2-26 フォーン・クレイモン 激動の狼煙
本日もよろしくお願いします。
私はフォーン・クレイモン。
アアウィオルの北方貴族のひとつ、クレイモン子爵家の当主だ。
昨年の年末、祝福の月に起こった事件についてはもう私が語るまでもないだろう。個人的な感想を言えば、超怖かった、それだけだ。
あの事件のあと、王都でさらに事件に巻き込まれないために、私はすぐに領地へと帰った。
いや、もちろん、私だって王家のためにこの身を犠牲にしたい気持ちはある。しかし、あの集団が本気になったら、はっきり言って私とか無駄死にである。
なので、せめて王家から任されている領地と領民だけは守ろうと、領地へ急いだわけであった。王家亡きあとに領地を守るのもまた、ひとつの忠誠の形だと私は思うのだよ。
冬場の北方の旅はきつい。
雪で閉ざされる地域も多く、私は東から回り込むようにして我が領地へと戻った。
留守の間に屋敷が乗っ取られていなかったことにホッとしたのは、2月になろうという頃だった。
「爺、白いシーツで旗を作っておけ」
とりあえず、帰還して最初に命じたのはそれだった。
それから、凄まじいスタンピードが起こったとか、英雄候補が誕生したとか、キャサグメの村がヤバすぎるとか、いろいろな情報が入ってきたが、恐れていた国の崩壊や白旗を振る事態もなく……現在2月の下旬。
私の下へ一通の手紙がやってきた。
早馬で送られてきたので緊急な要件のようだが、問題はその送り主。
「マジか。王家とザライ閣下の連名の通達だ」
重すぎて開ける前に胃が痛む。
王家は説明するまでもないので割愛するが、侯爵であるザライ閣下は北方貴族のまとめ役だ。当然、私も大変にお世話になっている方である。
王家と上級貴族による連名の通達は、主に戦争の際に送られてくる。兵を出せや、という内容だ。兵は各地の上級貴族の下へ一旦集合するので、連名となるわけである。
もしや、キャサグメ一味を討伐する、なんて内容ではないだろうな?
そうだったら、私は国外へ逃げるぞ?
しかし、開いてみると、戦争は一切関係なかった。
要件は2つ。
1つは、『ロビン馬車』というものについての通達。
子供たちに、なにからなにまで無料で技術指導をするので、ザライ侯爵領から来たロビン馬車に指導を望む子供を乗せて送り出せ、という指示。
当面の間の費用はなんと全部王家持ちだ。
ちなみに、この手紙を持ってきたのはそのロビン馬車の団体のリーダーだった。
もう来ちゃってるし、拒否権はないようだ。
まあ『指導を望む子供』なので、そこまで領の運営に支障はないだろう。そういう子供はろくに仕事もつけずに食い詰めているはずだからな。
毎年何人も死んでしまうので、面倒を見てくれるのなら願ったり叶ったりだ。
もう1つの要件は、ザライ侯爵領で行なわれる春祭りへの招待だった。
アアウィオルの多くの地域では共通して秋の収穫や祝福の月に祭りを行なうが、北方では雪解けを祝って春祭りを行なう。
その目的は腐りかけの保存食の消費と南方から商人を呼び込むことで、そういう理由から実際に春が完全に到来するよりも早く行われる。具体的に言えば3月25日から3日間だ。
「しかし、春祭りに招待とは珍しいな」
貴族の家もこの時期に食料庫の中を新しく入れ替えるので、食卓は古い食材が並ぶことになる。つまり、貴賓を招くような類の祭りではないのだ。
なんにせよ、王家とザライ閣下の連名で招待されたら拒否などできない。子爵である私などあっという間に潰される。
「ん? 旅費以外に金貨100枚程度を持参することを推奨する? どういうことだ?」
その招待状には、そんなことが書かれていた。
貢物として持参しろという意味としては、あまりに露骨だ。どういう意図があるのだろうか?
