2-45 エメロード インチキ裁判
本日もよろしくお願いします。
妾の名前はエメロード・アアウィオル。
これから神威裁判にかけられるのでドキドキしている女王だ!
陰湿すぎる歓迎を受けた妾たちは、ついに神威裁判の当日を迎えた。
「キャサグメ、本当に大丈夫なんだな?」
我が夫のラインハルトがキャサグメに確認する。
「はい、この日のためにいろいろと準備をしてきましたので大丈夫でしょう。ダメだったらそれも運命です」
「そんな無責任な」
「まあ女王陛下ならば大丈夫ですよ」
ラインハルトもこれから起こることを教えてもらっているので一応は納得するものの、やはり不安そうではある。妾も不安である。
朝早くに準備を整えた妾は、キャサグメと2人でアルテナ聖国が用意した馬車に乗り込み、裁判が行なわれる神殿前へと向かう。
これがまた酷い馬車で、椅子はクッションのない木造で、なんと鉄格子付きだ。早い話、護送馬車だな。
鉄格子からは民衆たちの激しい罵声が聞こえるが、教会の馬車なので進行を止められることもなく進んでいく。
民衆の気配が一層と濃くなった頃、昼を告げる鐘が鳴った。
それとほぼ同時に妾たちを乗せた馬車がゆっくりと停まった。
「いよいよか」
「まあ緊張する必要はありませんよ。打ち合わせ通りに」
「お前が羨ましいよ、涙雨ロミオ殿」
「これでも舞台に立つ時はいつも緊張しているんですがね。お客様をがっかりはさせられませんので」
「では今日は?」
「お客様はいらっしゃらないので気楽なものです」
そんな軽口を言い合っていると、馬車の戸がゆっくりと開いた。
鉄格子から入ってきていた罵声は戸が開いて差し込んだ光と共により大きく聞こえるようになり、この裁判が多くの観衆に晒されて行なわれることが理解できた。
「胸を張っていきましょう」
そう言って、キャサグメが何の気負いもなく馬車から降りた。
一瞬ワッと罵声が大きくなったが、それをピークにしたように一気に小さくなった。あいつ、めちゃくちゃ色男だからな。多くの女があの顔だけで大抵の罪は何かの間違いだと擁護してしまうだろう。
「騎士たちは立派に戦った。次は妾の番だ」
妾はそう自分を鼓舞して、馬車から外へ、恭しく頭を下げるキャサグメの前へと降り立った。
すると、再び罵声の圧が小さくなり、代わりに戸惑いに似た声がそこら中から聞こえてくる。
ふっ、無理もあるまい。
今日のために、昨日は一度リゾート村に転移したからな。
もちろん、スペシャルなエステを受けるためだ。
今日の妾はリゾート村と付き合い始めてから考えても、一等にピカピカな女王エメロードなのだ。
リゾート村でエステを受けると鏡張りの部屋に一人残されるのだが、昨日は「なにこの女、抱きたい!」と全裸の自分を見て強く思ったものだ。
翡翠色の髪は夏の日差しを受けて宝石のように煌めき、若返った肌には薄っすらと化粧という武装を施す。ドレスは白と青を基調としたもので、女王の品格をこれでもかと高めてくれている。
罵詈雑言を叫んでいた民衆どころか警護に立つ神殿騎士たちも全員が息を呑んでいる。
すんごく良い気持ちだが、それを面に出すのは下品というもの。代わりに放出するのは威厳である。
「案内せよ」
妾の言葉に、案内と思しき神官が思わずといった様子でたじろいだ。
「し、神敵が!」
誰かが上擦った声でそう叫んだ。サクラだろうか。
それで正気に戻ったのか、憐れかな、民衆はまた扇動されてしまった。
広がる罵声の嵐の中、やはり正気に戻った神官が「ついてこい」と先導する。
大神殿の前は扇状に下り階段が広がっており、階段の下には大きな広場があった。その広場から100段を越えそうな長い上り階段があり、その先に神聖教会の総本山である大神殿があった。
神威裁判はこの大広場で行なうのだ。
