2-27 フォーン・クレイモン 転移門開通式
本日もよろしくお願いします。
私の名前はフォーン・クレイモン。
子爵家当主をしている。
昨日、凄い事件が起きた。
ザライ侯爵家のステリーナ様と、ジラード辺境伯家のバルサ様によって、あのゲロスがボロクソにやられたのだ。
一部始終を見た友人のナロンの熱き想いに乗せられて、私はステリーナ・バルサ派、略してステバル派という謎の派閥に組み込まれてしまった。
そして、現在、朝。
私はやっちまった感に苛まれていた。
完全にその場のノリだったわぁ……っ!
あの時の私とか、論理的な思考とかゼロだったから。
ナロンに負けてられねえぜ! という想いだけで口が動いていた。ナロンのせいで完全に学生の時のノリだった。
ついでに酒も凄く飲んだ。
そのせいで宴の後半から記憶が全くない。
おかげで、私はいま妻から説教を食らっている。
「まったく、なんでザライ様とのお約束を忘れるまで飲んでいるんですの! アホなんですか!?」
「いやだって、料理と酒が異常に美味しかったんだもん」
そう、なんか約束があるらしいのだ。
どうやらどこかへ出かけるようで、呼びに来たザライ家の家臣を待たせてしまっている。
しかも家族も同伴する約束のようで、準備に時間がかかる妻はプンプンだ。
やっと準備が整い、私は家臣の人に平身低頭で謝った。
向こうは騎士爵だが、ザライ家の家臣に威張り散らしてもいいことなどない。
「いえいえ、お気になさらず。それよりもあの場で真っ先に決断したクレイモン様の男気に、ザライ家の家臣一同、感服しているほどです」
予想外の好印象。
北方のボスの手下に褒められて、私の子供たちが尊敬の眼差しで見つめてくる。
その場のノリも時には大切ということか。
しかし、本当にあの決断は正しかったのだろうか?
領地に帰り、対キャサグメ用に作った白旗を倉庫から引っ張り出すべきだろうか?
私はこの決断が正しかったと思わせる何かが欲しかった。
「それでは用意した馬車にお乗りください」
ザライ家の馬車に家族と共に乗り込む。
どうやら町の外に向かうようだ。
「ゲロス伯爵はあれからどうなさいましたか?」
私は一緒に馬車へ乗っている家臣の人に尋ねた。
「神聖教会に駆け込んだのち、朝方には馬車で領地方面へ帰った様子です」
ザライ閣下の兵を恐れて神聖教会に駆け込んだのだろう。あんなことがあったとは言え、神聖教会に兵を差し向けることは難しいからな。
外門から出ると、貴族の車列がどこかへ向かっていた。
「えっと、これからどちらへ?」
「もしかして、昨日のことをまったく覚えておいででないのですか?」
そう聞かれるだろうから今まで尋ねなかったのだが、さすがに町の外に行くような遠出ならば聞かないわけにはいかなかった。
「申し訳ありません。飲み過ぎたようで後半からの記憶が……」
「左様ですか。まあ大した話はしていませんので、大丈夫ですよ。今回の春祭りの招待なのですが、昨日の晩餐会は実のところついでなのです」
「え」
「あのような結果になってしまいましたが、閣下はご家族の人形を見せびらかしたかったのでしょう。あの晩餐会はそのようなものでした」
この人、ぶっちゃけるな。
しかしまあ、あの人形ならば見せびらかしたくなる気持ちもわからんでもない。
「ついで、ということはこれからが本番ということですな?」
「はい。これから向かうのは、これからの北方、いえ、アアウィオルにおいて極めて重要な施設です。そのお披露目になります」
「と、申されると?」
「転移門です」
「っ!」
驚愕する私の隣で、妻が怪訝な顔をする。
妻も転移門は知っているはずだが、それがアアウィオルにあるとはさすがに思わないのだ。
「これから向かう先にある転移門は、王都近隣と繋がっています」
「それはまことですか」
「はい。さらに王都近隣には北だけでなく東西南に繋がる転移門もすでに設置されています」
「ゲロス伯爵が言っていたことは……その、真実なのですか?」
「私に真偽はわかりませんが、ザライ閣下がキャサグメ殿に賭けたのでしたら、我々は従うまでです。もっとも、私が閣下のお立場だとしても同じように賭けたと思いますが」
キャサグメ男爵への信頼感が凄い件。
そんな話をしながら進むこと4刻(※2時間)ほどか。
都から出て南方方面、つまり王都方面にその施設群はあった。
「こ、これは……」
巨大な建物が3つに、商店や宿程度の規模の家屋が数軒建っているその光景は、軍事基地にも見える。
「ちょっと待ってください。この計画はいつから? キャサグメ男爵とは祝福の月に初めて顔を合わせたのですよね?」
大きな建物など、明らかに完成まで半年以上はかかるだろう。そうなると、つじつまが合わない。
家臣の男は、苦笑いした。
「私自身も夢を見ているようでしたが、あの巨大な建物はキャサグメ様の村にいる大工が数日で作った物です」
……やつらは神かなんかなのか?
