2-50 エメロード 女王の成果
本日もよろしくお願いします。
妾の名前はエメロード・アアウィオル。
アアウィオル王国第15代目女王だ。
いま妾は、王城外門の上に立っていた。
そこから見えるのは、王都の大通りを埋め尽くす人、人、人。
これからゾルバ帝国との戦争終結を宣言するのだ。
アルテナ聖国が神敵にしてきたし、ゾルバ帝国は侵略戦争を仕掛けてきたし、民の不安を解消するのは急務なのだ。
というわけで、妾は女王の威厳をブワリと放ち、民の前に立った。もちろん、拡声の魔法を使って王都中に声を届けているぞ!
妾はキリリとしながら、国民に向けて語った。
「すでに耳の早い者は聞き及んでいるかと思うが、ゾルバ帝国とアルテナ聖国が画策して行なった此度の侵略戦争は、我がアアウィオル王国の完全勝利で幕を閉じた」
妾がそう宣言すると、王都中がワッと沸いた。
うむ、すっごく早い。
まだ話は続くのだがな。
というか、もう噂で聞いているだろうに。
しかし、こうして盛り上がってくれたら嬉しいのもまた事実だ。なかなかバランスが難しい。
拡声魔法で王都中に声を届けているので、この歓声を抑えるのは容易ではない。だから、妾は少しだけ待ってから続けた。妾が喋れば勝手に静かになるだろうと期待して。
「親愛なる我が国民よ。神敵という人の尊厳を奪うような汚名を着せられたにもかかわらず、よくぞ耐えてくれた。くだらぬ妄言に惑わされずに、国を信じ、妾を信じ、隣人を信じてくれた諸君を妾は誇りに思う」
妾が言葉を切る頃には、民は冗談のように静かに聞いてくれていた。
「此度の戦において、戦場で我が国の騎士に死傷者は出ていない。それだけ圧倒的な戦いだった。しかし、ゾルバ帝国との確執は遥か昔からのものである。諸君らの家族や祖先の中にはこの確執の中で散っていった者もいよう。今日というこの日は、そんな偉大なる祖霊たちの礎のもとに勝ち得たものだ。諸君、まずは我らの祖霊に、平和な日々が訪れたことを報告しようではないか」
妾がその場に膝をついて見せると、民たちも続いてくれた。
そうして行なわれた祈りは、どこか熱気を孕んだものに思えた。
祈りが終わると、抑えていた歓声が上がった。
そんな歓声の中で、膝をついたまま抱き合う家族の姿も見られた。
青空を見上げて涙を拭う中年の兵士には、どんな過去があったのだろうか。
街角で多くの人に慰められながら抱き合って泣く犬耳の老夫婦には、いったいどのような物語があったのだろうか。
ふぅ……。
これから妾が告げることは、彼らの気持ちを無視する行ないだろうか?
そんな恐れを抱きながら、妾は国民に視線を向けて語った。
「妾たちは侵略を受け、それを退けた。これは当然の権利であった。諸君らの中には留飲を下げた者もいよう。それは当然湧き上がる気持ちだ。しかしだ、敵とはいえ多くの者が死んだのもまた事実である。その中には望まずに戦場に立った者もいたかもしれない。……諸君、これは妾のわがままだ。戦場に散った敵兵たちのために、これからひと時の間、彼らの冥福を祈ってやってはくれぬか?」
妾がそう告げると、民から動揺のようなざわめきが少なからず起こった。
まあアアウィオルは侵略された側だし、敵兵が討たれるのはむしろ大変に喜ばしいことだからな。冥福を祈ってくれと言われても困惑するだろう。
中には、先ほど泣いていた者たちのように、過去、損失を被った者もいるはずだ。そんな者からすれば納得できることではない。
まず動いたのは妾の隣に立つラインハルトだった。
両膝をつき、手を合わせて祈りの姿勢を作った。
それに続く形で、戦場に出ていた騎士や貴族たちが膝をつく。
妾は、彼らに祈れと指示は出していなかった。
それなのに、あの一方的な戦場で戦った者が、血に溺れずに憐れみの心を持ってくれていたことに、妾は嬉しく思った。
騎士が祈りを捧げれば、部下である兵士たちは続かないわけにはいかない。
そして、次第に民たちも一人、また一人と両膝をついていった。