法廷は特設した舞台の上で行なわれるようだ。
大神殿を背にして裁判官席や書記席などが並び、その前には発言台が。
裁判官席は他と比べて背の高い物で、発言者を見下ろす形になる。
同じ舞台の上、入場口から見て右手は妾たち被告人席、左手にはアルテナ聖国側の席。
広場には舞台の下に傍聴席があった。そこには高位神官や英雄教会の名士、豪商などが座っていて、警備も厚い。
また、妾の配下たちが座る特別傍聴席も広場の少し離れた場所に設えてあった。すでに武装解除したラインハルトや騎士たち、ゼロ殿やティア殿たちが座っており、その周りには神殿騎士たちがいつでも殺せるようにぎっちりと詰めている。
扇状に広がった下り階段も傍聴席となっており、そこには民衆や位の低い神官たちが座っている。
そして、もうひとつ注目すべきなのは、頭上に妖精たちが数名飛んでいることだ。
アルテナ聖国の誰も見ていないので魔法で姿を消している様子だが、訓練を受けた妾には見えていた。
妖精たちは全員が魔導カメラを構えている。キャサグメ曰く、彼女たちは撮影部隊なのだとか。彼女たちが撮影した映像が、現在進行形で多くの国の闘技場や広場で生放送されているわけだ。
ちなみに、アルテナ聖国は生放送されていることを知らない。
すでに、アルテナ聖国が情報収集に使っている恋人石には細工がされているので、戦争の勝敗も含めて、外の情報は一切入っていないのだ。
妾たちは下り階段をゆっくりと降りた。
そんな妾の姿を、アルテナ聖国席に座るゲロスが涎を垂らさんばかりのニヤケ顔で嘗め回すように見つめてくる。
なんとも愚かな男だったが、その付き合いも今日で終わりか。
被告人席についた妾に、隣に座るキャサグメが言う。
「ゲロスの2つ隣がゾルバ帝国皇太子、その隣が外交長官です」
「おっ、あの外交長官は妾の戴冠の際に、ラインハルトやカイルを怒らせた男だな」
女を下に見る気質の国の外交官なので、妾の戴冠の挨拶へ来た際に侮辱して帰っていったのだ。侮辱された妾は別にそこまで気にしてはいないのだがな。帰り道で死んでくれ、くらいだった。
皇太子については初めて見る。他国の要人の面識などそんなものだ。
そんな彼らだが、妾を劣情した目つきで見ている。お前らのアクセサリーになるのはごめんだよ。
「裁判長は今代教皇、並んで座っているのは枢機卿たちです」
「雁首揃えてお出ましとはな」
「国を破滅に追い込むのは如何にも彼らの好きそうなイベントですから」
「ゴブリン返りか。なんとも醜悪なことだな」
しかも、どいつもこいつも50から80くらいの老人だ。
奴らがあの歳になるまでに、どれだけの人々が泣いたのだろうか。
妾が溜息を吐いていると、大鐘楼の鐘の音が鳴った。
昼の合図は先ほど鳴ったので、これは裁判が始まる合図なのだろう。
続いて教皇がカンカンとガベルを叩き鳴らす。ガベルとは裁判官が使う木槌だ。
それにより、ガヤガヤと騒いでいた民衆が静まっていく。
「これより神威裁判を行なうが、エメロード・アアウィオル並びにキャサグメよ。よろしいか?」
教皇がそう尋ねてきた。
「気は進まんが、まあ仕方がなかろう」
妾がそう発言し、続いてキャサグメが言った。
「私はできれば受けたくありません」
そう言った瞬間、傍聴席や神殿騎士から罵声が噴きあがった。神威裁判を受けたくないということは、正しさの証明をこの時点で放棄したようなものだからだ。
教皇がガベルを鳴らしまくって収めにかかるが、しばらくは収まらず。その間、キャサグメは涼しい顔をしていた。マジでコイツのメンタルはヤバい。
やっと罵声が静まると、キャサグメが言った。
「先日ゲロス殿にも申しましたが、私は人の罪は人が裁くのが一番だと考えます。事が起こるたびにいちいち法の神に審判を頼んでいては、親離れできない子と同じです」
