2-19 リリー・ベリン メイドは見た
本日もよろしくお願いします。
私の名前はリリー・ベリン。
実家は大貴族であるザライ家の家臣なので、その関係でザライ家でメイドをやらせていただいています。
昨年に15歳となり見習いが取れたメイドとなりましたが、そのあとすぐに王都で暮らすステリーナお嬢様付きのメイドの1人に抜擢されました。
正直実力不足の感はありますが、父が重臣なのでその影響だと思います。要するにコネです、はい。
経緯はともあれ大変な名誉なので、リリーは誠心誠意、お嬢様をお世話させていただく次第であります!
そんな私ですが、今はリゾート村という凄い町にある寮でお嬢様のお世話をしています。
この村がもう本当に凄いんです!
ザライ家の領都はもちろん、王都すらも凌駕する最先端の技術が詰まった大都市なんです!
旦那様もこの村に多くの人員を送り込み、技術習得に躍起になっています。
例えば、先輩メイドのコレットさんたちなんて、最先端の美容技術を習得するために修行しているんです。
きっとコレットさんたちはメイドの中で相当な発言権を得るでしょうね。メイド長候補になっちゃうかもしれません。
他にも料理人や塩職人などたくさんの職種の人が学びに来ているようで、その数は私も正確にはわかっていません。
とまあ、ザライ家の事情はいいとして、本題に入りましょう。
最近の私は、お嬢様に対してある疑惑を抱えているのです。
この学園に入学して少しすると、お嬢様に親しいご友人ができました。
その方は、名門中の名門ジラート辺境伯家の長女のバルサ様です。
ちょっとお勉強が苦手なようですが、とても明るくて良い方ですね。
お嬢様は素晴らしいお方なのでどこにいてもご友人ができるのは当然のことですが、バルサ様のように対等な家柄の方がご友人になったのは初めてだったのではないでしょうか?
お嬢様がケンケンと感情を露わにしてご友人とお話しする姿は初めて見ました。
そんなお嬢様とバルサ様ですが。
ななななんと! ある日から毎晩ひとつのベッドでお休みするようになっちゃったのです!
しかも、朝になると汗でびっちゃびちゃになりながら抱き合っているんですよ!? 朝になってお嬢様のお部屋のドアを開けると、女の匂いでむんむんなのです!
しかもしかも、毎朝一緒にお風呂に入るんですよ!?
1人なら軽く足を伸ばせるお風呂ですが、2人だと足が絡まっちゃう程度の小さいお風呂にです!
もうこれ完全に愛し合っています!
お嬢様に疑惑をかけていると言いましたが、確信と言い換えましょう!
お風呂に入ったバルサ様は決まって色が濃いぶどうジュースを頼みます。
きっと、私がお風呂を後にすると、そのぶどうジュースをお嬢様の白い肌に垂らして、あんなことやこんなことをするに違いありません!
リリーは大貴族家の乙女同士による禁断の恋を目撃しているのです!
「なにリリー、もしかして、ああいうのに興味あるの? んっ?」
ある日、びっちゃびちゃになったお嬢様のベッドシーツを取り換えている際に、先輩が私の顎に手を添えてそんなことを言ってきました。
先輩は19歳なので大人の魅力むんむんのお姉さんメイドです。リゾート村の石鹸を使って綺麗さもマシマシです。
「は、はわー」
腰砕けになった私は、取り換えたばかりのシーツにへなへなと座ってしまいます。
そんな私の頬を撫で、再び顎をクイッ。手慣れた様子で、先輩は唇を近づけてきます!
あ、ああ! お嬢様がご勉学に励んでいる最中なのにダメです! それにここはお嬢様のベッド!
でも、顎をクイッとされてしまったので、リリーに抗う術はなし! 背徳の9時30分の始まり始まりですぅ!
「ふふっ、じょ、う、だ、ん、よ! リリーったら可愛いわねぇ」
先輩はそんなことをほざいて私の鼻をツンとします。
私は先輩の足にローキックを入れました。
キスぐらいしろよ! 殺すぞ!
「ご、ごめんね、ごめんね、リリー。もうしないから怒らないで? ね?」
「ハッ! わ、私の方こそごめんなさい、先輩」
でも、やったから怒っているんじゃなくて、やらなかったから怒っているんですよ?
