2-42 ニャル ようこそアアウィオルへ
本日もよろしくお願いします。
ニャルの名前はニャル!
悪党をぶっ飛ばした悪党スレイヤー猫なの!
悪党どもを成敗したニャルたちは、地下へと向かった。
「先生、外はどんなところだったんですか?」
ニャルは、お外から帰ってきたステラ先生に尋ねた。
「どうやら、ここは町から少し離れた廃教会のようですね」
「町の外に教会なんてあるんですか? 魔物もいるのに」
「はい、少数ですがあります。300年ほど前にアルテナ聖国で流行った厭離穢土という考えのもとに作られた教会がそうです」
「おんりぇーど」
「煩悩に汚れた悪の多いこの世を嫌い、人里から離れてしまうことです。そうして神に祈りを捧げて静かに過ごすのです」
「はえー、つまんなそう」
「楽しさはともかくとして、この流行がアルテナ聖国上層部の腐敗を加速させてしまいます。真っ当な高位の信徒たちが、みんな総本山からいなくなってしまったのです」
「ダメじゃん」
「はい、ダメですね。厭離穢土は50年ほどで廃れ、残ったのは悪の天下。この教会もまたこうして悪党の巣窟になってしまったようです。悪の多い世を嫌った者たちの遺産を、悪が使うというのはなんとも皮肉めいていますね」
「遺産……やっばー。ニャル、壁を壊しまくっちゃった」
「文化遺産を破壊するのは褒められたことではありませんが、地下に牢屋を作って売買拠点にするくらいには悪党に使われてしまっているのですから、あまり気にする必要はありません」
でも、ちょっと熱くなりすぎちゃったかも。
猫獣人はバシュバシュ壊せる物に出会うと、ちょっと夢中になっちゃうところがあるんだ。ニャルも気をつけないと。
そんなことを話している間に、地下に到着。
牢屋からチラッと顔を出したオリビアちゃんが駆け寄ってきた。
「ど、どうだったの?」
「みんなギュルンギュルンにしたよ」
「ギュ、ギュルン……? と、とにかくやっつけてくれたの?」
「うん!」
「あ、ありがとう……!」
オリビアちゃんはそう言って、へなへなと座り込んじゃった。
弟妹を閉じ込めてた奴らだかんね、気が抜けちゃうのも無理ないかも。
そんなふうにニャルがオリビアちゃんの相手をしていると、ギール君が各牢屋の鍵を壊し始めた。
ギール君は背が高くて大人っぽいから、女の人たちはみんなちょっと怖がってる。
牢屋に閉じ込められていた人が少しずつ外に出てきた。
牢屋にいた人たちの構成は、女の人が多くて、小さな男の子と獣人族の人が少し。
ゾルバ帝国はやっぱり女の人の扱いが悪いんだよね。そりゃ、女の人たちの自信が無くなっちゃうのも無理はない。
さて。
オリビアちゃんたちは捕まっていた人たちに説明してくれていたみたいで、みんなちょっと不安げ。アアウィオルは戦争に勝って、ゾルバ帝国は負けちゃってるわけで、その不安も仕方ないかも。
なんにせよ、状況は理解してもらったので、ステラ先生の話はスムーズに始まったよ。
ニャルが石像に変えた人たちをステラ先生がどこかへ転移させ、空いた廊下のスペースでギュウギュウになりながら、みんなはお話を聞いてくれた。
「みなさんが取れる選択肢は3つです。私たちはその望みをかなえましょう。1つはこのままここで待つか。これはあまりお勧めしませんが、それもまた自由です」
うむ、好き好んでここに残る人はいないと思う。
「次に、元いた町や村に戻る選択。これも、待っている人がいるなど特別な理由がない限りは、正直お勧めしません」
まあ基本的にみんな、一緒に暮らしていた人が戦争に行った隙を狙われて誘拐されちゃった人たちだしね。それに戻ってもまた誘拐されちゃうかもしれないし。
「最後に、私たちとアアウィオルへ行くという選択です。私はこれをオススメします。アアウィオルに行って幸せになれる保証はできませんが、少なくともあなた方を弱者とみなして誘拐する者はいませんし、意味もなく暴力を振るう者もいません。なにより、以前よりも生活する面では格段に楽になるでしょう」
うん、ニャルもアアウィオルに連れていってもらった方が良いと思うな。
学園はアアウィオルの人も通いたいから順番待ちになっちゃうかもしれないけど、景気はとても良くなったって話だから、ひもじい思いをすることはないと思う。
それに、その順番待ちだって、遠くにいたら何年待ちになるかわからないし、アアウィオルにいたほうがチャンスを掴みやすいと思う。
「で、でも、戦争に負けたから、どっちみち奴隷になる……」
女の人がしゅんとして言う。
なるほど、そういう心配があるのか。ニャルはアアウィオル目線で考えちゃってるな。
「アアウィオルに一般奴隷制度はありませんよ。あるのは犯罪奴隷制だけです。あなたたちは捕虜としてしばらく生活することになりますが、苦しい生活を強いられることはありません」
ステラ先生が落ち着いた声で説明する。
すると、オリビアちゃんとジョー君が声を上げた。
「み、みんな、先生さんと一緒に行ったほうが良いよ! アアウィオルは絶対に悪くはしないよ! 敵国の兵のあたしを、進軍中もずっと守ってくれたんだもん!」
オリビアちゃんは進軍中にそんなことがあったんだ。
でも、進軍中に守られるってどういうことだろう?
