表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/15

過去の記憶

 それはヴィオラがカタリナ王国に初めて訪れた時のことであった。


「はっ……」


 ヴィオラは慌てて目をあけて恐縮してしまった。

 下の方をみると美しい純白のドレス、はじめてのウェディングドレスであった。


 さっきまでのことを思い出す。

 やはり王太子妃として迎えられただけあって自分の結婚式は盛大で多くの人が注目していた。

 ヴィオラは胸のうちで強くなる動悸を何とか抑えつけて、必死に花婿の傍に立っていた。

 決して諭されないように注意して。


 集団の中で注目されることに極度の恐怖を抱く性質は厄介なものであった。

 メリッサが一時的にしのぐためにと用意してくれた薬を飲んでいなかったら失神していたかもしれない。

 挙式の間は長い時間が経っていたように思える。

 途中からおぼろげで覚えていない。

 まさか耐えられずに失神してしまったのではないか。

 となると多くの臣下の前で何という愚かな様をみせてしまったのか。


 ごめんなさい。お兄様、お姉さま、メリッサ先生。


 ヴィオラは母国の家族と師に申し訳なく感じた。

 もう国中に自分の愚かさは広まっているだろう。

 日が変わる頃には母国にまで広まり家族の耳に届いている。

 それとも国の賢女であるメリッサはすでに知っているかもしれない。


「大丈夫か?」


 ヴィオラはふと隣に座る青年をみた。

 自分より3つ年上の若い青年であった。


「は、はいっ……ルジェド殿下。申し訳ありません。何という粗相を」


 ヴィオラは身を縮み込ませぶるぶると震えた。

 きっと呆れているだろう。

 なんと愚かな花嫁を得てしまったのだろうと。


「面をあげよ」


 小さく震え続けるヴィオラの頬に触れた。


「冷えている。教会は寒かったか」

「いえ、私は……その、このような花嫁で呆れておりますね」

「呆れる……? 驚いたがな」


 ああ、やはりとヴィオラは唇をきゅっと結んだ。


「馬車が動いた瞬間急に動かなくなったからな。もしかして病気かと思った。熱もないし、呼吸も落ち着いている。脈は速かったが時間とともに落ち着いていた」

「馬車が動いた? それでは私は教会で皆様の前で粗相を」

「していない。見た者らは非の打ち所のない花嫁だと思ったことだろう」


 ほっとヴィオラは深くため息をついた。


「が、傍にいる私はそなたの脈拍の速さが気になっていたが」


 新婦が新婦の腕に寄り添う時感じたことなのだろう。


「もしかして緊張していたのか。あがり症か」

「あ、……はい。恥ずかしながら」


 ヴィオラはその夜、ルジェドに自身のことを打ち明けた。

 恐ろしいまでの恐怖症もちであるという。

 動悸、めまいが酷く、一線を越えると失神してしまう。


「なるほど。だからお前は今まで母国の社交界で姿を現さなかったのだな」

「はい、それと……末っ子でしたので、特に気に留められることがなく社交界に出ることを求められなくなっていました。あの、どうか……母国を責めないでください。責めるのであれば私一人に」

「別にお前を責める気などない」


 どうしてそういう話になるのか理解できずルジェドは首を傾げた。


「しかし、このような性質であれば今後苦労するな。お前をぜひ社交の場にと望む声もある」

「大丈夫です。まだメリッサ先生の薬が残っていますので」

「薬?」


 困った性質を抑える為の薬であるとヴィオラはルジェドにみせた。

 丸薬をひとつ眺めながらルジェドはふむと考え事をしていた。


「社交パーティーの前はそれを飲めばいくらか症状を抑えることができます」

「……あまり症状を抑えられている様子はなかったが」


 何しろ動悸がすごい伝わってきた。


「先ほども教会で倒れることなく結婚式を終えることができたのもそのおかげなのです」


 効果は間違いないのだとヴィオラは必死に説明した。


「私は殿下の妃となりました。殿下の顔を潰さないようにせいいっぱいがんばります」

「そうか……」


 ルジェドは何か言いたげであったが、ヴィオラの言葉を否定せず頷いた。

 結婚式の後は披露宴が繰り広げられる。

 ヴィオラのお披露目が目的なのだから参加しないわけにはいかない。


 ヴィオラは休憩の合間に薬を飲み、耐え抜いた。

 途中から淑女、紳士の話がうまくまとまわらなくなった。

 たくさんの書物を読み、メリッサとたくさん練習した甲斐あり機械的な受け答えはでき、その場は誤魔化すことができた。

 数日後、ルジェドは丸薬の服用を禁止した。


「どうしてです?」

「シャーリー国の賢女に手紙を出し、本日返事が届いた。あの薬は副作用もあるらしく、1日に何度も服用すると血流が悪くなってしまうという」


 結婚式のときは仕方なかったとはいえ、パーティーではヴィオラが何度も丸薬を服用していたのを確認していた。


「繰り返すと心臓が止まるおそれがある……知っていたはずだ。何故黙っていた」


 ヴィオラは俯き何も言わない。


「今後、丸薬を服用することは禁止する。これは私が預かっておく」

「そんな、それがなければパーティーには」


 参加することができない。したとしても途中で倒れてしまうかもしれない。


「パーティーに出席する必要はない」

「ですが、妃として」

「私は身と精神を削ってまで求めてはいない」


 ルジェドはヴィオラの頭を撫でた。


「大丈夫だ。何とか理由は作っておく。お前が集団の中へいかずにすむ方法を」


 目を細め、柔らかい笑みをみせる。

 姉とメリッサとは違う雰囲気の優しい笑顔であった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