「う、うん。あ、あのね、私、本当はハンスさんが好きなの。悪戯してごめんね? ちょっとお姉さんぶりたかったの」
はーん、先輩は庭師のハンスさんが好きなんですねぇ。
実際のところ先輩は初心なねんねなイキリン坊なので、ハンスさんは真面目だし良いんじゃないですか?
それ以来というもの、先輩が顎クイをしてくれることはありませんでした。
学園は週7日、毎日授業があります。
ですが、その内の2日は午前だけの授業で、さらに1か月に2日だけ完全に休みの日があります。
どうやら、クラスごとにそれらの日は変わるようですね。一斉に入学するわけではないからでしょう。
リゾート村での生活にも慣れたある日のことです。
その日、お嬢様のクラスは休みの日でした。
学園島の学生にとって休日や放課後は非常に貴重です。
隣には観光島があるので、それも当然でしょう。
お嬢様もそれは同じで、授業がない時はよく観光島へお出かけします。
予定を立てる時もあれば、そうでない時もあります。本来、貴族の外出とはほぼほぼ予定があって行なわれますが、ここではそうとは限らないのです。
ですが、本日は大切な予定があります。
大劇場へ演劇を見に行くのです!
お嬢様が外出する際には私と先輩もお供しますので、必然的に私たちも演劇を見ることができます。ウマウマです!
着飾ったお嬢様やバルサ様と馬車に乗り、いざ大劇場へ!
「はー、楽しみですわ!」
目をキラキラさせてお嬢様が仰います。
「キャサグメ男爵ねぇ」
一方、お嬢様の向かいに座るバルサ様は、つまらなさそうに窓の外を見つめます。
本日の大劇場では、この村の領主様であるキャサグメ男爵が主演を務めるのだそうです。
お嬢様はキャサグメ男爵のファンらしく、バルサ様はそれが気に食わない様子です。嫉妬なのです!
「本当に面白いのかよ」
「絶対に面白いですわ」
「どうだかね。おい、リリー、もし私が寝ちゃったら起こしてくれよ」
「まあ! せっかく誘ってあげたのになんですの、それは!」
そんなことを言い合うお二人ですが、ドレスの裾から伸びたお互いの足をくっつけたり離したりしています。
蹴っているわけではありません。お嬢様が嫌がって離したと思ったら、そのお嬢様からちょっかいをかけるようにくっつけたりしています。
控えめに言って、超楽しそうです!
一方の私と先輩はメイドなので、ただ主たちの会話を黙って聞くだけです。
先輩、ちょっと私たちも足のくっつけっこします?
大劇場は満員御礼でした。
下層階には一般席と少し席の間隔に余裕がある特別席があり、上層階には個室となった貴賓席があります。チケット制なので立ち見というものはありませんね。
お嬢様はもちろん貴賓席で、私たちも座る許可をいただきました。
さて、物語は大きく分けて2種類あります。
英雄信仰に結びつく英雄譚と、そうではないおとぎ話です。
演劇で行なわれるのは専ら英雄譚というのが常識でした。
おとぎ話は、子守唄代わりや、冬の寒い夜にお爺ちゃんから孫に語られるような感じです。
では、本日の演目がどちらに分類されるかと言えば、なんと、おとぎ話だったのです。
いえ、おとぎ話を子供が好むものと定義すると、これから始まるものは少し分類が外れるかもしれませんね。大人こそ楽しめるものなのです。
題名は『ジュリエッタ』。
若くして余命1年を宣告された女性騎士ジュリエッタが、それでも家族と祖国のために最後の1年間を精一杯戦い生きる恋愛物語です。
そして、この女性騎士ジュリエッタは、なんとキャサグメ様が演じていました。化粧と作った声で、誰が見てもまるっきり美女です。
キャサグメ様が女性を演じていることに驚きの声が上がりますが、それも最初だけです。
騎士としての気高き精神、人生の美しさ、燃えるような恋。
それらが力強い言葉で紡がれ、観客の心を打つのです。
時には壮大な演奏と共に物語は進み、誰もが劇に引き込まれていきます。
そして、物語が終わる頃には、劇場中からすすり泣く声が聞こえてきました。
『おい、リリー、もし私が寝ちゃったら起こしてくれよ』