まあ、金貨100枚程度ならそこまで痛くはないので、たとえ貢物として取られても問題はないが。
私の領地にも春祭りはあるので、その準備に忙殺される日々を送っていると、そんな小さな謎のことは忘れてしまい、私は家族と共にザライ侯爵領へと出発するのだった。
ザライ侯爵家の領都は、さすがは北方一の大都市で、まだ春祭りが始まる2日前だというのに大変な賑わいだった。
到着した次の日には挨拶回りをしたのだが、ザライ家の家臣がどうにも様子がおかしい。
男性にしろ女性にしろ、全員がやたらと身綺麗なのだ。
特に女性の髪や肌の美しさは際立ち、妻がしょぼくれてしまったくらいだ。
なんでも、領内の薬師や服飾職人の技術力が格段に上がっているのだとか。
うーむ、ザライ侯爵領になにか新しい風が吹いているのだろうか?
……いや、キャサグメ男爵か?
ザライ家の家臣団は誰もが美しいなんて噂は聞いたこともない。
いや馬鹿にしているわけではなく、噂が立つようなこともなく普通だったのだろう。
それなのにビックリするほどの美女がいきなり増えれば、最近変わった出来事に原因を求めるのは当然だ。
あの凄まじい強さのキャサグメたちとザライ閣下が蜜月の仲ならば、それは北方貴族として心強くはある。
そうして迎えた晩餐会当日。
晩餐会の会場へ入ると、すぐに人だかりを発見した。
「やあ、フォーン」
と、私に話しかけてきたのは、同じ子爵であり学生時代からの親友であるナロンだった。
私とナロンは、とある理由から奥方を連れてきておらず、1人での参加だ。
「おー、ナロン。久しぶりだな」
「君も元気そうでなによりだ」
そうやって挨拶を交わして、私はさっそく質問した。
「ナロン、あれはなんだ?」
「君はいま来たばかりか。見に行ってみるといい。私はあれほど素晴らしい芸術品を見たことがない」
「芸術品が飾られているのか。君がそこまで言うのなら、ちょっと見てくるとしようか」
「私ももう一度見に行こう」
「それほどかよ。楽しみだ」
というわけで、ナロンと共にそれを見に行ってみることにした。
人だかりと言ってもそこは貴族の集まりなので占領したりせず、少し見学すると人が入れ替わっていく。
だが、もう一度見たいというように振り返る者がいるところを見ると、本当に素晴らしいもののようだ。全然想像がつかんな。
少し待っていると、私たちの番になった。
そこには台座に飾られた4体の人形があった。
なんとザライ侯爵一家の人形だ。
まるで生きているかのように美しい造りをした人形で、私は思わず歓声に似た吐息を漏らしてしまった。
特に、奥方様とご息女であるステリーナ様の人形の美しさは尋常なものではない。
メイドが台座を触ると、美しいメロディと共に、ケースの中に光の粒が舞うのである。まるで輝く雪の中で奥方様とステリーナ様が踊っているように見えた。
私の近くで一緒に見学していた年頃の貴族の子供など、ステリーナ様の人形を見て心奪われてしまっているくらいだ。
「ううむ、君が言うように大変に素晴らしかった」
少し場所を離れて、私は感想を言った。
「そうだろう」
「それであれの出所は?」
「キャサグメ男爵の村だ」
「やはりか」
あのような人形の噂は聞いたこともなかったしな。
「以前、アップル男爵から相談を受けたことがある」
ナロンが言った。
アップル男爵はナロンの領地の隣の貴族だ。
「王都にいる娘が、キャサグメ男爵の村へ遊びに行く許可を出してほしい旨の手紙を寄越したそうだ。その話題の中に、人形についてチラッと出てきた」
「なるほど。キャサグメ男爵の村は凄まじいという噂だからな」
「らしいな。だが、ウチは北寄りだから全然話が入ってこない」
「まあ冬だからな。噂も足が遅い。私も全然だよ」
噂を届ける商人や冒険者が冬場はあまり来なくなるからな。
「一応、私の部下を視察に向かわせているが……無事だといいのだがな」
「え、君はそんなことをしているのか?」
「逆にクレイモン家はやっていないのか?」
え。やっていないが?
