治療院
シャロン国は魔法の国として有名である。
戦闘魔術も勿論であるが何より強く開発しているのは治療魔術であった。
治療院を都市部、郊外にも建て、傷病・呪いに苦しむ人々を治療していた。
「ニコラスさんのおかげで助かりました」
治療院の魔術師にお礼をいわれてニコラスは大したことないと恐縮した。
「あの森は狂暴なモンスターが出るのでニコラスさんがやっつけてくれて、こちらは呪いの解読に専念できました」
魔術師は呪いを解くために関与している可能性のある場所へ赴くことがある。
人を呪う場所は人が通らない場所を好んで使用されることがあり、自然災害・モンスターに遭遇しやすい場所が多い。
ニコラスは元戦闘部の魔術師であり、正式な騎士程ではないが武芸にも覚えがあった。
戦場へ派遣されることもあり、盗賊討伐に赴くこともある。
険しい道には多少慣れており、すぐに危険を察知することもできた。
本当は治療魔術を学ぶために通っているのだが、経歴のおかげで魔術師たちに護衛を頼まれることがあった。
一応、魔術師たちが呪いをどのように見つけ解読していくかを間近でみれて勉強になるといえばなるのであるが。
どうにも未だ治療魔術になじめなかった。
基礎的なものは一応できるのだが、難易度があがった呪いになるとうまくいかない。
結局自分より先輩、ベテランの手伝いに回ることが多かった。
それでもノートにひたすら書き綴って少しでも母国に持ち帰るれる準備は続けてある。
治療院に戻ったところでせめてけが人の治療はしておこうと診療室の方を覗いていた。
「はーい、どうぞ」
ノックをしてはいると既に魔術師が診察をしているようである。
手伝うことがないか確認するため中に入り、ニコラスは口をぽかんと開けた。
そこにいたのは1カ月前目を覚ました母国の王妃ではないか。肩には手のひらサイズのねずみが乗っている。
「ヴィオラおう」
「っし」
王妃と言おうとするとヴィオラは慌ててそれ以上の単語を出さないで欲しいと願った。
「い、一体何をしているのですか?」
「治療です」
まだメリッサの元でリハビリをしていたと思ったのだが。
「ようやく歩けるようになりまして、治療魔術の勘がまだ残っているか確認するためにお手伝いしています」
ヴィオラはおずおずと説明した。
そんなにかしこまれると自分が悪いような気分になって困ってしまう。
「あの、次よいですか?」
待っていた女性が診察室を覗き込んだ。
「どうぞ」
ヴィオラはにこりと笑い、女性を中へと招いた。
農作業中に鎌を誤って落とし足の指をけがしてしまったという。
ぱっくりと開いているが、ヴィオラは動じずその傷を確認して呪文を唱えた。
「少し縫いますね」
そういい彼女は糸と針を用意して手際よく傷を縫い終えた。
「魔法だからぱっと治すのかと思っていたのに」
女性は少し首を傾げた。
「ですが痛みはなくなったでしょう」
「確かに」
ヴィオラがかけた魔術は女性の痛みを和らげるもの、そして傷口を悪くする土や埃を除去して傷口修正能力を高めるものであった。
治療院では軽い傷であれば自己治癒能力に任せる方針としている。
最近の論文では魔術で何度も傷を治癒してしまうと人間の自己治癒能力が低下してしまう。
いざというためのストレスに耐えられなくなってしまうとデータが出ていた。
10年以上の研究の末立証されたことである。
「傷は1日すれば治りますので同じ時間帯にまたきてください。その時に糸をとります」
夜に痛む時の為に痛み止めの薬もだして使い方を説明する。
女性は思っていた治療と異なっていると不満そうであったが、ヴィオラの説明に途中から納得した。
それから5人程の治療を終えたヴィオラはふうとため息をついた。
「イオ、お疲れ様。はじめの日だしこれであがっていいよ」
隣の診察室にいた魔術師がヴィオラにそう声をかけた。イオ?とニコラスは首を傾げた。
「ああ、ニコラスさんもお疲れ様。森のモンスター退治で大活躍だったようだね。今日はもう休んでいいよ」
そういわれニコラスは会釈して部屋の外へと出た。