そう言っていたバルサ様も滂沱の涙を流しています。
それはお嬢様も先輩も、そして私も同じでした。
キャサグメ様は、『涙雨ロミオ』という演劇の英雄の大師範をされていると聞きますが、劇場はまさに涙の雨が降っていました。
劇が終わっても、多くの方が物語の余韻と流れ続ける涙のせいで、すぐには劇場から出られないほどです。
私たちも落ち着いてから劇場をあとにしました。
馬車までの道中、前を歩くお嬢様とバルサ様は、切なさからか手を繋いで歩いています。
どちらかというと、バルサ様の方が深く感動しているようで、ジュリエッタの人生を想ってしょんぼりしてしまっています。
お嬢様はそんなバルサ様をエスコートしている様子に見えます。
劇場の外はすでに夕暮れ時で、それは奇しくもジュリエッタが亡くなったのと同じ空の色でした。
大劇場の中と外ではまるで世界が違うようで、夕暮れの空気を吸うと、ジュリエッタの分まで一生懸命生きなければという気分になってきます。
「ひぅぅうう……」
馬車に乗ると、バルサ様が劇を思い出したのかポロポロ泣き出してしまいました。それを見て、先輩も泣き出してしまいます。
あ、あーわわわわ……っ!
15歳のリリーには、この空気は荷が重うございます!
そんなふうに私が狼狽えていると、お嬢様が仰いました。
「今日の記念に、フィギュアを作りましょう」
「は、はい!」
きっとバルサ様を元気付けるためでしょう、さすがお嬢様、頼りになります!
私はすかさず元気にお返事しておきました。
バルサ様は憔悴してしまっているので、反論はありません。
というわけで、馬車はフィギュア屋さんへ向かいます。
「おやおや、これはステリーナお嬢様。ようこそお越しくださいました」
フィギュア屋さんに着くと、紳士服を着た店主さんが出迎えてくださいました。
「お店を閉める時間なのにごめんなさいね」
「いえいえ。そちらの方はジラート辺境伯のお嬢様ですね。ようこそお越しくださいました」
店主さんの言葉に、バルサ様は小さな子みたいにコクンと頷きます。
これにはお嬢様も苦笑いです。
「この子は、ジュリエッタを見に行ってちょっと疲れていますの」
「ああ、なるほど。あれはたしかに良い作品です。ささっ、どうぞ中へお入りください」
こうして、お嬢様とバルサ様はフィギュアを1つずつ作ることになったのです。デート記念ですね!
学園の貴族付きメイドは、結構忙しいです。
ご主人様の身の回りの世話はもちろんですが、空いている時間は学園島で行なわれているメイド講習Cコースというのを受けます。
Cコースは私たちみたいなお仕事で来ているメイド用の短時間学習コースですね。AとBコースは他の学生と同じで長時間の学習となります。
とまあ、そんなふうに私たちはお仕事をしつつ、お勉強もしているわけですね。
でも、自由時間がまったくないわけではありません。
そんな自由時間で、私は最近、素敵な趣味を見つけてしまいました。
演劇を見に行ってからというもの、私は創作物語にハマってしまったのです!
実在する英雄譚も素敵ですが、私は自由に創作された物語の世界に強く惹かれてしまいました。元から脳内で妄想していた私ですから、必然とも言えるかもしれません。
そういうわけで、学園島にある大図書館で本を借りてお部屋で読んでいます。
好きなジャンルはもちろん恋愛物です! エッチなシーンがあればなお良し!
欲を言えば女の子同士の恋愛物が最高ですが、まあ相手が男性でも可です。エッチなシーンがあれば評価を上げます。
「リリーは本が好きなのね」
先輩がそう言ってきます。
「は、はい」
丁度エッチなシーンを読んでドキドキしていた私は口から心臓が飛び出そうになりながら、頷きました。タイミングが悪い、ぶっ飛ばすぞ。
「ベリン家は武闘派なのにいいの?」
「私、野蛮なのは嫌いです。私、文学少女になります」
そう、私の実家はザライ家の重臣の一族なのですが、武闘派なのです。先輩の家は文官寄りの一族ですね。
「あ、うん、そう」
もう話は終わりですか?
ちょっと重要なシーンなんで、もう話しかけないでくださいね?