「我々とは知識量と使用する技術が違いすぎます。見てください、周りの家屋を」
「ふむ、完成までひと月ほどかかりそうですが……あれらもその大工がすぐに?」
「いえ、違います。これを説明する前に、貴殿はどこまでキャサグメ様の村について情報を得ていますか? キャサグメ様の村での技術指導についてはご存じで?」
「いや、面目ない。その話は知りません。いかんせん冬場のことで情報が入りませんでした」
「そうでしょう。北方で情報を仕入れられたのは、王都圏からザライ侯爵領の間にある貴族領だけでした。そのせいで、北方は他の地域に出遅れています。西南東の貴族たちはすでに動き出しております」
「な、なんと……して、その情報とは?」
家臣の男は頷くと説明してくれた。
なんでもキャサグメ男爵の村では、古の英雄が生み出した英雄結晶を30も所有しており、それを完全な教義で受け継いでいるという。
そこにある知識量は莫大なもので、それを求める者に無償で教えているのだという。
「もしや、ロビン馬車というのは……キャサグメ男爵の村へ向かっているのですか? 私はてっきりザライ侯爵領で学んでいるものだと思っておりました」
「左様です。おそらくキャサグメ様への生贄だと思われるだろうと考え、あえて勘違いするようにしたようです。ロビン馬車はかなり重要な国家事業ですので、悪い噂を立てられても困るのでしょう」
あ、うん。たぶん、勘違いしたわ。
子供というのは攫われて奴隷にされやすいからな。
「いま説明したことを踏まえて、あの商店サイズの家屋です。あれはその技術指導に送ったザライ侯爵領の大工たちが修行で作っている物です。修行中にもかかわらず、竣工までわずか2日でした」
「ふ、2日……私は工事指揮の経験がないので詳しくありませんが、泥を乾かすとかもあるのではないですか?」
「建材が全て揃っているという条件はあろうかと思いますが、どうやら最大のタネは特殊な魔法にあるようです。申し訳ありませんが私も詳細はわかりません」
そんなことを聞いている間に、その家屋が馬車の横を通り過ぎた。
「……我が家の方が大きいが、こちらの方が綺麗なんだが」
「はい。私も自分の屋敷と比べてそう思います」
そう、大きさこそ平民の商店規模の2階建てだが、造りがとても綺麗なのだ。嵌められた窓なんて光が反射しなければ気づけないほどの透明感であった。
この技術で屋敷なんて建てたらどうなっちゃうんだろうか。
「さて、到着です。続きはその目でご覧になっていただくことになります」
「……これからキャサグメ男爵の村へ行くということですな?」
「はい。まあその前に、転移門の開通式ですが」
「やあ、フォーン。なかなか面白いことになったな」
馬車から出ると、すぐにやってきてナロンが話しかけてきた。
続いてナロンが妻や子供たちに挨拶をしてくれるので、私もナロンの家族に挨拶をしておく。
「ナロン、北方は出遅れているとさ。雪はいつも私たちを苦しめるな」
わたしの言葉に、「まったくだ」とナロンは肩をすくめる。
すると、他の子爵や男爵たちもこちらに寄ってきた。
私たちは貴族界では地味だったのだが、いったいどうしたことだ?
……どうやら、昨日のステバルの一件で私たちの評価が上がっているらしい。
飲み過ぎて全然覚えてない。なにがあった。
私はこそこそとナロンに尋ねた。
「おい、ナロン。みんな熱い目で私たちを見ているが、どうしちまったんだ? 一回も話したことない人もいるぞ」
「おいおい、フォーン、覚えてないのか?『ステリーナ様とバルサ様のご友情のためならば、このフォーン・クレイモン、たとえ相手が世界であっても先陣をきって戦いましょうぞ』と熱く語っていたじゃないか。みんなそれに大歓声だったんだぞ」
お酒こっわ!
