夢の中
「凄いな……」
俺は暫くその戦いに目を奪われていた。行われているのは完全に一方的な虐殺。そしてそれを行なっているのは夢の中の俺。
——いや、俺だけじゃ無いな。俺に巻き込まれないよう、距離を取って戦っている人々も居る。立ち位置を見るに連携が取れているし、仲間なのだろう。
正直羨ましかった。今の俺には仲間なんて居ない。いつかこんな風に信頼出来る仲間が出来るんだろうか。
けれど、仲間の装備に比べると俺のこれでもかという重装備が目立つ。元々俺を中心に戦う戦略なのか?いや……これは違う?
夢の中の俺も臆病なのだとしたら、戦いが怖くて装備に頼らなければならないんだと思う。その結果が異常なまでの重装備なんじゃ無いだろうか。
もしもこの夢が未来なら、俺の根本は変わらないのだろう。どれだけ強くなろうが、怖いものは怖い。圧倒的な強さの夢の中の俺でもそれは変わらないんじゃないか?まあ、憶測でしかないのだが。
それと、相手となっている数百の魔物と人。その動きは雑で、とても意識があるようには思えない。人も魔物も顔は血色が悪く、青白い。
「ゾンビ、か?」
夢の中の俺はゾンビを操る敵と戦っている?だとすれば、操っている本体はどこに——
「……居た」
視線を移すと、ゾンビ達の群れの奥、そこに戦いを眺めながら冷酷な笑みを浮かべている女性。
まさか、相手は人なのか。何故人同士で戦っているんだ?
俺の疑問なんて関係なく、夢の中の俺とその仲間達がゾンビ達を消し去っていく。だが劣勢でもゾンビを操っていると思われる女性の表情は崩れない。そしてふと俺はその女性の顔を見て既視感を覚える。
「この女の人、どこかで見たような……」
女性の顔には、口元にホクロがあった。その特徴を見ただけで俺の記憶と繋がった。
「まさか……沙生さん?」
何で夢の中の俺と沙生さんが戦っている?沙生さんを倒す理由なんて無いはずだ。俺なら一緒に——
そこで夢の中の俺がゾンビをほぼ倒し終え、沙生さんの前へと到達する。そして、夢の中のおれが次に行った行動は、沙生さんに銃を向けること。
「おい!何でだよ、やめろよ!俺だとしたら沙生さんに好意は有っても殺す理由なんて無いはずだろ!?」
夢の中の俺が沙生さんに話しかけているが、それは俺には聞こえない。沙生さんはその言葉を受けて、優しく微笑む。そして何かを受け入れるかのように両手を広げた。
「おい、やめてくれ。やめろ、なんで……っ!」
俺は止めようともがくがその場を動くことができない。沙生さんに手を伸ばしてみても、その距離は遠い。
夢の中の俺は目を伏せて、何かを呟く。すると右手に持っていた銃が塵となり、代わりに巨大な光線が発射されていく。
その光は目の前全てを消失させながら進み、微笑んでいる沙生さんへと——
そこで、夢の中の光景は終わり、俺の視界が暗転する。
……夢の中の俺が最後に呟いた言葉。それが聞こえたような気がした。この夢はそれを伝えたかったのか?
だとしたら、もっと違う光景にして欲しかった。初恋の人が俺自身に殺される夢なんて見たくなかった。最悪な光景だ。
夢の中の俺が最後に呟いた言葉、それは——『全弾開放』という言葉だった。
♦︎
目を開けると、そこはいつもの自分の部屋。頭を置いていた枕が濡れているのは涙か?
まるで現実のような夢で、起きた今もまだハッキリと光景を覚えている。
夢の中の俺が使っていた装備に仲間達。そして、変わっていた沙生さんの姿とその最期。
これは夢でしか無い。もしもあれが未来の俺ならこんな事にはならない筈だ。決して……夢のようにはならない。
そして、夢は何故『全弾開放』を伝えたかった?
妙に現実感の有る夢、それを見た俺の胸の中には……大きな蟠りだけが残ってしまった。