2-17 ステリーナ・ザライ 新聞と懐かれ
本日もよろしくお願いします。
わたくしの名前はステリーナ・ザライ。
歴史あるザライ侯爵家の長女ですのよ。
先日リゾート村に観光へ行ったわたくしですが、最近では一時的にそのリゾート村に住むことになりましたの。
居住は王都にあるようなお屋敷ではありませんわ。
学園島にある貴族用の女子寮ですの。
間取りは、わたくしの寝室、メイドの2人用の寝室、小さなお風呂とおトイレ、が貴族用の寮ですわね。
それぞれの部屋は広くありませんし、華美な調度品もありませんが、とても清潔感があり過ごしやすいですね。特にベッドがポヨンポヨンで、お屋敷に持って帰りたいほどですの。
ただ、リビングがありませんので、お部屋でお茶会を開くことはできそうにありません。それが残念ですわ。
そんなふうに寮へお引越ししたわたくしですが、その目的はキャサグメ様を射止めることですわ! でも、リゾート村に来れば会えると思ったのですが、全然会えませんのよ!
ですが、それで文句を言うわけにもいきません。一応はお勉強のためにきてるわけですからね。
「さて、領地経営学8時間目の本日は、魔境農地と魔境都市の話です。35ページを開いてください」
教壇に立つ先生が仰います。
ここは貴族クラスの教室ですわ。
学ぶことは、リゾート村が現れたことでアアウィオルがどのように変化するか、そしてそれを見通しての領地経営術などですわね。あとは基礎学習の算数や魔法学、護身のための武術の授業もあります。
平民クラスと同じように3カ月ずつ前期と後期に分かれており、後期には高度で専門的なことを学ぶみたいですわね。
メンバーは、わたくしのほかにアアウィオルを支える4貴族家の子弟やその家臣団。他の貴族家もそのうち参加するでしょうが、今のところはこの程度ですわね。
そして、このメンバーに加えてエメロード女王陛下。
そう、陛下も一緒に学んでいますの!
どうやら公務の間にいらしているようで、毎回授業で会うわけではありません。時間の都合によっては、平民の子供の授業にも参加されているようですわね。おそらく特別に授業スケジュールを組んでもらっているのでしょう。
なんにせよ、陛下がいらしている時はとっても緊張しますわ!
「先日お話しした『第一次成長限界』の概念は覚えていますね?」
一方の先生は、陛下の前でも普通に授業をしています。
ある日なんて、陛下に教科書の一文を読むように命じましたのよ。ヤバすぎですわ。
寮などでは貴族と平民では差があるようですが、こんなふうに授業に関しては一切区別されませんの。陛下に対してですら、言葉使い以外は他の生徒と同じ対応ですわね。
ま、まあ、それはそれとして。
人の成長の形は砂時計型になっていて、通常は砂時計の下皿の部分までしか成長できません。それが『第一次成長限界』ですわよ。
しかし、死ぬほどの訓練をすることで第一次成長限界を超え、上皿部分も使用できるようになりますの。
この状態になった者は、先のスタンピードで活躍したロビン君やレイン様のように、とんでもない強さを得られます。
まあ実際のところは、そのあともずっと努力を続けなければならないそうですけど。イメージとしては、成長の伸び悩みがなくなり、ずっと成長し続けられるといった感じでしょうか。
「第一次成長限界を超えた者を多く有すれば、第一次産業は飛躍的に発展し、多くの資源によりそこから続く産業の多くも発達していきます。また魔物や他国に対する防衛面でも心強い戦力となるでしょう」
ただし、デメリットもあります。
「第一次成長限界を超えた者は、食事の質の向上が不可欠です。通常の平野で育てられた作物や豚の肉では飢えこそ満たされますが、強さを維持できません。彼らに必要なのは魔力を帯びた食べ物です」
ここまではすでに以前の授業で学んだ部分ですわね。
先生の話にわたくしは頷きつつ、ではどうすればいいのか予想を立てます。
本日の議題から察すれば、魔境が関わるのでしょう。
「これからのアアウィオルでは強い戦士が多く現れるでしょう。その強さを維持するのも領主の務めとなります。そこで注意するべきなのは、魔境をコントロールして共生することです。魔境を完全に討伐してしまうと戦士たちの強さを維持するのが困難となり、第一次産業の一角が崩壊し、その土地からは人が去っていくでしょう。本日の講義では、魔境との共生方法の入門を学んでいきたいと思います」
ふんふん、やっぱりそうですわね。
陛下もふむふむと頷いておられます。とっても真面目ですわ。
「魔力が宿る食べ物とは、魔境やダンジョンで採取できます。また、魔力濃度は落ちますが、魔境と隣接した場所に作った農地や牧場でも人工的に魔力が高い食物を作ることも可能です。このように魔境から生じる魔力を農地へ波及させるように整備した環境を、魔境農地と言います」
わたくしはノートにメモしながら、理解を深めます。
「一方、魔境自体を町に取り込んでしまう方法もあります。これを魔境都市と言います。どちらも魔境産の品の一大採取地となりますが、当然リスクもあります。ですから、この都市・農地の作成は思い付きで行なってはならず、専門家の育成とその専門家を中心に考えられた計画が必須になります」
と、そこで陛下が手を挙げました。
「話の腰を折って申し訳ない。魔境都市と魔境の砦町ゼリアはどう違うのだろうか?」
とっても真面目さんですわ!