進軍って敵も一緒に歩くのかな? ……ちょっと状況が想像できないの。
「俺もギールさんたちについていったほうがいいと思う! 姉ちゃん、見てくれ。俺はゾルバ軍の騎士に歯がほとんどなくなるまで殴られたんだ。だけど、アアウィオルの人は……俺の歯を……ぐすぅ、ま、魔法で治してくれたんだ……うぅ……」
お、おー、ジョー君はそんなハードな従軍生活を送っていたのか。やっばいな。
そんなジョー君の歯は、折られちゃったとは思えないほど、ピカピカで綺麗に治っていた。
お姉ちゃんがそんなジョー君を慰めながら、ステラ先生に向かって言った。
「あたし、連れていってほしいです。アアウィオルは遠いと思うけど、頑張って歩くです。お願いです」
そう言ってお姉ちゃんが頭を下げたのを皮切りに、他の人たちもアアウィオルに行きたいって言った。最終的に、なんと全員が。よっぽど生活がきつかったんだな。
「あなたたちの意思を尊重しましょう。それではこれから出発しますが、みなさんが心配する長距離の旅は必要ありません」
あっ、ステラ先生が通信の魔法を使ったみたい。
続いてニャルの知らない魔法を使うと、ステラ先生の足元に凄く複雑な魔法陣が出現した。
「なにやってんのか全然わからねえ。ニャルはわかるか?」
「わかんない。だけど、魔法陣はステラ先生が出したんじゃないのはわかる」
「正解です。これは師が使った魔法です」
「ルナリア先生すげぇ」
「しかし、師であってもこれほどの遠距離に魔法を展開するのは難しい。それを可能にするには強力な目印が必要です。今回は私がその役割を担っているわけです。ニャルさん、覚えておきなさい。これもまた魔法を工夫することで可能になる妙技なのです」
「はい!」
工夫か!
んっ! 頑張らなくては!
講義を終えたステラ先生は、みんなに向かって言った。
「これはアアウィオルへ瞬時に行ける魔法です。オリビアさんのご兄弟の目の前にいきなり私たちが現れたのと同じようなものだと思ってください。他の牢屋にいた方はなにを言っているのかわからないかと思いますが、まあ遠い場所に行ける魔法があるということです。とはいえ、いきなり入るのは怖いでしょう。ギール君、お願いします」
「はい、わかりました。えっと、これは魔法陣に入ればいい感じですか?」
初見の魔法なのでギール君は使い方を教えてもらってから、魔法陣の中に踏み入った。すると、ギール君はヒュンと消えちゃった。
それを見て、みんな目を真ん丸にして驚いている。
「姉ちゃん、行くぞ!」
「う、うん!」
ニャルたちを信じたジョー君がお姉ちゃんの手を握って、一緒に魔法陣に入って消えていく。
「ニャルちゃん、本当にありがとう!」
「ううん、良いんだよ。幼馴染だもんね?」
「うん……っ! うん!」
お礼を言うオリビアちゃんにニャルがそう返すと、オリビアちゃんは涙を浮かべて頷いた。
「ロウ、メイ、行こう!」
「う、うん!」
「お姉ちゃん、こ、怖い!」
「大丈夫だよ!」
そんなふうに仲良くオリビアちゃんは魔法陣に入って、アアウィオルに戻っていった。
ニャルのいまを羨ましがっていたオリビアちゃん。
ニャルにお礼を言って新天地に向かったオリビアちゃん。
ニャルは、オリビアちゃんの心の闇を晴らせて上げられたかな?
そうだといいな!
