2-43 エメロード 神都へ
本日もよろしくお願いします。
妾の名前はエメロード・アアウィオル。
アアウィオル王国15代目女王だ。
戦争は無事に終わったが、ホッと一息とはいかない。
「ブロジードは、戦争後のスタンピードを厳重警戒せよ。血を流し過ぎた」
「ジラートは、予てより計画していた大魔境侵攻の準備を進めよ」
「フォルテムは、各大臣と連携して国際会議の準備に参加せよ。特に貿易関連の資料作成を急げ」
「ザライは、ブロジードと協力して捕虜たちの統制を維持せよ。決して無碍には扱うな。ブロジードは兼任ですまんがな」
「黒・白騎士団は、一級警戒態勢を維持せよ。またリゾート村と協力して国際会議の警護演習を怠るな」
ここは戦場近くに設えた簡易司令部。
玉座から妾が命令するたびに、各々が「はっ!!」と叫ぶように返事をしていく。もう気合を入れすぎて「へぁ!!」みたいに聞こえる。
妾、そこまで喉を酷使した発声は望んでないんだけど。
「では、妾が留守の間、しっかりと国を頼むぞ」
「「「ぃあっ!」」」
ブロジードとジラートを1、2番に命令したのが悪かったのかもしれん。あいつら、武闘派だからな。次からはフォルテムにしよう。あの女は気取り屋だから普通の返事をするだろう。
とまあこのような命令をしたように、戦争は終わったもののやるべきことは多い。
妾が命令した中で一番の不安点は、戦争後のスタンピード。
魔境が多い国は、戦争を嫌う傾向が強い。戦争で大量に人が死ぬと、血に誘われて魔境の魔物が暴走するのだ。
今回の戦争は国境近くで行なわれた戦争だが、少し北側に国外逃亡のための抜け道によく使われる『希望の奈落』という小さな魔境があるのだ。
国外逃亡に使う者は大抵がゾルバ帝国にいる奴隷や獣人であり、向かう先は我がアアウィオル。弱い者がこのルートを使うため、弱い魔物が多い魔境なのに反してよく人が死ぬ魔境であった。ゆえに『希望の奈落』と呼ばれている。
同じくらい心配なのは、神敵問題で先走った民による国家への攻撃。
人々は創造神様を崇拝している。国民の中にもアルテナ聖国の狂言を信じてしまう者がいても不思議ではない。なにせ、アルテナ聖国は神聖教会を統制しており、各町にある神聖教会には多くの人が日々参拝しているからな。
それが未だに暴発しないのは、国内からの扇動者を影衆や騎士に見張らせているからだが、それもいずれは爆発するだろう。
妾も神敵と戦うのは否定しない。しかし、それも本当に相手が邪悪であったならの話だ。
神を愛し、神敵という邪悪から己の手の届く範囲の世界を守るために立ち上がった勇気が、俗物の欲望に踊らされただけというのは不憫でしかない。
「新聞か」
妾は馬車に乗りながら、踊らされてしまう者たちを想って呟いた。
現在、妾はアルテナ聖国内を馬車で移動している。
午前中に戦争を終え、諸々の命令を下して、今は夫のラインハルトやキャサグメたちと馬車での旅だ。もちろん、転移魔法で大幅ショートカットをしつつな。神威裁判は明後日なので、転移をしなければ間に合わないし。
ちなみに、アルテナ聖国に転移魔法を見せびらかすつもりはないので、馬車や護衛は事前に走らせて偽装している。
「こんな時にも新聞が読みたいのか?」
妾の呟きを拾って、ラインハルトが呆れたように言う。
「まあ新しい号は読みたいが、そうじゃない。我が国の民にも、アルテナ聖国の思惑に翻弄されている者がいるだろうと思ってな。それがなぜ起こるのか考えた時、情報が少なすぎることが起因していると思ったんだ」
「なるほど、たしかにそうかもしれん。民の情報など噂から広まるようなものだしな。だから新聞か」
ラインハルトも納得したように頷く。
ところがキャサグメはこれを否定した。
