

 自国の女王すらも過剰な特別扱いはせずに接客するとは聞いていたが、どうやら本当のことらしい。

 貴族によってはびっくりして打ち首にしちゃうんじゃなかろうか? ……余の家臣たちは大丈夫だよな?


「ユーニ、先生から頂いたメモを」


 妃はお付きのメイドに指示をして、なにやらメモを店員に渡した。

 そのメモを店員が確認すると、すぐに商品の準備を始めた。


「あんなメモどうしたのだ?」


「エステの先生に頂いたんですのよ。妾とシャルテアの肌に合う化粧品のメモですわ」


 ちなみに、シャルテアは姫のことである。


 店員が出したのは、まるで宝石のように美しいガラス瓶の数々だった。

 5品という制限を明らかにオーバーしているが、女の肌の手入れは5品で済むものではなく、これら全てで1セットらしい。全然わからん。


 なにはともあれ、メモを貰っていたのでこの店での用事は実にスムーズに終わった。

 しかし、どういうわけか妃たちは店から出ずに、買わない化粧品をうっとりと見つめる。確かに入れ物の瓶は芸術品と見紛う美しさだが、いったいどうしたことか。なあ、もう行かぬか?


 しばらくして気が済んだのか、そのまま流れるように隣の店舗へと導かれる余たち。

 隣も化粧品店だったのだが、こちらはメイクアップ化粧品らしい。こちらも店舗内はキラキラしており、必然的に妃たちの瞳もキラキラした。


 要は白粉や口紅を売っているのだろうと思っていたのだが、その品揃えがまた凄まじい。口紅だけでも何十種類も並んでいる。


 こちらの店でも、そこまで時間はかからなかった。エステで化粧もしてもらったようで、その時に使ったメイクアップ化粧品のメモを渡して買うだけだったからだ。


 しかし、やはりこちらの店でも買わないメイクアップ化粧品を眺める妃たち。

 どう見ても同色にしか見えない3種類の口紅を指さして、メイドも交えてあーだこーだと議論している。なあ、もう行かぬか?


 妃たちのこの謎の行動は、予兆に過ぎなかった。


 商人とは一級品の商品を携えて訪問してくるものだと思っていた余は、知らなかったのだ。好きな物を好きなだけ買う、という選択肢を使えない時の女の買い物がとても長いということを。


「ユーニ。どっちの髪飾りが素敵かしら?」


「王妃様、どちらも似合いすぎてユーニには決められません! ですが、先ほど購入したアフタヌーンドレスと合わせてみてはいかがでしょうか?」


「それだわ!」


「王妃殿下、恐れながら進言いたします。あちらに魔物の牙を彫って作ったという美しい髪飾りが売っているのを発見しました!」


「まあ、魔物の牙を? 想像がつかないわ。すぐに案内しなさい」


「はっ!」


「お母様、見てください」


「まあ、シャルテア、なんて素敵な髪形なの! あら、そのイヤリングはどうしたの?」


 キャッキャキャッキャ!


 なげぇ……っ!

 あと、女の近衛騎士。なにが進言か。お前も楽しんでるんじゃないよ。


 化粧品類を買い終わった妃たちは、それから買い物を猛烈に楽しんだ。

 商人が自分の下に足を運ばないというここのルールに微妙な顔をしていた女たちとは思えない楽しみっぷりだ。

 メイドもそう。我が主に足を運ばせるとは何事か、みたいな不満な顔をしていたのに、妃たちと同じかそれ以上に楽しんでいる。


 この町の店はどこも通りに面した壁が綺麗なガラス張りになっており、そこに見本の商品が並んでいるのだが、そのせいで妃たちは女性用の店に片っ端から入った。


 そして、入るたびにキャッキャと少女のように大騒ぎである。


 余?

 余はアフタヌーンドレスを買った店で、「どちらもとても似合っていると思うぞ」と褒めたら、それ以降、質問されなくなった。解せん。


 いくつか店を巡ると、ホールデン侯爵に遭遇した。

 正室と側室2人、さらに娘を2人連れてきているホールデンは、完全に目が死んでいた。


 どうやらお土産を抜き取ったことを怒るどころではなさそうで、シメシメとしていたのも束の間。

 正室と側室が我が妃たちと合流したことで、恐ろしい魔法反応を見せた。


 余はホールデンと共に逃げた。

 そして、逃亡の道中で他の男性貴族たちもこれ幸いと合流してくる。どこの家もまったく同じ状況になっているらしいことは、彼らの救われたような目を見ればわかる。


 ひとつの店で買える物が5品まで、という悪魔のルールが全部悪い。このせいで、欲しいものは全部買うという選択肢が取れず、商品選びが女たちの真剣な遊びになってしまっているのだ。


 まだ国際会議は始まっていない。

 それなのに、フォルメリア王国は国家運営の片翼である女性たちの心を鷲掴みにされてしまうのだった。



読んでくださりありがとうございます。


楽しんでいただけたら、どうぞ高評価のほどよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ホールデンさんの許しをもらう描写が欲しかったな。王家の人員教育と同等の人員数を、リゾート村の教育研修に行けるよう他の貴族家より贔屓するとかで、恨みが少なくなるようにしてほしいです。
[良い点] 再開ありがとうございます! [気になる点] どの世界どの国どの権威でも女の買い物には男は付いていけないものよ… [一言] その男性用エステ、自分も受けさせて欲しい… 腰が…腕が…
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