これから
「本当にあれから10年経ったのですか?」
メリッサの腕の中でヴィオラは質問した。
それにメリッサは微笑み、彼女をベッドの方へと運んだ。
「そうさ。もう10年経っている。この国もアリーシャが統治してから13年だ」
「どうして私の姿はあの時のままなのですか?」
栄養を十分とっていなかった、多少痩せこけているのはわかる。
だがどうみても鏡に映ったその姿は十七の姿のままであった。
「呪いを解いている間に呪いの進行があらぬ方向に進まないように君の身体の概念を何度もいじったのさ。その影響で成長スピードがぐっと押さえつけられてしまってまだ十代の姿のままなんだよ」
10年の間成長できたのはほんの数か月分程度だと計算する。
つまり、ヴィオラの肉体はまだ17、もしくは1年経過した18のままだ。
「今後は普通に成長していくはずだ。たぶん」
メリッサは目を泳がせた。
呪いを解くまでの間何度も身体をいじったから自信がないようだ。
国の賢女の言葉とは思えない。
「ショックかい?」
「いえ、死にそうになったのでその程度は」
それに目が覚めて二十代後半の姿になっているのもピンとこなかった。
どちらがいいのかはわからない。
自然な流れを考えれば身体が成長していた方が良かったかもしれないとも思うが、知らないうちに身体が十年分年をとっていたというのも受け入れられるか自信がない。
「もう一度確認するけど、世間的には私は死んだということになっていると考えてよいでしょうか」
この言葉にメリッサはこくりと頷いた。
「ではもうルジェド王の元へ戻る必要はないのですね」
「全くないよ」
ヴィオラとメリッサの言葉にニコラスは「ええっ!」と声をあげた。
「なんだい? ヴィオラを冷遇して、魔女と仕立て上げた国に戻る必要がなんであるのさ。我が女王も同じ意見だと思うよ」
「それは……そうですが」
ニコラスとしてはヴィオラをカタリナ王国に連れ戻したいと思っているようだ。
カタリナ王国内の魔術師ですら解決できなかったルジェド王の呪いを見抜いたヴィオラの名誉回復をはかりたいという。
「えー、必要ないよ。そんな面倒くさい。カタリナ王国では『魔女ヴィオラ』の戯曲が作られているようじゃないか?」
「そうなのですか」
自分が眠っている間にすっかり悪女、魔女として定着してしまったようだ。
どちらにせよこの成長していない姿ではルジェド王の元に戻るのは戸惑ってしまう。
いくら呪いや魔法の影響でといっても10年前と同じ姿の王妃は受け入れがたい。
ますます魔女のイメージが強くなってしまう。
メリッサはヴィオラを休ませてやりたいとニコラスをさっさと追い出してしまった。
「この部屋は君の治療の為に用意した部屋だ。このまま自由に使うといい。必要なものがあれば言ってくれ。アリーシャが送ってくれるだろう」
「……メリッサ先生。姉上は健やかにしておられるでしょうか」
「元気だよ。君だって知っているだろう。よく風邪をひいていた君とは対照的に全くの健康体だった。君の心配をしている。公務で毎日は来られなくても週末にはかかさずここを訪れていたよ」
「お会いしたいです。たくさん心配をかけました」
「ああ、元気になったらアリーシャの元へ行こう」
メリッサはヴィオラの髪を撫でながら寝かしつけた。
しばらくするとどこかからねずみがすたすたとヴィオラの枕元へと近づいた。
ヴィオラの寝顔を見つめて、満足そうに頷き彼女の傍らでまるくなり眠った。
「メドラウト、これから君は彼女をしっかりと守るのだよ」
メリッサはそういいながらねずみの背中を撫でた。
シャロン国の城に現王アリーシャが住んでいた。
先王の妹、ヴィオラの姉である。
すでに侯爵家に嫁いだ身であったが先王には子がないまま崩御したため、アリーシャが王位についていたのだ。
元々王家としての気質を濃く受け継いでいたため、すぐに女王としてなじんでいた。
執務室にて多くの書類を目の前にアリーシャは嘆息をもらしていた。
自分がこの仕事についてからまだまだ問題は途絶えずに届けられてしまう。
優秀な騎士や魔術師がいてくれるし、最近は仕事の割り振りにも慣れたのでだいぶ負担は軽減できているのだが。
「早く、これを片付けて……ヴィオラの寝顔を見に行かなければ」
髪を撫でてキスもするのだと唱える。
何故、城にではなくメリッサの館にいるのだろう。
治療を施す人間がメリッサくらいしかいないからなのだけど。
「失礼いたします」
コンコンと窓の叩く音がする。
窓を開けると白い鳥が、頭をひょこひょこさせて中へ入ってきた。
会釈のつもりであろう。
「麗しき星の女王、アリーシャ様。ご機嫌潤わしく」
「御機嫌よう。メリッサからの伝言は何かな」
白い鳥は首をくるくるとして口を開く。口調をメリッサに似せて。
「やぁ、アリーシャ。ヴィオラが目を覚ましたのだよ。落ち着いたら、そのうち城に連れていくからね」
ばん。
勢いよい音と共に執務室の扉が開かれ、アリーシャが飛び出た。
傍に控えていた使用人たちは大慌てでアリーシャのあとを追う。
「メリッサの館へ向かう。すぐに馬車の準備を……なんだったら馬だけでも構わん」
「陛下、まだ執務中でしょう。書類は」
「まだ大量に残っている。だが、安心しろ。後で終わらせる」
とにかく今は理由を言う時間も惜しいといいアリーシャは馬車を走らせた。