「新聞も作る側の都合で民を翻弄しますけどね。情報の種類にもよりますが、誰かの損得を抜きにしたあるがままの情報を行きわたらせるのはなかなか難しい。それは私が生きていた古の文明でも難しい問題でした」
「それはそうだろう」
いまのところリゾート村が新聞を作っているが、ほかの誰かが新聞を始めたとしたら、その者に有利な情報になりやすいはずだ。むしろ、リゾート村だってそういう新聞かもしれない。
「ただ情報を精査する力は多くの民が持っていたと思いますけどね」
「情報の精査か。ということは古の時代は新聞以外にも情報源があったのか」
「はい、いくつもありましたね。ただ、リゾート村にいる英雄たちは生きていた時代に幅があります。ですので、情報が溢れていた者ばかりではありません」
「古の文明と一括りにはできないのか」
「はい。なんにせよ、ある水準から国を発展させるには民の情報収集能力を向上させるのは不可欠です。しかし、民が賢くなると王侯貴族の力が低くなっていきますので、支配者としての有用性の証明とリーダーシップの強化を図らなければなりません」
「発展とともに王侯貴族は不要となるのか?」
「私の時代には今の貴族のような役目を持った貴族はいませんでしたね。王族はいましたが政治はせずに国の象徴となっていました」
「賢くなった民はそういう選択肢をとるものか」
「はい。しかし、歴史の教科書を読むと、勢いで革命を起して貴族制を終えた国は大抵が何年も魔物被害に苦しみます。魔物と戦う集団、つまりは高レベルの騎士団をまとめていた貴族を排すれば当然です。陛下ももし貴族制を止めるのでしたら、穏便にやらなければなりませんよ」
「少なくとも妾が生きている間は止めんから安心しろ」
これ以上改革をして忙しくなったら50で死ぬわ。
そこで話がひと段落したと見たのか、キャサグメが話を変えた。
「さて、明後日に行なわれる神威裁判の件についてお話ししたいのですがよろしいでしょうか?」
「ああ。いつ説明があるのか待っていた」
「大体の流れについてと、神威裁判で絶対にやってはいけないことをお話しします。あと、まず言っておきたいことがございます」
「ふむ、なんだ?」
「いま、後続の馬車にティアが乗っています」
「うむ、頼もしい限りだ」
回復魔法の達人であるティア殿はお世辞抜きに頼もしい存在だ。申し訳ないが、正直、目の前のキャサグメよりも頼もしい。
彼女がどれほどの腕前かと言えば、首が落とされても3分くらいまでなら回復できるという。それ以上になると魂が死を認めてしまって回復魔法も効かないというが、妾からすればそれはもう死者蘇生みたいなものだ。
「彼女ですが、私が生きた時代の歴史の教科書に載るほどの大人物なのです」
「古のまた古ということか」
「はい。そんな彼女ですが、実は悪癖がひとつあります。いえ、悪癖と言っていいのかわかりませんが……」
「ふむ?」
なんだろう。
神官なのにスーパードスケベとかだろうか?
それだったらちょっと一晩一緒したい。……回復魔法を巧みに使った古の性技とか使われちゃったらどうしよう!? 感度を上げたって妾は負けないぞーっ!
そんなことをキリリ顔の裏側で考えていると、キャサグメはこう言った。
「彼女は神々の大ファンなのです」
ふ、む……神々の大ファンとな? それは信者と違うのだろうか。
まあとりあえず、ドスケベではないと。
クソ、クソッ、どうしてくれるキャサグメ。
久しぶりに女とイチャイチャしたかったのに。
こうなったら、夫のラインハルトと弟のカイルには悪いが、今度、レオーネとリゾート村に出張するか。
【※人物思い出し:レオーネ カイル・クロウリー公爵の奥さん。エメロードと学生の頃にデキていた】
……ハッ!?
というか、妾はなんでこんなにムラムラしているのだろうか。
知らずうちに戦争で血に酔ったか? 人の死をあれほど憐れんでいたのに、妾はこれほど薄情だったのか……!?
