死んでも性格は変わらない
男は気づいたら何も空間にいる。
男はそこで異形の存在と出会うのだった。
何もない白いだけの空間。
微かな風が吹いているだけで、本当に何もない。
男はいくつくところのない白い空をただじっと見つめている。
ここは夢か、現実か。
冷静に考えようとしても、答えは全く思い浮かばなかった。
(また二度寝して夢を見ちまっているのかな?)
男は夢の中で自分がまだ学生であると錯覚することがよくあった。テストの成績、宿題忘れ、遅刻。学生の自分はいつも生活に追われ、焦っている。数十年前経っても、男は学生時代の不安を追体験していた。でも、今はとても意識がはっきりしている。男は自分がこの場所に立っていることがはっきりと分かる。まるで夢の中ではないみたい。
「すみません」
突然の声に、男は背筋をビクッとさせる。男が声のした方に振り向くと、そこには毛むくじゃらの猿。赤毛でオラウータンのような顔、しかしどこか人間っぽい。正確に表現するならば”類人猿”。が男から数メートル離れた場所に片膝を抱えて座っていた。
異形の存在に出会うと、あまりの恐怖で人は突発的な行動に出る。男の場合は全身に悪寒が走ると同時に、実際に類人猿と逆方向に向けて走り出していた。
どんな見た目の人(人ではない)でも仲良くなれる。そんな綺麗ごとをヌカしたやつは誰だ?
男は頭の中に出てくる綺麗ごとをふざけるなという気持ちで心の中で打ち返しながら、類人猿から逃げる。しかし男が後ろを振り向くと、類人猿との距離が全く離れていないことに気づく。類人猿は座ったまま全く動いていないのに。
「あの、すみません…。話を聞いてもらえないでしょうか?冷静に」
類人猿の優しい声色が、男にとっては逆に怖い。男は必死で逃げ続けるが男と類人猿の距離は一向に変わらない。
そして、男は足を攣った。いきなり。
男はゆっくりと倒れ込み、みっともなく泣き叫ぶ。
類人猿は立ち上がり心配した様子で寄ってくるが、男は恐怖でさらに大きな悲鳴をあげた。
男の狂乱する姿に類人猿は若干引き攣った顔をしている。
類人猿は男に配慮するかのように少しだけ距離をとり、男に話しかける。
「大丈夫ですか?」
男は泣き叫びながら言葉をつむぐ。
「大丈夫なわけないだろ!!来るな、化け物! お前は一体何なんだよ!? 」
男は急に胸のあたりが気持ち悪くなり、四つん這いになる。男は嗚咽と共に黄色い吐瀉物を真っ白な地面に吐いた。類人猿は露骨に嫌な顔をしながらも男を心配するような素振りをし続けていた。
類人猿は両手を同時に下ろし男を諫めるようなジェスチャーを取りながら、優しい声で語りかける。
「まずは落ち着いて下さい。落ち着いたら、全部話しますから」
男は類人猿の説得で落ち着いたわけではない。吐いたことによってあらゆる感情が萎えたのだ。
男の呼吸はしばらく粗ぶっていたが、時間が経つと少しずつ整っていった。
類人猿は男の様子を黙って見守る。
男は四つん這いのまま視線を類人猿にやると、ようやく口を開く。
「なんなんだよ・・・これ。夢か? 」
類人猿が答える。
「えーっと、これは夢じゃありません。私のような者がこれを言っても信じられないし不安だとはおもいますが、これは全く夢ではないです」
類人猿が吐瀉物を指差す。男は吐瀉物を目で追う。類人猿は男が察せてないのを理解したかのように、言葉を続ける。
「この嘔吐感、己の思考、体力の減衰。どれも夢ではないくらい現実的でしょう?それは今が実際に夢ではないからです。今あなたは現実にここに存在します」
男は類人猿の話す言葉の内容よりも類人猿が男が察せない存在だと理解した瞬間のほうに気を取られる。男は自分は頭の悪いほうだと自覚していたが、他者から頭が悪いとやんわりと認定される瞬間はいつだって辛い。
男が何かを言いたかったが何も言えない。類人猿はそれを察知して、単刀直入に言った。
「まどろっこしい説明を省くと、あなたは死にまして。肉体が死んだので意識がここに来たんです。で今嘔吐したり足を攣ったりしているのは肉体と意識というのは相互関係にあるからで…。つまり…あなたがあっちの世界で亡くなって、こっちの世界に来ているというのは現実という感じです、はい」
男が疑問を持つことに先手を打つかのように類人猿は男がトイレで死んだ映像を真っ白な空間に映す。
男はトイレで倒れたことを思い出すと心臓が高鳴り体中が不安感に包まれた。
「覚えてる・・・俺、意識が遠のいて、そのまま…」
「はい、亡くなりました」
男は自分の人生を思い出す。
どんなに自分の人生を思い返しても、恥ずかしい記憶、生きる価値のない自分、将来への焦燥など、ニートらしく重々しいものしかない。
男が口を開く。
「ここは地獄なのか?」
類人猿は落ち着いた男を見て、ほっと一息をつく。そしてその場に座ると男に向かって微笑んだ。
「それを今から説明します」
類人猿は男に向かって座るように促すと男はその場で座る。
男は学生時代の面接で2人きりの個室で教師に批評されまくったことを思い出したが、自分が死んでいると認識しているおかげで、すこし気持ちが楽だった。
そして、1つだけの心残り。ゲームの最高ランクに到達できなかったことが、のどの当たりに重く引っ掛かっていた。
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