便所でさようなら
最高ランクに行ったら自殺しよう。そう決めた男はひたすらにゲームの練習を続けていた。
自分の上達しなさ加減が悔しい。
男はランク戦で負け続け、数字を溶かしていた。
なぜ、こんなに勝てないのか、なぜこんなに小さなミスをくり返してしまうのか。
ひたすらに悔しかった。けれど、男は感情を表に出すことはない。
ただ淡々とランク戦を回すだけ。
ニートが感情的にならないのはある意味で慣れっこだから。
年金未払い、友達の結婚、親族の葬式。ニートの横には常に未来への恐怖が座っている。
ゲームで上手くいかないことなど、そういった不安や恐怖に比べれば、可愛いものだ。
しかしあまりにも負け過ぎなため、男は少しだけ練習しようとランク戦をやめてBOT戦へと移る。男が使っているキャラクターは過去にゲーム環境を支配していたキャラクターで、単純明快で使いやすいが繊細さを必要としているキャラクターだった。
壮絶な人生と、非業の死を迎えたキャラクターは、操作している男の人生とは正反対。恋人を殺され、家を奪われ、あげくに崖から投げ込まれる。それでもそのキャラクターは人を助けようと戦いに挑むような背景。男の無味無臭の人生とは大違い。男は人生を普通に生きてこれた人間は嫌いだったので、背景を知っていればそのキャラクターを使用キャラクターにしなかった。不幸に見舞われようと関係がない。何もないことのほうが人生辛い。つまり、男がキャラクターを選んだのは単純に簡単で強そうだったからである。
繊細な攻撃を当てれば、相手に勝てる。男が今日のミスが多かったことを考慮し、繊細さを要求される攻撃をひたすらに練習する。指が痛くなるほど練習する。
男は時々思う。勉強とか恋愛とか友達とか、これだけ真面目に打ちこんでいれば、人生変わってたのかな?と。でも、ゲームをこれだけ練習しても全く上達しないから、真面目に打ちこんでももっと辛いことになっていたかもしれない。男は負の感情を全く表に出さない能面のような性格をしているが、努力をして努力が実らない現実に向き合っていたら、怒りや嫉妬を内に抑え込んでいられないような人間になっていたかもしれない。
男が想像する自分はどんな生き方をしようと、今の自分が不安に思うようなクソ人間の世界線でしかなった。
男は真っ暗な部屋の窓が白みがかっていることに気づく。もうそろそろ朝。
ニートをしていると眠気という感覚から縁遠くなっていくのだが、男はそろそろ寝ようと考える。
男はお腹の調子が最近悪く、寝る前にトイレに行かないと腹痛で目覚めてしまうのだった。
男は朝の鳥の鳴き声を聞きながらトイレに向かう。
便座を下げてズボンとパンツを下げる。
そして力むとあまりの腹痛に唸り声を上げてしまう。
お腹の中、胃腸を含めた全てが、尻から出て行ってしまうような感覚。それだけではなく、意識までもが頭の上から抜けてしまいそう。
男の視界は真っ白になる。痛みも痛みの向こう側へと行ってしまう。
男は全身の力が抜けるのを感じた。
そう、男は客観的に見れば、そのまま倒れてしまった。
そして事実を述べるなら、そのまま死んでしまったのである。
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