道中の会話
用事を済ませたイオは深くため息をついた。
顔は羞恥に満ち、真っ赤である。
改めて携帯用の鏡を取り出し自分の姿を確認した。
今の自分は薄い色素のアッシュブロンドの髪は茶髪で、エメラルドの瞳は黒曜石の瞳である。
目元鼻筋を少しいじり、ヴィオラとは別人にしている。
髪と瞳の色を変えただけでだいぶ印象は異なるので十分と思ったが、メリッサにいじられてしまったのだ。
「ルジェド王がみてもすぐに君だとわからないようにしてしまおう。簡単に再会されるのは癪だから」
さすがに王が怪我や病になってもすぐ傍に控えている魔術師がいる。
兵士を主にみる治療部隊の下っ端が王にすぐに会えるわけないだろう。
今はメリッサの機転に感謝している。これでルジェド王はヴィオラと気づかないでいてくれた。
「うぅ……」
お手洗いの中でイオはしゃがみこみ恥ずかしさで憤死しそうであった。
先ほどの自分の言動を思い出した。
何故あんなことを言ってしまったのだろうか。
いや、急いでお手洗いに行かなければ辛かったが、それでもごまかし方もあったはずだ。
そもそも治療部隊のお手洗いが無事であったらこんなことにはならなかった。
イオはルジェド王に出会う少し前のことを思い出した。
お手洗いの為に治療部隊用のお手洗いへ行った時、酷いこととなったようだ。
近くで酒飲みしている兵士がここで粗相をしてしまったようである。
嘔吐物が全体的に飛び散っていて、匂いも結構きつい。
「くそ、私たちの設備を勝手に……汚したら片付けろよ」
当番中であったスタッフが文句をいいながら掃除を開始した。
イオも手伝おうとしたが、スタッフはイオが手伝うのを断って別のお手洗いを使用するようにと見送ってくれた。
おかげで遠回りしてお手洗いへいくことになった。
そして、酔っぱらった兵士に絡まれてしまい、身分を偽ったルジェド王と出会ってしまった。
お手洗いに行きたいことを口にすることもなかっただろう。
恥ずかしい。
ただその一言であった。
用事を済ませて、お手洗いをでると待機していたメドラウトがささっとイオの肩へと乗った。
「用事はすんだか?」
「ひゃぁっ」
イオは驚き、身構えた。目の前にルジェド王が立っていたのだ。
「な、何故まだこちらに」
さすがにお手洗い中に外で成人男性に待たれるのは精神的に辛い。
「いや、戻る途中また絡まれないように送ろうと思って」
なるべく距離を置いて、イオが戻ってくるのを待機していたようだ。
「大丈夫です。王の手を煩わせるわけには」
「やはり私が誰かわかっていたようだ」
イオはしまったと口を覆った。
落ち込んでいて、注意力が途切れてしまった。
「名は? どこか」
「イオ・ロンと言います。治療部隊所属です」
「出身はどこだ? 王都出身であればどこの家に連なる」
「私はシャロン国出身です」
「ああ、ではニコラスと共に参じたという」
そうである。誤魔化しても後で確認すればすぐにわかることである。
「ニコラス様は私の師の元で修業を積み、その縁です。此度突然の戦の話を聞き、私の治療魔術を活かしたい為に希望しました」
「なるほど。ニコラスが治療部隊に所属したというのは恋人のことを心配してのことか」
イオは首を傾げた。
「噂になっているぞ。治療部隊に配属されたシャロン国の若い女治療魔術師と懇意になっていると」
「違います」
イオはきっぱりと否定した。そういう噂が立っていたなんて。そういえば、数日前に質問された気がする。
確かにニコラス程の戦力がここに所属されるのはおかしいと思うだろう。
「私の師がとにかく過保護で、私に何かあれば許さないとニコラス様を脅したのです」
「その師というのは」
「メリッサ様です」
ルジェドはああと納得した。
「確かにそうだった。ニコラスがわざわざ留学したいと願う程の魔術師はメリッサ殿しかいないだろう」
笑いながらルジェドはじぃっとイオを見つめた。
「なるほど、メリッサ殿の愛する弟子で自分の妹弟子であればニコラスもそうせざるを得ないだろう」
「申し訳ありません」
何故謝るのだと質問あり、イオは答える。
「ニコラス様程の方であれば、前線に立ち王のお役に立てたでしょう。なのに私一人の為」
「いや、それは構わない。ニコラスがいなくても今は好調だ……まぁ、時々ニコラスの知見が必要で呼び寄せるかもしれないが」
それにとルジェドは話をつづけた。
「私はそなたとメリッサ殿に謝る必要がある」
「私に?」
「妻のヴィオラを死なせてしまった」
その言葉にイオはずきりと心が痛んだ。
口を開こうとして首をふるふると横に振った。
「お気になさらないでください。ヴィオラ様はやるべきことを果たしたのです。王がご健在であることを喜ばれているはずです」
ルジェドはしばらく無言であった。
自分は何か変なことを言ったのだろうか。
「すまない。メリッサ殿の弟子ということから罵倒される覚悟だったのだが」
「わ、私がそのようなことを」
できませんとイオは首を横に振った。さっきより力強く。
「あ、そろそろこのあたりで」
治療部隊のテントの傍まで近づいたのを確認してイオは深くルジェドに頭を下げた。
「ありがとうございます。カタリナの栄光があらんことを」
イオはルジェドが立ち去るのをまとうとした。
「寒いから中に早く入りなさい」
ルジェドは優しくイオに促した。その言葉を聞きイオは胸が苦しくなった。
あの時と同じ声で語り掛けてくださった。
十分以上であった。思わぬ事態であったが、ここに来た甲斐があった。
だが、王がこのように一般騎士のふりをして供を連れずに出歩くのはよくない。
後日ニコラスに伝えておこう。
「いいかい。私が出歩いていることは内緒だ。無論、ニコラスにも」
イオの内心を見抜いているようでルジェド王は釘を刺してきた。
イオはちらりとルジェドの方へ振り向いた。
にこりと微笑み続けている青年がまだ立ったままこちらを見守っている。
イオは再度礼をしてテントの中へと消えた。
2022.12.6-7に整理を行いました。