わ、わたくしもちゃんと勉強している姿をお見せしなければ!
キャサグメ様の御心を射止めるためにリゾート村に来たのに、ちょっと変な方向になっちゃってますわ!
それから真面目に授業を受け、キーンコーンカーンコーンと鐘が鳴って授業は終わりました。
このあとは礼ですわね。今日は誰でしょう?
「それではエメロード陛下。礼をお願いします」
ヤバすぎじゃありませんこと!?
でも、陛下は真面目さんなので、キリリとして仰います。
「皆の者、起立! 気をつけ! 師へ、礼!」
ダラダラなんてできようはずもありませんわ!
わたくしたちは、騎士のようにビシッと礼をしましたわ!
「おい、ザライ」
放課後、わたくしに声をかけてきたのは、辺境伯家の長女であるバルサさんでした。
バルサさんは野性的な女の子ですわ。武術の授業でバトルアックスをぶん回す姿を見ていると、この瞬間に平民にされても強く生きていけそうな気がしますわね。
「なあ、ちょっと単式簿記を教えてくれよ」
「えーまたですの。もー、家臣の方に教えてもらえばいいじゃないですか」
「別にお前でもいいだろー」
もうこのお願いも3回目ですわ。
最初は算数でしたわね。この子、3桁の引き算もできませんでしたの。あの時に引き受けたのが間違いでしたわ。
なんでも、家臣はすぐに主家との婚姻を狙ってくるので、面倒なのだそうですわ。
というか、単式簿記はアアウィオル王国でも使われているので、お家のお手伝いをしていればできるはずですわ。それができないということは、戦ってばかりで執務はまったくお手伝いしてなかったのでしょう。
それよりも、わたくしは今後習うことになる複式簿記というものを予習したいですわ。
「ちゃんと理解したいんだよ。エメロード陛下の前でちゃんとできなくちゃ、親父に怒られちゃう」
しょんぼりするバルサさん。
バトルアックスをぶん回す癖に、妙に可愛い仕草です。おバカな動物に通ずる可愛さがあります。
もーっ!
「じゃあ、夕食後にわたくしのお部屋に来てください」
「ホントか! ありがとう! じゃあじゃあ、夕食も隣の席で食べようぜ!」
めっちゃグイグイ来ますわね!?
別にバルサさんとは仲良しではありませんが、この村に来てから妙に懐かれてしまいましたわ。
その代わりに当初の目的であるキャサグメ様とは全然会えませんわ!
エメロード陛下は、どうやらリゾート村内にお屋敷があり、そこに王城直通の転移門を持っているようですの。
公務で忙しい方ですので、当然ですわね。
そんな陛下が、ある日、朝の教室で変な紙を熱心に読んでいましたわ。
わたくしは勇気を出して質問してみました。
「陛下。おはようございます」
声をかけると、お付きのメイドや近衛たちの雰囲気が少し変わります。
侯爵家令嬢でもそんなものですわ。
「ん? ああ、ザライの娘か。ステリーナだったな。おはよう」
名前を憶えてくださっていますわ!
「それで何用だ?」
軽く感動するわたくしとは反対に、陛下もちょっと警戒気味ですわ。
わたくしにも取り入ろうという者はたくさんいますので、お気持ちはわかります。ですが、わたくしはそういうつもりはありませんわ。
「急なお呼びかけ申し訳ございません。その、陛下がお読みになられている物が何なのか気になりまして」
「ああ、これか。これは新聞というものだ。各国で起こった注目度の高い事件の情報が載っている」
「まあ! そのようなものが!」
「ふっふっ、この記事なんて面白いぞ。まあ座れ」
陛下はわたくしに前の席を勧めると、新聞なるものの1ページを分けてくださいました。
どうやら、大きな紙を折っていくつも重ねているだけのようで、簡単にバラバラになる造りみたいですわね。
陛下に読み方を教えてもらいながらその文章に目を通すと、遠くにある大きな国で大将軍が死去したという話でした。
英雄結晶を確実に残すと思われていた人物のようですが、どうやら残さなかったようで、王侯貴族たちは意気消沈しているという内容です。
「さもありなん。大義もなく侵略戦争をしまくった人物が神に選ばれるわけがない」
陛下はそう言って鼻で笑います。
煌めくような美しさの中に王としての冷たさも見え隠れしており、そのような仕草をすると、とてつもないカッコ良さと色香が漂いますわ。
「ゴブリン返りというものが影響しているのでしょうか?」
この村の学習では、誰もが必修として『ゴブリン返り』について学びます。
なんでも、人の遥か昔の先祖はゴブリンだったというのです。
そのゴブリンは創造神様からの寵愛を得て最初の人間となり、始まりの英雄結晶を残したのだそうです。
その英雄結晶を崇めた他のゴブリンもまた人間となり、人類は繫栄していきます。
しかし、元がゴブリンなので、今でも人間は魂を汚すと人の皮を被ったゴブリンへと戻ってしまいます。これをゴブリン返りというのだそうです。
ゴブリン返りになると、常人からすれば嫌悪するようなことを行なうようになるそうですわね。それだけなら普通の人間でも起こしますが、ゴブリン返りの場合は楽しげに、それでいて隙あらば常習して行なうそうです。
その予防として、各英雄結晶があります。
英雄の生き様を学ぶことで己を律し、ゴブリン返りを防ぐのです。
うーん、人の先祖がゴブリンなんて本当でしょうか?