「口が達者とは報告にあった通りだ。貴様の言うことは一理あるが、神威裁判とは法を超越した悪を裁くために行なわれる。神の敵である貴様らには、もはや我らの法では納まりが利かんのだ」
「なるほど、やはり仕方がありませんか。そこまでおっしゃるのでしたら、神威裁判をいたしましょう」
キャサグメがすぐに意見を変えたので、教皇は少し鼻白んだ様子を見せてから、言った。
「これより神威裁判を行なう!」
教皇がそう宣言を出すと、一人の女が裁判席の前に進み出た。
キャサグメが小声で言う。
「アルテナ聖国が定めた今代の聖女です」
聖女らしい。
金髪碧眼で清楚な見た目の、いかにも聖女といった美女だ。
聖女は裁判席の前にある少し高い台に祈りの姿勢で膝をついた。
それと同時に妾とキャサグメは席を立ち、被告人席から回り込んで、聖女に向けて平伏した。
予想外の行動なため、警護の神殿騎士から剣が突きつけられているのがわかる。
周りからどよめきが上がり、それに混じってゲロスから噴き出したような笑いが上がった。
「ぶひゃ、ぶふふふ、今さら許しを乞うても遅いわ」
ゲロスのそんな声が聞こえる。
またしてもガベルが鳴ってどよめきが静まり、教皇が言う。
「貴様ら、何をしている。平伏をしても罪が軽くなることはない。席に戻れ」
「え? は、はあ……では……席に戻らせていただきます」
キャサグメが困惑した様子で言う。
演技だとわかっていても、本当に困惑しているように見えるから凄いな。
妾たちの予想外の行動に教皇は眉を顰めつつ、説明を始めた。
「法の神のお力を借りた聖女の前では嘘はつけぬ。これより私が嘘を吐いて証明しよう。神よ、これより嘘を吐く私をお許しください。……私は女である」
教皇がそう言うと、聖女の足元から赤い光の柱が立ち上がった。
「赤い光は嘘の証明である。では今度は真実を言う。私は男である」
すると今度は青い光の柱が立ち上がった。
この2つのやりとりが起こるたびに、傍聴席から感動の声が上がった。
これがアルテナ聖国の行なう神威裁判である。
被告と原告のどちらの言い分が正しいかを、この嘘を見抜く魔法で判断するのだ。
こんな裁判だからこそ、他国の貴族の間ではインチキ裁判と言われている。あの光の柱はアルテナ聖国が意のままに操れるのではないかという疑惑が、貴族界では昔からあるのだ。
「聖女は神より賜った力を以てして嘘を見抜く。青い光は真実を示し、赤い光は虚偽を示す。では神威裁判を始めよう」
教皇が合図を出すと、枢機卿の中で若い部類の男が書状を読み上げる。
「事件は我がアルテナ聖国が偉大なる神々より賜った神宝が盗み出されたことに端を発する。下手人は大罪人キャサグメとその一派!」
その発言に、聖女の体が赤く光った。
そう、嘘を示す赤色に光ったのだ。
「あ、赤?」
「どういうことだ?」
「神敵ではないのか?」
「そんなバカな話あるか。何かの間違いだろう」
これにはそこら中からどよめきが上がった。
聖女も祈りを解いて困惑した様子であたふたしている。
「笑っていいか」
「いえ、我慢してください」
「教皇が実は女の可能性もあるな」
「陛下、やめてください」
教皇がガベルを必死に鳴らす音を聞きながら、妾は吹き出しそうになっていた。
それから大きな布を持った神官が駆け込み、聖女と聖女の座る台座を隠すようにして何かを始めた。
すぐにそれは終わり、神官たちが法廷から退出する。
「ゴホン。静粛に! 静粛に!」
教皇がガベルを鳴らした。
「どうやら神はお疲れのようだ。枢機卿の言うことは真実であったが、うっかり赤色の柱を聖女に纏わせてしまったと、たったいま神託が下された」
無理やりじゃんね!?
笑わせてくれるわ!
