支配後 1
トリセツと意識の中で話した後、俺が目を覚ました時には既に翌日の朝になっていた。
頭の鈍痛は相変わらず続いている。これだけ痛いのに良く眠り続けられたもんだ。
俺が体を起こすと、そこでオレの腹の虫が鳴る。
「取り敢えず、朝飯でも食べるか……」
俺はそう呟いて、スーパー側へと向かってパンを食べた。
食べ終わった後、俺は爺さんの姿を探す。朝食は食べた跡が有ったので起きている筈なのだが、その姿は見つからない。叫んで呼んでみても、反応は返ってこなかった。
「外にでも出たか?」
そう考えた俺は念のため銃を持ち渦の外へと向かう事にした。
外へ出ると天気は晴れ。気温も高く七分袖の服一枚でも肌寒く感じることはなかった。
俺は車の上に登り、爺さんを探すために周囲を見渡してみる。
すると、爺さんの姿を領域内の端の方で見つけることができた。だが、爺さんの前には領域を挟んで複数の人の姿が有るようだった。俺は何かと首を傾げながら爺さんの元へと向かった。
そこに近づくと、爺さんと誰かの話し声が聞こえて来る。困ったような爺さんの声と、爺さんに対して声を荒げている男性の声だ。
「だから儂に言われても困るんじゃ。ここの主は儂じゃないからのう……」
「だったらそいつを呼んで来てくれ!今すぐ俺達をこの中に入れろ!」
そしてその男性に同調する複数の声。俺は面倒なことだとすぐに理解して、近づいたのを後悔した。けれど近づいた以上、無視するのも気が引けた。
「おい爺さん。何か有ったのか?」
俺が声をかけると、爺さんは浮かない顔でこちらを見た。
「おお、灰間の小僧、丁度良かった。散歩していたらこやつらが中に入れろと煩くてのう」
そこで先程話していた男性が俺を睨みつけながら口を開く。
「おい!お前がここを管理してるやつか!?今すぐ俺達を中に入れて、食糧を渡せ!」
やはりこういう輩なのか。コイツは、下手に出てお願いするとか出来ないのだろうか。まあ、そうされてもどうせ同じ答えをするつもりだったんだが。
「は?何言ってるんだ?お前らを中に入れるのなんて嫌に決まってるだろうが」
俺がそう言い放つと、領域の外に居る連中が口をポカンと開けながら硬直する。
「爺さん、相手にするだけ時間の無駄だ。中に戻ってこれからの事を話すぞ」
俺が爺さんに目を向けると、何故か爺さんまで固まっている。……あれ?俺の方針言ってなかったか?
そのまま俺が引き返そうとすると、背後から焦るように声が聞こえた。
「ま、待て!俺達を見捨てるのか!?お前も人なんだろ、良心というものは無いのか!?」
俺は男性に振り返り、ため息を吐く。
「せめて、丁寧にお願いされていたら考えてたかもしれないな。だがあれだけ威圧されたら、俺も怖くなってここに引き篭もるしか無いよな」
勿論そんなつもりは無いし、アカグロとやり合ったのにコイツらが怖いわけが無い。
「す、すまなかった!俺達も生きる為に必死だったんだ!頼む、俺達を助けてくれ!」
男性が頭を下げてそう言ってくるが、それくらいで俺は自分の方針を変えるつもりは無かった。
「問題が起こるのが面倒だから中には入れるつもりは無い。だが、食糧ならゴブリン共を倒した後に残る石と交換してやっても良い」
外の連中は俺の言葉に驚愕する。
「そうだな……その石は魔石って言うんだが、食糧一食分を魔石五個で良いぞ」
食糧によるが、オブジェクト化を解除するのに必要な魔石は三個から五個だった。今は食糧が有り余っているし、ずっとここに居るつもりも無いのでマイナスにならなければ分けてやっても良い。
まあ、後の反応は分かりきっているんだが。
「ふ、ふざけるな!あいつらから逃げる為に頼んでるのに、あいつらを倒せってのか!!そんなの出来るわけが無い!」
周囲の連中もそれに同調する。予想通りの反応に、俺は苦笑いしてしまう。
「俺達だって危険を犯して魔石を集めて、おまけに死にかけながらここを手に入れたんだぞ? それに食糧を入手するのに魔石が必要なんだ。五個ってのは別に吹っ掛けてる訳じゃない、原価で渡すんだ悪くないだろ?」
男性はそれに顔を真っ赤にしながら反論してくる。
「それはお前らが武器を持ってるからだろうが!俺達がどうやってゴブリン共を倒す!?力が有るんなら、弱者を守るのが当然だ!」
どこかで聞いたような言葉だな。ああ、避難所の奴らが似たようなことを言ってたか。
「なら、交渉決裂だな。もし取引がしたい奴が居たら、また明日ここに来い。それじゃ、爺さん戻るぞ」
俺はそう言って建物の方へと歩き始める。後ろから怒鳴り声や泣き叫ぶような声が聞こえてくるが、既に割り切っている俺には響かない。
俺の方針——それは俺の下に付き、指示に従うのなら領域内に入るのを許可する。勿論働きに応じた分だけ食糧も渡すし、もし武器が欲しいのなら渡す。
だが奴らのように守って貰うのが当然と思っているようなのは駄目だ。そういった連中を入れて、後で問題が起きるのは警察署で経験済みだ。
冷酷だとは分かっている。だが、この環境で生き抜くには必要な事だと俺は思っている。
これからどんな罵声を浴びようとも、俺は生き抜き、そして夢を現実にして沙生さんと再会する。