先に外へでたヴィオラの後を慌てて追った。
「送ります」
「ありがとうございます。ですが、大丈夫です」
とはいえ、メリッサの館まで距離がある。
リハビリをしていた10年以上眠っていた女性であり、ニコラスは頑として譲らなかった。
二人で並んで街中を歩いていく。歩いている間お互い何も話そうとはしなかった。
ニコラスは並んで歩いているとはいえ、少し後ろの方に控える形で歩いている。
母国の王妃、王の命の恩人でもある女性であるため遠慮しているのだ。
ヴィオラとしてはあまり接点のないニコラスと何を話せばいいのかわからなかった。
歩いているつもりであったが足が急にかくんと崩れ落ちそうになった。
地べたに尻もちつきそうだったが、ニコラスが支えてくれた。
「……ありがとうございます」
「お疲れでしょう。そこで車を拾いましょうか?」
ニコラスの提案にヴィオラは首を横に振った。
「あなたは目覚めてから1カ月しか経っていません」
10年も眠っていた女性の筋力としてはかなり回復した方であるが、まだ不十分である。
なのに治療院で数人診察して治療にあたっている。疲れは足に現れている。
ニコラスは近くの馬車を呼び止め、ヴィオラを乗せた。
簡易な車である。
座る場所と傘しかないものであった。
ニコラスは歩いていくつもりであったが、ヴィオラは同乗ように言った。
ニコラスがとめてくれた車であり自分一人で乗るのは心苦しかった。
「ですがあなたは王……」
「もう違います。これはあなたがとめた車です。あなたが歩くというのなら私も歩きます」
頑として譲らずニコラスはため息をついてヴィオラの隣に座った。
「治療院には何年通っておられるのでしょうか」
ヴィオラは目を泳がせながら質問した。足も動かさずただ揺らされて移動するのみの空間で沈黙は耐えられなかった。
「あなたが眠る間……10年になります」
「10年は長いですね。もう立派な治療院の魔術師ですね」
「いえ……まだまだ役不足です」
元々自分は戦闘魔術専門であった。
他の魔術師たちに比べれば技術はなかなか上がらない。
それでも得られるものはあるのではと思い何度も通い詰めている。
幸い治療院の魔術師たちは心優しく、気にかけてもらいいろいろと教えてくれていた。
「元は戦闘魔術専攻だったのに何故治療魔術を?」
「……」
ニコラスはじっとヴィオラを見つめた。
ヴィオラはよくない質問をしてしまったのかと困ってしまった。
「少しでもあなたの役に立ちたかった」
そしてと続けて答える。
「少しでもあなたに近づいてみたいと思いました」
その言葉にヴィオラは顔を真っ赤にした。
「私の為……であればお礼を改めて言わなければいけませんね」
彼の役割はヴィオラを母国シャロンに連れてくることであった。
すでに彼の役目は終え、とうにカタリナ王国に帰還しているはずだった。
魔術の留学の為にとどまったというが、この10年は大きい。
ニコラスも軍属の魔術師である。
であれば勤務年数で昇進が左右されやすい。
この10年の間彼は同期と大きく差を広げてしまったことだろう。
いくらシャロン国が魔術の先進国であったとしても10年の不在は彼にとって後々大きく響いてしまうだろう。
「あなたは王を助けてくれました」
少しでも王の恩人の為に返したいと思った。
ほとんどの治療はメリッサが行っていた。
役に立たないままヴィオラは目を覚ました。
めでたいことであるが、悔しいと感じてしまう。
「……」
それ以上いうことが何も思いつかず、二人はメリッサの館へとたどり着いた。
「おかえり」
メリッサは二人を出迎えた。
特にヴィオラには熱い抱擁をし頭を撫でる。ヴィオラの傍らのねずみはすとんとヴィオラから降りて、自分の巣へと帰っていった。
その後は食事をしてヴィオラの今日の成果を聞きメリッサは満足した。
「まだ本調子ではないけど十分だ。この調子なら魔術の勘もすぐ戻る」
久々の活動にヴィオラは疲れすぐに眠りについた。
ニコラスはこのまま自室へ戻ろうとするとメリッサは声をかけ、酒に付き合うようにとサロン部屋へと引きずり込まれた。