ヴィオラの願い
「それはもうお城で生活すればいいでしょう」
しばらくの会話の中アリーシャは断言した。
ヴィオラのリハビリが終わったあとどう生活するかについてである。
「大丈夫よ。カールも、ヴィクターもあなたのことを受け入れてくれるわ。城の敷地も広いしあなたが使用していた宮もまだ主が空席のままよ。そこを使えばいいわ」
ヴィオラが姉の家庭について心配したと捉えたのだろう。
アリーシャは自分の夫子の名を言う。
「それはちょっと無理だと思うよ」
メリッサの言葉にアリーシャはむっとする。
「ヴィオラはもうすでに死んだとされている。それなのに城内で生活していたら周りがどう思うだろうか」
「私の臣下たちはそのようなこと気にしないわ」
「君は女王になったのだから視野を広げて……全く妹のことになるとどうして他がみえなくなるのかな」
メリッサが気にしているのは他国のことである。
もし、ヴィオラが生きていて城内で生活しているとわかれば煩く言う者も現れるだろう。
「存在を隠せばいいのでしょう。城の敷地は広いのだし、ヴィオラが隠れて生活できる場所を用意するくらいできるわ。私とメリッサ先生の魔法で隠すことなんて簡単じゃない」
それもそうだとメリッサは頷いた。
「そうだね。じゃあ、こうしよう。ヴィオラはどうしたいのかな。アリーシャの庇護下で生活するか、それとも私の元で生活するか」
それ以外の選択肢はないのだろうか。
「あの、私……リハビリが終わった後、行きたい場所があるのですが」
今まで黙っていたヴィオラは自分の希望を口にする。二人ともはじめは興味津々であったがすぐに険しい表情へ変わった。
「カタリナ王国、ルジェド王が今どのように過ごされているかみてみたい」
二人には理解できない希望であった。
「何でわざわざ自分を悪く言ってる国に行きたがるのか」
アリーシャは理解できないと呟いた。
今のところ表向きでは交流のある国である。
アリーシャとしてはルジェドに対して怒りしかなく、カタリナ王国からの招待には応じることすることはなくなった。
それでも女王として、王族として怒りと恨みで国の民の命運を左右することはできなかったので、信頼している外交官たちに任せている。
名をみるのも嫌なのだが、女王としての責務と言い聞かせカタリナ王国関係の必要最低限の書類には目を通している。
「私も手放しで賛成はできないなぁ」
どうして行きたいのか理由を聞いておこうかとメリッサは確認した。
「え、と……最後に出会った時、ルジェド王は大層やつれておりました。本当に回復されているのか確認したくて」
ヴィオラは10年前のことを思い出した。とても痛々しい姿のルジェド王の姿が今も脳裏から離れない。
「憎たらしい程壮健だよ」
アリーシャはいら立ちながらもヴィオラの知りたいことを答えた。
「だから彼の国など行く必要ない。わざわざ自分をないがしろにした男の元へ行くなど嫌だろうに」
「いえ、嫌では……」
ないですと続く言葉に二人は信じられないと驚愕した。
そこまでの反応をしなくてもとヴィオラは内心思うが、とにかく誤解をまず解かなければならない。
「私が冷遇されていたと思われていますが、違います。そもそも私が悪いのです。私は元々性格が引っ込み思案で、ルジェド王は気にかけてくださり私が公的な場に出なくてすむようにしてくださったのです」
ヴィオラは元々人前に出るのが苦手であった。
実家の集まりにも、臣下たちの毎年の挨拶にも出るのは嫌でいつも1日で熱を出して引き籠ることが多かった。
他に姉妹たちがたくさんいたので自分の不在でも特に気にされることがなく安心していた。
父からは人前にそこまで出るのが難しいのであれば将来的に修道院に入るかと提案されヴィオラは即座に頷いた程だ。
アリーシャは自分の館で一緒に暮らせばよいと言ってくれるが、アリーシャの家はあくまで姉夫婦のものでヴィオラにも遠慮というものがある。
父の提案を信じ、修道院へ入る準備を着々と進めていたのであるが、兄王の時代になって命令をくだされた。
カタリナ王国へ嫁ぐようにと。
すでに他の姫たちは嫁いでしまった後である。
妹も許嫁がいて結婚の日取りも決められている。
相手のいないちょうどいい姫といえばヴィオラだけであった。
自分には無理だと必死に伝えようとしたが、兄王は大事な国交の為であると着々と準備を進めてしまった。
必要なものは全て兄が準備してくれて、ヴィオラは何も言えないままカタリナ王国へと連れていかれた。
はじめての結婚式では顔面蒼白のまま人々の前に出てルジェド王(当時は王太子であったが)と結ばれた。
結婚後のいくつかの社交会に何とか参加していたが、会話に追いつくこともできず1か月で熱を出して倒れてしまった。
ルジェドも身近でみてきたのでヴィオラの性格を察し彼女が社交界で立ち回らなくてもいいようにと色々と考えを巡らせていた。
その為社交界の華とも歌われるローズマリー・アネストが呼ばれたのだ。
もとは王妃候補の一人だったとのことで、彼女がヴィオラの代理人として表で動いてくれることになった。
辛くないと言えば嘘になるが、公的な仕事ができないヴィオラに文句を言う資格はなかった。
彼女が側妃になることも受け入れていた。しかし、ルジェド王は彼女を側妃にする気はないという。
ヴィオラの仕事の一部を請け負ってもらう契約を交わしただけだと言っていた。
「ヴィオラ、あなた騙されているのよ」
聞いていたアリーシャは可哀そうにとヴィオラを哀れんだ。
「あなたの典型的な引っ込み事案なところはルジェド王からすればしめたようなもの。元々恋人だったと噂されるアネスト伯爵令嬢を社交界のパートナーにした」
「いえ、アネスト伯爵令嬢はただの幼馴染だと言っていました」
「いいえ、あやしいわ。何でよりによって社交界の良い話のタネになる相手を選ぶのかしら。あなたのことも、男であればパートナーとしてサポートすべきでしょう。我が国から嫁がせた姫を蔑ろにして……いえ、むしろ奴らは小国として我が国を侮っているのでしょう。戦術において天候読みに特化した魔術師の育成に力を貸しているというのに、他にも色々」
カタリナ王国に比べてシャロン国は小さな国である。
だが、多くの優秀な魔術師を輩出しており、大陸一の魔術師養成所もある。
国の各所にて魔力がこめられた魔晶石を産出しており、カタリナ王国は自国で使用している魔晶石の大半はシャロン国に依存している。
だが、一般の目からみると地味なのでシャロン国がどれだけ重要か理解していない者がカタリナ王国には多い。
その為、一部シャロン国を属国扱いしている者もいるのだ。
もう支援を絶ってもいいのかもしれないなぁとアリーシャは考え始める。
「だ、ダメですよ。お姉さま」
そんなことをしてはカタリナ王国とシャロン国の関係は悪化し、戦争が起きるかもしれない。
「もちろん、カタリナ王国との戦争は私たちにとって得策ではないというのはわかっているわ。あなたのことはとっても大事。でも、臣民を巻き込んではならない」
そこの分はわきまえているつもりである。
「だけど許せないわ。ルジェド王が禿になる呪いでもかけてしまおうかしら」
こうした私情が出やすいのでカタリナ王国に関しては周りの介助を得ながら執政している。
理性的な部下たちに宥められながら。
とにかくヴィオラのカタリナ王国に行きたいという希望は認められなかった。
ヴィオラもこれ以上言っても二人の考えは変わることがないだろうと引き下がった。