そんな中で、先ほど泣いていた者たちが率先して手を合わせてくれたことが、とても印象的に映った。
今は、なぜ敵の冥福を祈るのかわからなくてもいい。
勝利に酔ってはならない。
強くなりすぎたアアウィオルにとって、勝利は毒になりうる。
いま、お前らが捧げている祈りは、敵兵のためではないのだ。
民たちが祈りを捧げる姿を見て、妾もまたその場に両膝をついた。
「戦場に散った戦士たちよ。罪なき者には冥福を。罪多き者には、いつの日かその魂が清らかなものに生まれ変わることを祈る」
妾がそう祈りを捧げると、少しだけ王都の気配が清らかなものに変わった気がした。
……いいや、それはきっと気のせいではないだろう。民の心の中にも憐れみが宿ってくれたに違いない。
「我が愛しき民よ。諸君らの優しさを妾は誇りに思うぞ」
妾はそう言うけれど、すっかりお祭りムードに水を差した形だ。
もうこれは、ごめんなさいとしか言いようがない。まあ言わんけど。
代わりに妾が言うセリフはこれだ。
「これを以て、ゾルバ帝国とアルテナ聖国による侵略戦争の終結を宣言する」
王都に再び大歓声が上がった。
戦争の終結から1か月。
この1カ月は、我ながらよく死ななかったなと思うほどの激務だったが、まあそれはまたの機会に語るとして。
この日、妾は学園島の女子寮に訪れていた。
理由は学園島に通う2月の各組がそろそろ卒業するからだ。
2月の中旬に入学した彼らは、半年間の修練を終えてこの8月に巣立っていく。
妾は卒業していくこの子供たちと語らいたかったのだ。お風呂で。
入浴の時間は入った月毎で大体決められているようなので、それを狙って絶世の美女王・妾の登場である。
「あーっ、エメロード様だ!」
「「「エメロード様!」」」
少女たちが妾を発見すると、黄色い声を上げた。
うむ、若返る!
妾は彼女たちの授業に混ざって学んだこともあるので、少女たちの中には知った顔も多い。
最も卒業が早い2月1組だと、リーダー格のレナに、優しいミリー、甘えん坊のタータなどが印象深い。他の組だとネコミミ姉妹が目立ったか。
男子でも目立つ者は大勢いるが、ここは女湯なのでいるわけもないので割愛する。
「陛下、お背中を流します」
一緒に連れてきたメイドが言う。
「タータがやります!」
「ミャムムもやります!」
すると、幼い少女2人がそんなことを言った。
完全に身の程を弁えていない発言に、年上の少女たちが慌てた。
「いや、構わん。それでは頼めるか?」
「「はい!」」
妾はそんな少女たちを窘め、2人に背中を流してもらった。
日頃から姉たちの背中を流しているのか、その腕前はなかなかのものだ。鏡に映った2人の表情は真剣で、この歳でもう女の肌が繊細なものだと教育されていることが窺えた。
「タータ、ミャムム。戦争は怖かったか?」
「タータはちょっと怖かったです。でもレナお姉ちゃんたちとアルバイトを頑張りました!」
「ミャムムも! ミャムムもアルバイトを頑張りました!」
「そうかそうか。お前らの頑張りにゾルバ帝国の者らはとても感謝していたぞ」
「んふぅ!」「にゃふぅ!」
少女たちのもてなしを終え、妾は湯船に入った。
広い湯船には若い肌がそこら中にあるが、妾に少女趣味はない。女も好きな妾だが、さすがにこの歳だと娘のように思える年齢だからな。
「お前たち。神敵にされて、戦争が起こって、怖くはなかったか?」
妾は他の子供たちにもそう問うた。
けれど、この学園に通っている子供たちだ。
不安はあったが、みんなでアルバイトを頑張ったと笑顔で答えた。
「エメロード様。ゾルバ帝国に情けをかけてくれてありがとうございました」
そう言ったのはネコミミの少女だった。
たしかニャルと言う名前だったか。先ほど妾を洗う栄誉を体験したミャムムを隣に座らせている。
こんな少女が敵兵に情けをかけたことに対してお礼を言ってきたので、妾は少し驚いた。しかし、話を聞いてみて納得した。