人知れずショックを受けつつ、妾はブンブンと頭を振るって邪念を払った。
ラインハルトとキャサグメが怪訝な顔をした。
「続けろ」
「え? あ、えーっと、はい、彼女は神々の大ファンなのですが、そのせいで神に無礼を働くとブチギレます」
「……それはどれくらいのキレっぷりなのだ? 国を傾けるくらいか?」
「相手の立場や置かれた環境を尊重するキレ方ではあります。子供などでしたら静かに怒りつつ窘める程度でしょう。が、おそらくゴブリン返りが相手なら半殺し以上にはするでしょう。我々は王都にある神聖教会の方々をリゾート村に招待しませんでしたが、その理由はこれが不安だったのです。神聖教会は過度にお布施を求めすぎていますから」
「もうすぐ腐敗したアルテナ聖国に着いちゃうのだが、大丈夫なのか?」
「ゼロやシキを連れてきているので、おそらくは大丈夫です。なんにせよ、ティアの前では絶対に神に対する暴言は吐かないでください」
「いや、吐かんわ。この前のリゾート村に満ちていた神気を浴びて、どうして暴言が吐けるのか」
濃厚な神気の中に身を置いて、妾は改めて神の偉大さを知った。それと同時に、神に牙を剥いたと冤罪をかけられている現状に苛立ちも強くなったが。
それから話は続き、神威裁判での流れや注意点について詳しく打ち合わせが行なわれた。
「はははっ、これはまた凄まじい出迎えだな」
アルテナ聖国は神聖教会の総本山、神都に到着した我々が目にしたものは、外門に陣を敷く1000人からなる神聖騎士による歓迎だった。
「皆の者、手を出すなよ。あれらもまた踊らされている哀れな者と思え。何かがあれば各々マジックバリアで防げ。容易であろう?」
窓から外で馬に乗る近衛騎士団に命令を下す。
近衛騎士団といっても、わずか30人の騎士団だ。あとは影衆が10人に、キャサグメたちリゾート村勢が4人。
王の旅の供とは思えない人数ではあるが、それぞれが1人で神都に大ダメージを与えられるレベルの精鋭たちだ。
「敵の本拠地へ100に満たない数で乗り込むか。ふふっ、面白くなってきた」
ラインハルトがそう言ってニヒルに笑う。
いや、お前が活躍する場面とかないほうが良いから。
「とまれーい!」
外門に近づくと、外でガマカエルが鳴いたような汚い声が轟いた。
聞き覚えのある声だが……ああ、やはりゲロスだ。貴族服をやめ、ずいぶんと豪奢な高位の神官服を着ている。
その背後にいる神殿騎士は殺気を隠そうともせずにいる。
一方の我が護衛たちは、あくびでも始めてしまうのではないかと思うほど静かだった。
いまの護衛たちの姿は、以前に闘技場でヤジを飛ばされまくっていたキャサグメの姿に似ていた。圧倒的な強者にとって、こんなものはもはや取るに足らないのだろう。
「さて、少し外に出ようか。近衛たちには殺気を出さないように指示を出してくれ」
「わかった。気をつけろよ」
「妾とて修練している身だ。100人くらいなら倒せるわ」
100人倒せれば身の守りは十分。さらに護衛がいるので盤石と言っていいだろう。
ラインハルトが外に出て、指で小さくサインを出す。
それに続いてキャサグメが、最後に妾が外へと出た。
その瞬間、神殿騎士どもの殺気が乱高下した。
高くなる原因の説明は不要だろう。
一方、下がった原因は初めて見る妾の姿にあるようだ。こいつらは妾の顔を知らないのである。
ではなぜ下がったか。
それは妾が超美人だからである。こんな美しい人物が本当に悪なのか、そんな声が聞こえるようだ。
そんな中で、真っ先に反応したのはゲロスだった。
妾の顔を見るなり、上から下へ舐め回すように視線を巡らせ、邪悪な笑みをニチャァと浮かべた。こいつの中で、すでに妾を支配しているつもりなのだろう。
まあ、それはある意味では正しい。
妾はすでに神敵に堕とされており、ゲロス目線で考えるとこの神都には神威裁判による裁きを受けに来たように見えるはずなのだから。
「神敵エメロードよ。よくぞ逃げずにやってきた」
ゲロスはそう言うとベロンと唇を舐め回す。
もうちょっと隠せや。
学園島での授業曰く『ゴブリン返りは欲望の抑えが利かなくなる』そうだが、まさに教科書通りのゴブリン返りだった。