私はベッドに倒れ込んで唇を貪り合う2人の少女の行きつく果てに目を向けました。文章を読んでいくたびに、この2人の胸の鼓動と共鳴するように私の心臓もドッドッと脈打ちます。
と、その時です。
玄関が開く音がしました。
はわー、お嬢様たちが帰ってきちゃった……っ!
でも、お嬢様とバルサ様はリアルでエッチだからそっちも見逃せない!
というわけで、私はベッドからポヨンと跳ね起きて、すぐにお出迎えに行きました。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
「ええ、ただいま。リリー、シルクの手袋はあるかしら?」
「はい、ございます。すぐにご用意いたしますか?」
「ええ、お願い」
見れば、お嬢様のあとに入ってきたバルサ様が、なにやら大きな包みを持っています。
管理室にお届け物があったのでしょうか?
貴族の寮は関係者以外に立ち入りできませんので、お届け物は管理室に保管されます。受け取りはメイドがするのですが、バルサ様の性格だとついでに貰って来たのかもしれません。これはお礼を言わなければ。
私はシルクの手袋を用意して、お嬢様の部屋に戻りました。
「あの、バルサ様、もしかしてお届け物がありましたか?」
「うん」
「リリー、気にしなくていいわよ。さんざん人のメイドを使っているんですもの、たまには役に立ってもらわなくちゃ困りますわ」
「なんだよ、運んでやったのに!」
「その代わりにわたくしはあなたのカバンを持ってきましたわよ」
「別にそのくらいやれよ」
今日も仲良しです!
まあ、それはそれとして、私はバルサ様にお礼を言っておきました。私とバルサ様も仲良しですが、他家のご令嬢とメイドですからね。
さて、お届け物の包みです。
こういう物を開封するのもメイドの務めですので、先輩がシルクの手袋をはめて、包みを開けました。
すると、そこには透明なケースに入ったフィギュアが現れました。
お嬢様とバルサ様がダンスをしているシーンを切り取ったようなフィギュアです!
服装は、あの演劇を見に行った日と全く同じドレスですね。
「「っっっ!」」
フィギュアを見たお嬢様とバルサ様が揃って顔を真っ赤にします。
「はわー」
「り、リリー、これは違いますわよ?」
お嬢様がそう言います。
違わないですよね?
これもうチューする間柄のプレイスタイルですよね?
でも安心してください。
その時が来るまで、リリーは決して口外しません。
アアウィオルにはフォルテム女侯爵という、女性なのに女性ハーレムを作った偉大な前例がいます。爵位はお嬢様がこれから継ぐのと同じ侯爵様です。
なので、お嬢様がやってもなにも問題ありません!
「え、えっと、そ、そ、それで、これをこうしますの」
お嬢様が珍しく顔を真っ赤にして狼狽えながら、フィギュアの台座を操作します。
すると、お二人のフィギュアの周りに星のような煌めきが降り注ぎ、ジュリエッタで使われていた曲が流れます。
「はわーっ!」
「り、リリー、違いますのよ!? バルサさんがしょんぼりしてるから仕方なかったんですの! って、ちょっとなんですの、その全部わかっているみたいな目は!」
だって、全部わかってますもの!
そんなふうに私とお嬢様がキャッキャしていると、突然、バルサ様がポロポロ泣き出してしまいました。この人、オラオラした顔なのに泣き虫っ子ですね!?
「ステリーナ、ありがとう。私、こんなに仲良くしてもらえて凄く嬉しいよ」
「「「っっっ!」」」
私とお嬢様と先輩が思わず仰け反ります。
可愛いっ!
「ご、ゴホン。べ、別に仲良くしてあげているとか、そういうのじゃありませんわ。わたくしたちは対等なお友達ですもの、当然ですわ」
「そっか、あはは、うん!」
ちゅ、チューするか!?
……しないかぁ。
こうして、お嬢様とバルサ様のフィギュアは、お二人のお部屋に飾られることになりました。
光の雨と美しい旋律の中、笑顔で踊るお嬢様とバルサ様。
このフィギュアはお二人が少女として過ごした最後の時の思い出になるのでした。
読んでくださりありがとうございます。
ブクマ、評価、感想、大変励みになっております。
誤字報告も助かっています。




