警察署の避難民 3
避難所生活二日目の朝。
俺は加藤さんに協力を申し出て食糧の確保班の手伝いをする事になった。とは言っても戦闘要員では無くただの荷物持ちで、周囲を監視しながら最後尾に付いて回るだけ。
装備は自前の軽くて威力の有る鉄パイプ。それと念のため懐に石弾の銃は忍ばせてある。
今回のメンバーは俺を含めて四人。リーダーは警察の村田さん、それに避難民の黒薙さんと長谷川さんだ。村田さんと長谷川さんはお手製鉄槍を持っていたが、黒薙さんは特に何も持っていない。
俺は疑問に思って黒薙さんに声をかけた。
「あの、すいません。黒薙さんは武器を持たないんですか?」
黒薙さんは質問にあからさまに嫌悪し、俺を睨み付ける。黒薙さんは金髪に髭を生やし、厳つい風貌の人だ。今までの俺なら睨まれただけで焦っていたかもしれない。
でも、俺はまだ嫌われるような事してない筈なんだが。
「……俺は『希望の力』持ちだ。武器なんて要らねえ。コイツがありゃ充分だ」
黒薙さんは足元の石を拾い、ブロック塀へと投げつける。すると石がブロック塀を貫通していき、その奥にある民家の窓ガラスを割った。
投げる事に関係の有る力か?確かに武器要らずなのは利点があるかもしれない。武器の性能に頼るだけのまるで俺とは真逆だな。
俺は内心を隠して驚いた仕草を見せる。
「黒薙さん凄いです!俺、初めて『希望の力』を見ました!こんなに強いものなんですね!」
少し大袈裟に驚きすぎたかもしれないが、黒薙さんの反応は悪く無かった。
「お、おう。まあ警察署で『ホープ』持ちは俺だけだ。これが有る以上、誰にも文句は言わせねぇよ」
黒薙さんだけ、か。と言う事は警察署で一番強いのは間違いなく黒薙さんだろう。
それに、警察である村田さんとは必要最低限の事しか話さないが、避難民の長谷川さんとは多く話している。その態度は完全に遜っており、見るからに黒薙さんの立場が上。
察するに、既に黒薙さんを中心とした派閥が既に出来上がってるのだろう。加藤さん率いる警察の派閥に不満が有るかは分からないが、用心しておいた方が良いかもしれない。
♦︎
それからの食糧の確保は、中々上手く進まなかった。
ゴブリンに対しては黒薙さんがスムーズに倒し、問題は無かった。だが、まとまった食糧の有るコンビニや薬屋はほぼ回収を終えており、民家の食糧を狙うしか無かった。
何件か回るも、まとまった量の食糧はない。冷蔵庫の中なんて腐って大惨事になっている。有るのは数個のカップ麺に缶詰のみ。
数軒程度では、避難所の数十の人を賄うだけの食糧には届かない。
「チッ、また外れかよ!」
黒薙さんが舌打ちをして、家の中のものを手で払い落とす。想定以上に食糧が無く、確保班の皆が苛々していた。村田さんも長谷川さんも無言で、雰囲気は最悪だ。
「あの……スーパーへは行ってみたんですか?」
俺はリーダーである村田さんへと話しかけた。
「……勿論早い段階で行ってみたさ。でも、ゴブリンの数が異常で入り口にも辿り着けなかった。結果は怪我人を複数出して、撤退だ」
「そうだったんですか……」
「君も絶対にあそこには近づかない方がいい。あそこは命が幾つあっても足りない」
俺は数十のゴブリンが群れて襲ってくる事を想像した。考えるだけでゾッとする。
「分かりました。忠告ありがとうございます」
その後、数軒の家を周るも納得のいく成果は無いまま俺達は食糧調達を終えた。
♦︎
俺達が警察署へと戻ると、昼食の時間になっていた。丁度入り口近くで避難民達が昼食を貰おうと集まっている。そんな中、聞こえてきたのはこんな声。
「えーまたカップ麺一個?全然足りないんだけどー」
「おい、食糧の調達はどうなっているんだ!もしかしてサボってるんじゃ無いだろうな!?」
「マジで外出てる連中何やってんの?食糧なんて店いきゃどこにでも有るだろ。無理してでも取ってこいよ」
そんな避難民達の声に、警察の人が平謝りしている。
「すいません。全力で食糧を探してはいるんですが、危険もあって思ったようにいかず……」
昨日の夕方も似たような状況だった。何もしていない連中なのに文句だけ言って、見ているだけで呆れてしまう。
俺はすぐにこの場を離れようとする。その時だった。
警察署のカウンターを蹴る音が警察署に響いた。蹴ったのは黒薙さんだ。
「おいテメェら。何もしてねえ連中が何文句言ってやがる。俺達はテメェらの奴隷じゃねぇぞ?もし俺達が怪我でもして探せなくなったら、テメェらが探しにいってくれんのか?」
先程まで煩かった避難民達が急に口を閉ざす。睨み付けている黒薙さんに対して誰も目を合わせようとしない。
「チッ。さっきまでの威勢はどうしたんだよ。文句が有るなら言えよ、喧嘩でも何でも受けて立つぞ?」
押し黙る避難民達。それを見て黒薙さんは苛々をさらに募らせる。
「俺達も警察の連中も、テメェらをいつでも見捨てられんだ。よく覚えとけ」
黒薙さんは吐き捨てるようにそう言い、二階へと上がっていった。
避難所の雰囲気は最悪だ。いつ、何をきっかけに崩壊するかが分からない。
そして崩壊した後、どうなるかは想像が出来ない。
早く、この場を離れなければ。




