避難所崩壊 6
——俺が牢屋に入れられてから三日が経った。
その間、俺は黒薙に武器を提供していた。
その代わりに貰えるのは僅かな食事。そして、その食事も俺は腕が使えず犬のように地面に這いつくばりながら食べていた。
日に日に増していく黒薙への憎悪。そして、俺は黒薙に明確な殺意を持っている。あいつだけは絶対に殺してやる。ただ、それだけを目標に日々を生きている。
そんな俺は、復讐するための計画を実行している。正直言って穴だらけで、黒薙の行動次第の面も有る。だが、考えてもこれ以上の計画は思い浮かばなかった。
腕の方は痛みもほぼ無くなり、包帯の中で動かせるようになったのが分かる。これなら武器を扱えるが、まだ行動に移すのは早い。下準備が終わるまでは我慢するしかない。
時折上の階から聞こえてくるのは、女性の悲鳴や男の叫ぶ声。助けを求める声まで聞こえてくる。
黒薙は随分と好きにやっているようだ。食事を運んでくる奴も取り巻きから避難民の一人に変わった。恐らく黒薙に取り入って、取り巻きに堕ちたのだろう。
……そろそろ食事の時間なのか、足音が聞こえてくる。そこで俺は完全に絶望し、無気力になっているように演じる。
「おい、食事だ」
牢屋の鍵が開けられ、お湯の入れられたカップ麺が入り口へと置かれる。いつもなら、俺は特に返事をしない。ただ去るのを待っているだけだ。
けれど、今日は少し話す事が有る。
「……なあ」
俺が話しかけた事で、食事を持ってきた若い男が体を硬らせる。
「な、なんだよ……」
男は明らかに警戒している。
「約束通り、沙生さんは無事なんだろうか……?」
「沙生……あぁ、お前と一緒にいた女か。安心しろよ、黒薙さんが手を出すなって言ってたからまだ大丈夫だろうよ」
「そうか……」
俺は喜ぶ様子を見せず、ただ顔を俯く。
「だが……いや、何でも無い」
「……」
これ以上は不審がられる恐れが有る。今回はこれで終わりにしておこう。恐らく黒薙は俺が完全に堕ちるのを狙っている気がする。
そこで、いかにも精神的にガタガタで、もうすぐ限界が来そうだ……という所を演技している。
——沙生さん、後数日の我慢だ。悪いけれど我慢してくれ。
♦︎
「おい、あいつの様子はどうだった?」
署長室では黒薙が椅子に座り、横に服がはだけた金髪の女子高生を侍らせながら食事を運んだ男に様子を聞いていた。
「奴は見るからに疲労しています。精神でも病むか、或いは助けを求めてくるか……」
それを聞いた黒薙は嬉しそうに笑う。
「そうか。ならあいつも時間の問題だな……その時はあの女を渡す代わりに協力させるか。ま、その時には逃げ出す気力も無くなってそうだが」
黒薙の言葉に男は首を傾げる。
「女を渡してしまうんですか?てっきり黒薙さんのお気に入りに入れるのかと……」
そこで金髪の女子高生が、甘えたような声を出しながら話に割って入ってくる。
「えー?ワタシが一番のお気に入りなんじゃないのぉ?ねぇ、黒薙さぁん?」
「何言ってんだ。奴が完全に折れた後に、散々遊んだ後に渡すに決まってんだろうが。だがもうすぐか、やっとあの女に……」
「へへっ。その時は俺にもお願いしますよ。あの女、俺もタイプなんですよ」
「もー、他の女の話の話イヤなんだけどぉ」
金髪の女子高生はわざとらしく頬を膨らませる。
「悪い悪い。お前が一番だ、妬くんじゃねぇよ」
「ホント?じゃぁ……」
金髪の女子高生は、黒薙へと抱きつき、体を絡めていく。
それを見た男は慌てて入り口へと移動する。
「し、失礼します」
男は退室した後署長室のドアを閉め、ため息をつく。そして、どこかへと歩いて消えていった。
警察署内で黒薙の勢力は避難民を取り込み十五人を超えた。取り入ろうとするのは男だけではなく、女性の中にも金髪の女子高生のように、黒薙のお気に入りになろうとする者まで現れ始める。
それは心が壊れてしまったのか、この環境で生きるための術なのか。
ただ……どの行動が正しいのかなのかなんて、誰にも分からなかった。