「なにかわかったら手紙をくれ」
「貸しだぞ」
ナロンは肩をすくめた。
やはり持つべきものは友だな。
「それにしても、ヤツはまだ来ていないな」
ナロンが言う。
ヤツとはゲロスのことだ。
我々のような下級貴族にとって、ゲロスは本当に恐ろしい存在だった。
ゲロスは北西の領主なので滅多に顔を合わせないが、ザライ閣下のパーティなどでは会う機会もあるので、その際には目をつけられないように大人しくしているのが常だ。
そして、ゲロスこそが、私たちが妻を晩餐会に連れてきていない理由だった。
あいつは大変な女好きのため、目をつけられたら大変な事態になるからだ。
「ついにザライ閣下からも招待がなくなったんじゃないか? 年頃のステリーナ様に目をつけられても面倒だろう」
「しかし、陛下との連名だぞ。通達が行かなかったことはないだろう」
「シッ」
そんな話をしていると、ゲロスが会場へやってきた。
私とナロンはそれとなく気配を消し、ゲロスから離れるように移動する。
ゲロスは3人の同行者を連れていた。
2人はおそらく教会関係者だ。それもかなり高位の者だろう。
ゲロスの祖母がアルテナ聖国の聖女だったのは有名で、その名残からゲロスは教会関係者と仲が良い。というか、アアウィオル貴族よりも仲が良いだろう。
その2人はいいとして、気になるのはもう1人だ。
これがまた大変な美女で、メイド服を着ている。
私はこの美しいメイドに憐れみを覚えた。
こんな場所にまで連れてくるということは、お気に入りなのだろうな。
ゲロスもまた人だかりに気づき、そちらへブヨブヨと足を運ぶ。
「どけ!」
そう恫喝すると、人だかりは散っていった。
あれほどの芸術品がゲロスの目に触れるのは、なんともやるせない気持ちだ。
「おっほー! なにかと思えば、これは素晴らしい品だ!」
ゲロスの下品な声が会場に響く。
そして、ゲロスはなにを思ったのか、ステリーナ様の人形をケースごと持ち上げて、ドレスのスカートの中を覗き込み始めた。
「げ、ゲロス様、ケースにお手を振れないでください」
「やかましいわ! 聖なる私の手に触れられて喜ぶことだろうが!」
止めるメイドに対して、怒鳴り散らすゲロス。
これには会場中で言葉が無くなった。
愚かな男だと思っていたが、まさかここまでだったか。
その時であった。
ザライ閣下がご家族と共にご入場なされた。なぜか、ジラート辺境伯のところのご息女であるバルサ様もいる。
ゲロスの行ないを忘れて、私たちは目に飛び込んできたその光景に思わず息を呑んだ。
ザライ閣下とご子息は、まあうん、置いておいて。
奥方様とステリーナ様の美しさが女神と見紛うほどのものだったのだ。お客人として来ているのであろうバルサ様も、野性的ながらも見惚れるほど美しい。
それが誇らしいのかにこやかにしていたザライ閣下だったが、次の瞬間、ふっと笑みが消え、憤怒の顔に変わった。
温厚なザライ閣下があんな顔をしているのは、初めて見る。
「ゲロス! 貴様、なにをしておるか!」
当事者以外の全貴族が、バッとゲロスを見た。
ゲロスはステリーナ様の人形の下着を夢中で覗き込んでいた。
もうあんなの、ゴブリンじゃんね。
いや、オークか?
怒声を浴びせられたゲロスは、さすがにザライ閣下に気づいた。
私はその時、いつものように媚びへつらったことを言うのかと思った。
しかし、違った。
「これはこれはザライ閣下。ご機嫌麗しゅうござい……おぉおおおおお! ステリーナ様、大変美しくなられましたな!」
ザライ閣下への挨拶を途中でやめ、なんとステリーナ様への賛辞を始めたのだ。しかも、ベロリと唇を舐めながら。
すると、バルサ様がステリーナ様を背後に隠した。
友人なのだろうが、まるで騎士のようではないか。さすがは武門の家系であるジラート辺境伯家の令嬢だ。
それに対してゲロスの行ないは……もしや、麻薬をやっているのか?