「い、いや、それは酒の席のね? ほら、魔物討伐に行くと砦の出陣集会でお調子者の兵士が『ドラゴンなんて怖くないさ』を歌いだすじゃん? それと同じだよ」
「はっはっはっ! 君は相変わらず謙遜屋だ!」
お前の目は節穴かよ!?
こちとら領地に逃げ帰って、最初に白旗作った男だぞ!?
私が狼狽えていると、なんとザライ閣下が私の下へやってきた。
「やあ、ライラック卿、クレイモン卿! 今日はいい天気になって良かったな!」
「っ!」
ザライ閣下からお言葉が掛かるなんて初めてだよ!?
しかし、いきなりのことに狼狽えはしたものの、そこは私も貴族、頑張った。
「これは閣下。アアウィオルの、そして北方の新しき門出にふさわしき日和となり、わたくしも心高ぶる所存にございます」
「うむ! 今日はこれから驚くことの連続だろうが、君も楽しみたまえよ」
バシバシと私の背中が叩かれ、さらには同行しているステリーナ様やバルサ様からも微笑みかけられた。
お酒こっわぁ!
我々は家臣の人に案内され、施設群の説明を受ける。
施設で重要なものは4つ。
1つは兵舎。かなりでかい兵舎だ。しかも、兵士を寝させるにはもったいないほど綺麗で、さらに大浴場もついている謎の豪華っぷり。
1つは役人寮。こちらもかなりでかく、住みやすそうな寮だ。もちろん大浴場がついている。
1つは関所。横長の大きな建物で、1階部分には馬車ごと通行できる穴が複数開いており、その穴の中で検問が行なわれるようである。
そして、最後の1つは転移門を囲う石塀だ。
この石塀の中には様々な魔法術式が展開されており、疫病や病虫を他地域に広げない効果があるという。
キャサグメ男爵は、これだけのものを計画から数週間で作り上げたという。
こんなのもう本当に神じゃんね。
しかし、キャサグメ男爵の手伝いはこれで終わりとなり、あとは技術指導とやらを受けた職人たちに腕を振るわせるのだとか。
ここは北都(ザライ侯爵の治める都の略称)から4刻(※2時間)という近い場所にあるわけだが、ゆくゆくは北都の一部になるように建物を建造していくということだった。
「これは大変な商業圏になるぞ」
ナロンが当たり前のことを言った。
そりゃそうだろ。転移門やぞ。アホでもわかる。
問題は、この恩恵に自分の領地をどう噛ませるかだ。
それにゲロスのこともある。そちらを片付けなければ、商業圏もなにもない。
案内が一通り終わると、実際に関所の見学に移った。
何組かの貴族で分かれて、関所に開いた例の穴に入る。
「こちらではあらかじめこの用紙に必要事項を書き、検問官に提出します。そちらについてはのちほど検めください。それとは別にこの場では特殊な魔法が使用されます」
家臣の人がそう説明して、検問官に目配せした。
頷いた検問官がなにやら呪文を唱えると、馬車の下にある魔法陣が光り輝いた。
その光を見ながら、家臣の人は説明を続ける。
「この魔法陣は指定した物を暴く効果があります。ご覧ください。馬車内部の箱と馭者の服が赤くなりました。どうやら、あそこに何かがあるようです」
あくまで検問の体験会なのでこれは演技なわけだが、ちょっと楽しい。ウチの子供なんて、ワクワクしてしまっている。
しかしなぁ。
こんな魔法ぜんっぜん聞いたことないわ。魔法って、回復したり、火とか水とかをぶっ放したりするだけじゃないのか?
「はい、どうやら箱の中にはマンドラゴラが、馭者の服の中からは偽金貨が見つかったようです」
「マンドラゴラどころか偽金貨まで……」
貴族の1人が目を真ん丸にして驚く。
「偽金貨は言わずもがな。マンドラゴラは違法薬物ではありませんが、劇薬や麻薬の材料にもなるため許可証がなければ売り買いできないものです」
「これは凄いな」
賑やかし役のナロンが感動している。
マンドラゴラでも発見されるのなら、当然、麻薬の類も見つかるのだろう。
「このように、転移門は王都近隣に繋がっていますので、非常に厳しく検問が行なわれます。ですので、皆様、どうぞご安心ください」
家臣の人は『ご安心ください』と言うが、要約すると『違法物を王都に送るんじゃねえぞ』と釘を刺しているのだ。
転移門の管理はザライ家に任されているようだし、それを見逃して王都に運ばせたとあれば大問題になるため、本当に厳しく取り締まるだろうな。
「この魔法もキャサグメ男爵に教わったものなので?」
「その通りです。ちなみに彼はキャサグメ男爵から貸し出されている魔法使いです。実際にここを任される者たちは、現在、修行中になります」
すげぇ、本当にポンポンと技術を提供しているのだな。
おそらくその人材もザライ家の家臣団なのだろうが、私の家臣の技術も上げてくれるのだろうか?