オリビアちゃんたちに続くように魔法陣に入っていく人たちを見て、ニャルはそんなふうに思ったんだ。
最後にニャルとステラ先生がアアウィオルへ戻った。
来た時と場所が違って、ニャルたちは捕虜の町を眺める平原に転移させられていた。
なんかたくさんの人がカウンターの準備をしていて、忙しそう。
近くに転移魔法の術者であるルナリア先生がいて、空中に浮かぶ椅子に座りながらキセルをふかしているね。カッコイイ。
「ギール君、どんな状況?」
「受け入れの手続きの準備中。まあいきなりのことだったしな」
「お家は足りるかな?」
「5万人規模の町を作ってるから平気だろ」
「はえー、こうなることがわかっていたのかな?」
ニャルがアアウィオルの偉い人すげえと思っていると、ステラ先生がそれを否定した。
「いえ、この町の最大収容数は先ほどの戦争でのゾルバ帝国軍の最大数です。全員が降伏したならば、埋まる計算でした」
ふむふむ、なるほど……え、ということは戦争で2万人も死んじゃったのかな? それは凄く悲惨な気がする。
そうこうしている内に、受け入れ手続きが始まった。
「ニャルさんですね? あなたはジョー君のお姉さんとオリビアさんの妹をお風呂に案内しなさい」
「はい!」
「家はピンクの54番です」
「わかりました!」
「オリビアさんは家の変更なので、こちらで手続きをしておきます」
「はい、ありがとうございます!」
受付けの貴族のお姉さんに家の札を渡されて、ニャルの次のお仕事が始まった。貴族のお姉さんはニャルのしっかりしたお返事にニッコリしてくれたよ。
「姉ちゃん、じゃあまたな。しっかりやるんだぞ」
「う、うん。ジョーもしっかりね」
なんでも、ジョー君のお姉さんとオリビアちゃんやロウ、メイの4人は一緒の家に住むみたい。ジョー君はもう14歳なのでオリビアちゃんがいる家では一緒に住めないから、元々決まっていたお家で過ごすんだって。
ジョー君は良い子だけど、やっぱりゾルバ帝国の男の子なところもあるし、少しずつ人間男性優位主義的な思考を抜いていかなくちゃダメなのかもね。
アアウィオルで暮らすなら、その考えは超強い女の人にボッコボコにされてもおかしくないし。
ニャルはオリビアちゃんと一緒に、お姉ちゃんたちをお風呂に案内した。
ロウだけは男の子だから、お風呂の時だけほかの男の子を案内している子に任せたよ。たしか、ロウは10歳くらいのはずだからね。
そこからの反応はオリビアちゃんたちとおんなじ。
戦争でここに来たか、助けられてここに来たかの違いでしかなく、置かれていた生活環境は一緒だからね。
「こんないいお家を使わせてもらっていいの?」
回復、お風呂、新しい服、食事のコンボを終えて、最後にお家に案内すると、ジョー君のお姉ちゃんがいよいよ心配そうに言う。
そんな反応もみんなと同じ。というか、ニャルも学園で同じ反応だった。
「うん、使って。それで、明日からの説明は明日あると思うから、今日はゆっくりしてね」
「わかった。あの、大体でいいけど、明日からなにをするのかわかる?」
この質問もオリビアちゃんたちと同じ。
でもね、にゃっふっふっ、今回のニャルはこれを予想して、さっきステラ先生から聞いてきたのだ!
「さっき聞いてきたけど、ゾルバ帝国とアルテナ聖国の情勢が落ち着くまで簡単なお勉強をするんだって」
「お勉強? でも、私、お勉強なんてしたことない」
「あたしも……」
お姉ちゃんとオリビアちゃんはそれを聞いて凄く不安そうにした。
英雄結晶を使うかはわからないけど、まあ先生たちができると思うならできると思う。
『情勢が落ち着くまで』というのは、まあ戦争に負けちゃったし、色々あるんだと思うよ。わからんけど。
「先生たちに任せておけば大丈夫だよ」
「そう……。でも、みんなが言ってたみたいに、ここに来て良かった」
「うむ! アアウィオルは良い国だからね」
「ニャルちゃんはこれからどうするの? 近くに住むの?」
オリビアちゃんが聞いてきた。
「ううん。ニャルは学校に通ってるの。そこでニャルもお勉強してるから、今日か明日には戻っちゃう」
「そうなんだ……」
そう言うと、オリビアちゃんは凄く不安そうにした。
たぶん、近くに町があって、そこでニャルは暮らしていると思っていたんだと思う。転移魔法なんて凄い魔法があるから、そんな勘違いが起こる。
「オリビアちゃん、また笑顔で会えるよ。オリビアちゃんたちの人生はとても良い方向に向かっているんだから」
「うん……うんっ! そうかも! あたし、頑張るから!」
「その意気なの!」
ニャルはうむと頷いて、笑顔を向けたよ。
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