なんにせよ、この発言でキャサグメとその一派が神宝を盗み出したことが証明されたので、民衆から強い怒気が発せられる。「神敵が!」「天罰を!」と罵声が飛んでくる。こういう罵声も、おそらくは最初にサクラが叫ぶのだろうな。
民衆の嫌疑の目をそらすためか、その野次を教皇はしばらく止めなかった。
ある程度のところで鎮めると、枢機卿は続けた。
「大罪人はこれだけに留まらず! エメロード・アアウィオルはキャサグメ一派をかくまい、あまつさえ貴族位を与える厚遇をした! これらは我らの父母である神々への反逆である! 此度の事件に神々はお怒りであることはすでに神託で賜り、キャサグメ一派並びにアアウィオル王国を神敵と定めた!」
その発言に、今度もまた聖女は嘘を示す赤い光の柱を纏った。
「え、またか?」
「まさか神はご病気なのか?」
「そんなはずなかろう。神が人のように病気になるか」
「どうなっているんだ?」
民衆からそんな困惑の声が上がった。
「静まれ! 静まれーい!」
カンカンカンと教皇が必死にそれを止める姿に、もう苦笑いしか浮かばない。
「どうやら、神はお疲れのところに無理をなさっておいでのようである! エメロード・アアウィオル並びにアアウィオル王国は大罪を犯した国家であると、すでに神託が下されているのは周知!」
「続けるのか。凄い度胸だな」
「神威裁判で人をハメまくってきた連中ですからね。無理やりでも通ると思っているのでしょう。実際に通したとしても、2、3年もすれば民衆は細かな過程など忘れますからね」
ツバを飛ばして説明する教皇の姿を眺めて、妾とキャサグメは苦笑いした。
そろそろネタバラシをしようか。
光の柱の正体は神の力でもなんでもなく、聖女が膝をつく台座の下に魔道具を操る神官がいるのだ。その魔道具のスイッチを押すと、赤や青の柱が上にいる聖女の周りで立ち上がるのである。
多くの王侯貴族が疑念に抱いていたインチキは、そんな単純なものだった。これが何百年も通用したのは、ひとえに神の威光のおかげだろう。
では、どうして今日に限って調子が悪いかと言えば、キャサグメたちが事前に忍び込んで遠隔操作できるようにしたからである。
枢機卿が聖女の後ろ姿を強く睨みつけてから、書状の読み上げを続けた。
「また、この破廉恥極まりない外道に対して勇敢にも異を唱えたゲロス高司祭への惨い暴行も確認されている!」
若い枢機卿がそう言うと、破廉恥が具現化した男が額に手を当てて首を振った。
「3点」とその演技にキャサグメが点数をつけるので、妾は笑いそうになった。
そして、肝心な聖女が発した柱の色は、やはり嘘を示す赤色だった。
「また赤色だ……」
「今回の神威裁判はどうなっているんだ?」
傍聴席はもうめちゃくちゃである。
これを鎮めようと、ジジイが「真実! 真実であーる!」と必死にガベルを叩きまくる。お前が口で言うのかよ。
これはもう普通に考えて休廷じゃないかな?
その魔道具、壊れているぞ。きっと遠隔操作できるようになっているはずだ。
そんなふうに妾が呆れていると。
バキィン!
傍聴席からそんな凄まじい音が鳴って、妾は盛大に肩をビクつかせた。
どうやらティア殿を囲っていた小さな結界が破壊された様子。
その途端に噴き出す怒気の暴風。
周りで生殺与奪の権利を握っていると勘違いしていた神殿騎士が一斉に尻餅をつき、妾の頼もしい騎士たちは怒られた子供みたいに一斉に下を向いた。
力の弱い民衆たちは気配に鈍感なようで怯えこそしていないが、本能が委縮するのかピタリと静寂が訪れる。
気づけばティア殿は妾たちの目の前に転移しており、キャサグメに向かって首を傾げた。静まり返った大広場にティア殿の怒気を孕んだ静かな声が響く。
「キャサグメさん。もう十分でしょう?」
めっちゃ怒ってる……っ!
目がマジだ……っ!
「あ、はい。すみません。いま始めます」
キャサグメは慌てて謝ると、すぐに顔を引き締めて椅子から立ち上がった。
そして、これまで聞いてきたどの声とも違う、まるで軍人が号令でも上げるような声で宣言したのだ。
「これより神威裁判を執り行う!!」
前座は終わった。
これからインチキではない本物の神威裁判が始まる。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