案内が終わると、転移門の開通式が始まった。
関所の先にある石壁の向こう側には、冬だというのに青々と茂った芝生と石畳の道が敷いてあった。
そして、石畳の先には1つの転移門があった。
説明によると、時刻によって転移門の行き来を変えるらしい。
それにしても、あれが転移門か。
アルテナ聖国には行ったことがないので、私は初めて見る。
転移門のそばの芝生部分にはスノーボアの丸焼きが置かれており、その前にザライ閣下やそのご家族が立っていた。
アアウィオルでは重要な建物や道路などが完成した際に、こうして魔物の丸焼きを施主が自ら来賓に配る風習がある。建国の祖王ゼリオロード様が始めた風習なので、かなり歴史のある風習だ。
誰でも知っている風習だが、実際にそれを体験するのは稀だったりする。重要な建物や道路は頻繁にはできないからな。私だって、人生においてこれで3回目だし。
スノーボアはメイドが切り分け、葉っぱの皿に乗った肉をザライ侯爵ご一家が貴族たちに配っていく。
奥方とステリーナ様の列が凄いことになっている。特に独身貴族からのステリーナ様の人気がヤバい。
私もそっちに並びたかったが、妻と息子の目があるのでザライ閣下の列に並んだ。言っちゃ悪いが地味なオッサンである閣下の列に並ぶ者は、全員が私と同じ理由だろう。
一方、ステリーナ様の列には1番目の息子を、ご子息の列には2番目の息子を並ばせた。幼いうちに上下関係を叩き込んでおく必要があるからな。
この催しで一番に施しを貰えるのは、貴族ではなく建築に携わった大工の棟梁だ。
今回も同じで、それはドワーフの男だった。話を聞く限りだと、キャサグメ男爵の部下だろう。礼服とは程遠い格好だが、ポケットがたくさんついたカッコイイ職人服である。
配り終えると、ザライ閣下が演説を始めた。
「さて、歴史に残る開通式だが、私が語ることは少ない。数日後にはエメロード陛下を交えた開通を記念したパーティがあるからだ」
マジか。いや、でもそれはそうだよな。これだけのものが開通するのだから、陛下がパーティを開くのは当然だ。
その際に陛下が演説を行なうので、ザライ閣下はあまり大仰なことを言えないのである。
「本日を境にしてアアウィオルは変わる。北方も変わる。全員、一致団結して国を盛り上げてほしい」
ザライ閣下は短い演説を終えると、木のコップを少し上げた。
我々もそれを見て、コップを上げる。
「乾杯」
「「「乾杯」」」
私たちは貴族として優雅な態度で乾杯した。
が、私は先ほどからこの肉の凶悪な香りに参っていた。
乾杯を終えると、さっそく肉を口へと運ぶ。
うっまぁ!?
こういう場で食べる物は大して美味くないというのが定番だが、この肉はめちゃくちゃ美味い。
皮目に塗された塩が油に溶けて肉に沁み込み、ひと噛みすると塩で強調された肉の甘みが一気に口内へ広がっていく。ほんのりと複雑な味がするのは、香草の類か。
さらに、ワインを口に含めば、油と絡まって至福の味が口の中で弾けた。
全員が驚きの声こそ出すものの談笑は起こらず、食べることに夢中だ。
式典のための小道具的な料理なので量は少なく、あっという間になくなった。
横を見れば、食べ終わってしまった息子たちがしゅんとしている。
私ももっと食べたいが、我々は貴族。竣工式の料理をおかわりするのは、さすがに紳士のすることでは——おーとっとっと、ザライ閣下がおかわりしているな。
それにつられて、近くにいた貴族もおかわりを始めた。
しかも、おかわりは式典用ではなく、がっつり大きな肉片の様子。
「息子よ、食べたいのなら行くか?」
「は、はい、お父様!」
私はせめて息子に付き合っているふうを出して、肉をおかわりするのだった。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想大変励みになっています。
誤字報告も助かっています、ありがとうございます。