この村の多くの知識は素晴らしいですが、この1点に関してはちょっと疑問です。いつかわたくしたちにも理解できる時がくるのでしょうか?
「この将軍がゴブリン返りだったかはわからないが、少なくとも、その生き様を崇拝の対象にすべきではないと神が判断したのだろう。戦争が大好きな将軍だったみたいだからな。神の意思に反しよう」
ふんふん、とわたくしは頷きます。
たしかに、ガンガン戦争をした人が英雄結晶を残したという話はあまり聞きません。
逆に、小国を守り抜いた守護騎士や軍師が残した英雄結晶などはかなり多いです。
「しかし、国の方針や人の思想は英雄信仰によるものだけではない。この大将軍も己の英雄結晶化を考えて、書を残しているだろう」
英雄候補の方は、いつ死んでもいいように自分の半生や考え方を書き残すものです。あるいは、専属の物書きや吟遊詩人を雇います。こうすることで、英雄結晶になったあとの教義を明確にするわけです。
「この書を読んだ者が感銘を受けて軍国主義の後継者となるかもしれない。周辺国は大将軍が死んでめでたしめでたしとはいかんだろうな」
「はい。仰る通りでございます」
わたくしとそんな会話をしている間にも、陛下は新聞を読んでいるようですわ。よくそんな器用なことできますわね。さすがは女王です。
「あー、これも面白いぞ」
そんなふうに陛下はフレンドリーに話してくださいます。
陛下との会話なので緊張もしますが、なんだかとても楽しいですわ!
それにしても新聞ですか。
つまり、リゾート村はそこら中の国に諜報員を送っており、長距離の連絡が可能なのでしょうね。そうでなければ、こんな物を作れるはずありませんし。
わたくしは陛下から気に入られたようで、それからというもの、お声をかけてくださる機会が増えましたの。完全に予想外ですわ。
お父様に報告すべきか迷いますが、舞い上がっちゃったら困りますし、黙っておきましょう。面倒な指示があったら困りますもの。
陛下との会話を充実させるために、わたくしも新聞を読むことが必須になりましたわ。
どうやら毎週2回決まった日に村の本屋さんで販売されるようですわね。その日は朝早くに起き、メイドが用意した新聞を読むのが習慣になりましたわ。
そうそう、新聞は毎回2部ずつ買うように指示して、1部は領地に帰ったお父様にプレゼントしています。陛下とよく会話する機会に恵まれたのは報告しませんが、新聞はお父様にも有用でしょうからね。
「なあなあステリーナステリーナ。今日、お前の部屋に泊まっていいかぁ?」
そんなある日、バルサさんがそんなことを言いました。
最近は懐かれすぎて、呼称がザライからステリーナに変わっていますわ。
「と、泊まるですの!? え、え?」
お泊まりですの!?
ベッド一つのお部屋に!?
「い、いえ、あの、明日は新聞の日ですからダメですわ」
「お前、最近女王陛下ばっかりじゃないか。私の勉強も見てくれよぅ!」
近い近い、近いですわ!
ムキムキな腕で縋りつかれて痛いですわ!
「おっ、やっぱりお前も力が強いな! 力なら負けないぞー!」
キャッキャしないでくださいます!?
まるで引っ張りっこする犬みたいですわ!
「よーし、今日はこのあとプールに行こうぜ! そこで勝負だ! 私が勝ったら今日はお前のところに泊まるからな!」
「意味わかりませんわ!?」
変な子に懐かれましたわーっ!
王国貴族学院ではお淑やかな女の子たちとお茶会をしていましたが、学園島に来てから人間関係がおかしくなってきましたわ!
そこになぜだか目的のキャサグメ様はいないという!
なんでですのーっ!?
読んでくださりありがとうございます。
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