あまりに異常な姿に、私はそう疑った。
こんな暴虐を振るっているのに、同行している教会関係者が半笑いなのも不気味だ。
「出ていけ」
ザライ閣下が言う。
これからパーティが始まるが、娘の人形の下着を覗かれていたらそう言うのも無理はない。
「ほう、この私に出て行けと」
「その通りだ。その人形を置いて出ていくのだ。そして、二度とその面を見せるな」
「ほっほう! なるほどなるほど。聞きましたかな、御二方」
ゲロスはそう言って、教会関係者の2人に問うた。
2人は静かに頷くのみだが、それを見たゲロスは満足そうな顔をした。
「この聖なる血筋を持つ私にそのような言葉を吐くとは、どうやらザライ閣下も盗人共の仲間のようだ」
「盗人? なんのことだ?」
「お分かりになられないので? あのキャサグメとかいう若造共ですよ」
「キャサグメ殿が盗人だと?」
「左様です。かの村では転移門を複数持っているようですが、あれはアルテナ聖国が昨年に神より新たに賜った楽園へ導くための神宝。そして、聖都の神宝殿に大切に閉まっておいた物を盗み出したのがキャサグメ一味です」
え。
ら、楽園に導く転移門?
キャサグメ男爵はそんなものを持っているのか?
私たち貴族の多くが蚊帳の外の中、ザライ閣下とゲロスの会話は続く。
「なにをたわけたことを抜かしておるのか」
ザライ閣下は吐き捨てた。
「おや、教会の言うことを疑うので? やはり盗人共の仲間か」
「そこまで言うのだ、証拠はあるのだな?」
「ザライよ、当たり前だろうが」
ゲロスがザライ閣下を呼び捨てにして、ニヤニヤし始めた。
これは……。
確実に北方が荒れる。
教会の力を借りて、ザライ閣下を完全に潰すつもりだろう。
いや、それで済むのか?
ザライ閣下はかなり真っ当な貴族だ。王家が黙っていないだろう。
そうなると、アアウィオル全土を巻き込む戦争になるぞ。
「証人はアルテナ聖国の教皇ならびに枢機卿のお方々だ」
「それを証拠とは言わん。そんな無法は許されん」
「どちらの言い分が正しいかは神威裁判で決着をつけるだけだ。創造神様はいつでも正義を見ていらっしゃる」
神威裁判。
それは教会が行なえる秘術だ。
裁きの神を聖女に降ろし、神前で裁判を行なうのである。
主に戦争でどちらの言い分が正しいか決着をつける際に行なわれるのだが、この裁判はインチキだというのが貴族たちの共通認識だ。
しかし、そのインチキを証明する術がないので、神威裁判が行なわれる際には、お布施という名の凄まじい額の賄賂が動くことになる。
神威裁判の判決は全世界にいる信徒にとって絶対であり、これを無視すれば全世界が敵に回る。神々を崇めていない人間などいないからな。
そして、この神威裁判こそが、アアウィオルがゲロスを裁けない原因だった。
たとえ女王陛下でも、ゲロスを裁くとなるとアルテナ聖国が神威裁判を行なうのである。ゆえにゲロスには絶対に勝てないのだ。
今回の図式もそれに似ている。
争うのが、盗人とその被害者であるアルテナ聖国である。しかも、話を聞く限り、争点は転移門というとんでもない物の所有権だ。
賄賂は通じるはずもないし、やはり絶対に勝ちようがない。
そんな神威裁判の名前が出てきて、私たちは顔を真っ青にした。
しかし、不思議なことにザライ閣下やザライ家の家臣たちは怒りに顔を真っ赤にこそすれ、慌てた様子ではない。
バルサ様の後ろにいるステリーナ様など、あっそ、みたいに髪を払っているくらいだ。
特にステリーナ様のあの余裕はなんだ?
キャサグメという男が凄まじいのは私も身をもって知っているが、その認識以上にヤバい奴らなのか?
「神の僕である教皇を無法と侮辱したのだ。貴様も神敵となる覚悟はしておけよ」
ゲロスはそう言うと、ステリーナ様の人形を床に放って歩き出した。
その瞬間であった。
ゲロスが吹っ飛んで壁に激突した。
そして、ゲロスがいた場所にはドレス姿のバルサ様の姿があった。
バルサ様はステリーナ様の人形を拾うと、ゲロスの手垢がついたケースをハンカチで拭う。
これには、私たちはまたも言葉を失うしかなかった。
アルテナ聖国の威をこれでもかと借りている最中の人間をぶっ飛ばしたのだ。全世界で指名手配される犯罪者になるようなものである。
「ちょ、ぐふすぅ。バルサさん、殺してませんわよね?」
ステリーナ様が半笑いになりながらバルサ様に近寄った。
なんか、凄く軽いな? もしかして勝算ありか?