「ニャルは……あたしはゾルバ帝国で生まれて、小さい頃にこの国に逃げてきました。あの戦場に、ゾルバ帝国のスラムで暮らしていた頃の友達がいて、エメロード様に救われたんです」
この子はゾルバ帝国からの逃亡民だったのか。
だから区別されるという話ではなく、幼い頃の彼女の人生を想像して同情した。
「そうか。しかし、それはその者に宿っていた良心が自らを救ったのだ。お前の友人は過酷な人生の中で懸命に戦ってきたのだろう。それはとても立派なことだ。大切にしてやるのだぞ」
「はい!」
ニャルは元気に返事をする。
うーむ、ネコミミも可愛いな。
それからも話しかけてくれる子供たちは現れ、その話から彼女たちがいま満ち足りていることが窺えた。
「もうすぐ卒業だな。学園は楽しかったか?」
「はい、とっても楽しかったです!」
「そうか、それは良かったな」
少女たちの屈託のない笑顔を見て、妾はここ最近の心労が癒える気がした。
「どうだ。卒業したら働くことになるが、前よりも豊かに生活できそうか?」
妾がそう問いかけると、多くの少女が自信に溢れた顔で返事をくれた。
冒険者を続ける子。
大きな商会で事務に採用された子。
妾が新設した国営治療院に採用された子。
貴族家からメイドとしてスカウトされた子。
中には大貴族からスカウトされ、一般文官の見習いを始める子もいる。
「お金をいっぱい稼いだら、小さなお風呂があるお家を買うんです!」
「はははっ、そうか、頑張るんだぞ」
そんな夢を語る子もいた。
薪を使わない湯沸かしの魔道具が職人たちに伝授されたから、それは貴族でなくとも叶う夢。
卒業する子供たちの未来は明るそうだ。
「陛下。ロビン馬車を走らせてくれてありがとうございました」
妾が感慨深く思っていると、1人の少女がお礼を言ってきた。
ロビン少年にお礼を言えと格好つけるのは簡単だが、この子たちは賢い。
ロビン馬車を実際に走らせるのにどれほど金がかかったか理解しているのだろう。
ならば、妾もそのお礼を真摯に受け取ろう。
「うむ。お前たちの笑顔が見られたことで、妾やロビン馬車に従事した者たちの苦労は報われた。幸せになるんだぞ」
「はい!」
「さあ、もうだいぶ入っている。そろそろ上がろう」
妾は子供たちを風呂から上がらせた。
子供たちが名残惜しそうにしてくれるのは、女王冥利に尽きるというべきか。
そんな中、ニャルとミャムムが湯船の中で見送る妾へ頭を深々と下げてきた。
「エメロード様。毛布を配ってくれて、ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
妾はそのお礼に、一瞬言葉が詰まってしまった。
妾が子供たちに配った毛布は、キャサグメたちがもたらしたこの学園とは比べようもないほどにちっぽけな物だった。他にも炊き出しなどもしたが、戴冠したての妾の力ではあの程度のことしかできなかった。
大きく変わり始めたアアウィオルを見て、妾はそれを密かに情けなく思っていた。自分の力で民を幸福に導けなかったことに悔しくも思ってきたのだ。
だからといってキャサグメたちに当たるような格好悪いことはできないし、妾はこの気持ちを墓場まで持っていこうと決めていた。
そんな妾の施しに対して、ネコミミ姉妹はお礼を言ったのである。
「エメロード様から貰った毛布がなければ、ミャムムはきっとリゾート村にたどり着けずに死んじゃってました。ゾルバ帝国のことも、毛布のことも。いっぱい、いっぱいありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
ネコミミ姉妹はそうお礼を言うと、2人で手を繋いで脱衣場へと去っていった。
ぱしゃりと顔にお湯をかけた妾は、この風呂のお湯よりもずっと温かなもので心が満たされるのを感じるのだった。
第二章 学園島と女たちの戦争 完
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