いっそこいつを捕まえてゴブリン返りの見本として檻に入れておけば人類のためになるのではなかろうか? ……ダメだな、見学に来た子供のトラウマになる。
「妾は逃げる理由がないからな。我が国を代表してやってきた」
妾がそう言うと、ゲロスは一層とニチャニチャした。
「ぶひゅひゅっ! 我が国か。知らぬとは実に恐ろしいな」
「どういうことだ?」
「さあなぁ?」
よくわかっていないふりをしてみたが、知らないというのは本当に恐ろしいことだ。
コイツはゾルバ帝国の侵攻について言っているわけだが、お前の息子、その戦争で死んだぞ。
そう言ってやりたいが、アアウィオルが戦争で勝ったのを教えるわけにはいかない。
「まあ良いわ。貴様ら神敵を我が愛しき神聖なる神都にいれるのは不本意だが、神威裁判を受ける者ならば入れないわけにもいかん。神の寛大な心に感謝せよ」
「本当にお前らの神は寛大だ」
神という名の教典、あるいはルールはな。
こんな阿呆でも生かしてもらえているのだから。
「ぶひゃっ、今さら神の偉大さを口にしたって遅いわ。まあ精々、上手く立ち回ると良い。もしかしたら4、5年は長生きできるかもわからんぞ?」
なんともゲスな視線とゲスなセリフだ。
その時、ゲロスはふと妾の手に視線を留めて、さらにゲス顔を深めた。
妾の手は震えているのだ。
それを見てどう思ったのか、ゲロスは言う。
「もし貴様が死にたくないのであれば、口利きをしてやろう」
「いや、結構だ」
ていうか、妾は神敵じゃないのかよ、と。神官ごときが口利きでどうにかできるとは、こいつらの言う神敵というのはずいぶんと安いものだ。
「ぶふふっ、強がりを。まあ良い」
ゲロスは次にラインハルトに目を向けた。
「ラインハルト~。これからのことを思うと、私はお前を憐れまずにはいられない」
「そうか、憐れみの心をもう少し早く持てば違ったのかもな」
ラインハルトが上手い皮肉を言ったが、ゲロスは『何言ってんだ、こいつ』みたいな顔をして興味を失ってしまった。
最後に絡んだのはキャサグメだった。
「史上最大の罪人キャサグメ。貴様は本当によく逃げなかったな」
そう言ったゲロスは憎悪の籠った目つきをした。
これもまたゴブリン返りの特徴であり、情緒が回転する賽の目のように目まぐるしく変わるのだ。特に欲望と憎悪の抑えが利かなくなる。
ゆえに、支配階級がゴブリン返りになると、その国や地方は崩壊の道を辿りやすい。あくまで『辿りやすい』であり、実際にはその前に暗殺されて終わるが。
ゲロスから絡まれたキャサグメは、肩をすくめた。
「本当は、私は神威裁判なんてしたくないんですけどね」
「き、貴様! 今の言葉なかったとは言わせんぞ! 神威裁判の出廷を拒むのはやましき心の表れだ!」
「そうなのですか?」
「当り前だろうが! ああ、ああ! これは明後日が楽しみだ。神は貴様に一体どのようなバツを与えるのか。逃げるなよ!」
逃げるなよ、と言うなら挑発しに来るなよ。
やっぱりアホなんか?
ゲロスはキャサグメから重大な言質を引き出して満足したのか、引き返す素振りだ。
「神都には入れてやるが、貴様らを泊めてくれる宿などないだろう。大使館にでも泊まるがいい」
ゲロスはそう言うともう一度妾を舐め回すように見て、神殿騎士の半数ほどを率いて去っていった。
「あ、危なかった……」
そんな後姿を見ながら、キャサグメが心の底から絞り出すように言った。
実のところ、妾も背中に冷や汗をかいて震えていた。
見た限り、この場の全員が同じ心境だったはずだ。
後続の馬車にいるティア殿が滅茶苦茶怒っているのである。
特殊な結界で偽装しているようだが、妾ですら漏れ出る怒りを察知できてしまうほどだ。
しかし、逆にそれが良かったとも思える。
そうでなければ、ゲロスの態度に誰かが刃を抜いたかもしれない。特にラインハルト。
怒っている者を見ると逆に冷静になるとは、まさにこのことだろうか。
「キャサグメ、さすがに神都の民を皆殺しとかはしないよな?」
「それは大丈夫です」
さすがに暴れるのは困るので、十分に注意してもらおう。
こうして、妾たちは、純粋なる神の僕を飼うゴブリン共の都に入るのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