「知らね。ステリーナの人形に無礼を働いたんだ。殺されても文句は言えんだろう?」
それを聞いた私の中に、恥ずかしさが宿った。
これぞ、騎士道だ。
それに対して、男である私なんて気配を消していただけなんだが。
「もう!」
ステリーナ様もその男気に顔を赤くし、バルサ様の拳をハンカチで拭った。ゲロスを殴った手だからだろう。
なんだろう、凄く距離が近い。女の子の友情はあのくらいの距離なのかな?
「よう、そこの教会の生臭坊主」
「ひぁ!」
バルサ様がそう言って視線を向けると、教会の2人は尻餅をついた。
「あの豚を運び出せと言いたいところだが……無理そうか。じゃあそっちのメイド」
バルサ様は、今度は美しいメイドに呼びかけた。
このメイドも不気味で、主がぶっ飛ばされたのに顔色一つ変えていない。
「あの豚を運び出してくれ。せっかくのパーティが台無しだ」
「私の細腕では無理でございます。申し訳ありませんが、回復させていただきます」
それはそう。
あんな豚、騎士でもなければ持ち上がらんだろう。
メイドはポーションをジャバジャバとぶっかけて、ゲロスを起こした。すげぇ雑な扱いだ。
「き、きゃあああああああ! きゃぁあああああ!」
すると、気を取り戻したゲロスが汚い声でみっともなく悲鳴を上げた。
男なのに叫び方が凄く気持ち悪い。甘やかされた者の悲鳴だ。
自分の家ならそれで警備が飛んでくるのだろうが、ここはザライ家なのでそんなものはこない。
それがわかったのか、ゲロスは怯えながら会場を去ろうとした。
しかし、そこはゲロス。
大扉の前で捨て台詞を口にした。
「よくもよくも! 絶対に許さんぞ、この売女が!」
そう言った瞬間、ステリーナ様がキレた。
「とっとと失せなさい、虫けらが!」
「ひぁああああ……っ!」
おそらくその怒声は魔力が宿っていたのだろう。
私たちの体を背後に押すほどの覇気が会場を駆け巡った。
実際に怒声を向けられたゲロスは尻餅をつき、逃げるように立ち去った。
無粋な者はいなくなったが、誰も口を開けない。
今の瞬間から、アアウィオルは大変な事態に突入したからだ。
そんな中で、ザライ閣下が手を叩いた。
「皆の者、すまなかったな。今宵の宴はまだ始まってもおらん。是非とも楽しんでいってくれ」
楽しめねえよ!?
いや、だけど、この場で情報収集しなければヤバい。
確実にこれから荒れるアアウィオルで生き残らなければならないのだ!
「な、ナロン、お前はどっちにつく?」
私はこそこそとナロンに尋ねた。
「アアウィオルに、いやステリーナ様とバルサ様に決まっているだろうが」
ナロンはきっぱりとそう言った。
マジかよこいつ。
アルテナ聖国は本当にヤバい。世界中に信徒が多すぎて、ちょっと勝てるビジョンが浮かばないのだ。
ていうか、アアウィオルにつけよ。
なんでステリーナ様とバルサ様なんだよ。
「私は今日ほど感動した日はない。そして、今日ほど己を恥じた日もない。まだ20にもならない少女が、友のために世界の敵となったのだ。あれこそが真の高貴なる者の魂だ」
そう言ったナロンは薄っすら涙を浮かべていた。
学生の頃から感受性豊かな奴だとは思っていたが、ガチだった。
だが、ナロンがそう言うのならば、私も友として付き合おう。
「ナロン。御二方にご挨拶に行くぞ」
「友よ。やはり君ならばそう言ってくれると思った」
いや、正直足とかガクガクだぞ?
私はあまり気が強いタイプじゃないからな。
だが、そんな私でもゲロスに魂を売るわけにはいかんのだ。
それはクレイモン家の先祖に顔向けができん。
私たちは一番にステリーナ様とバルサ様の下へ挨拶に向かった。
本当の侯爵家当主であるザライ閣下をスルーして。
「ステリーナ様、バルサ様! このナロン・ライラック、猛烈に感動いたしました!」
ナロンが開口一番で高らかとそう告げると、多くの貴族たちが決断をしたように思える。
うん、こいつは吟遊詩人とかした方が良いな。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっています。
誤字報告も助かっています。ありがとうございます。




