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思わぬ再会

 夜中の休憩テントで眠っていたイオはむくりと起き上がった。

 お手洗いへ行きたくなったのだ。

 同じテント内で眠る同僚たちを起こさないようにそっと簡易ベッドから出て音を立てずにテントから出る。

 イオについてきたねずみは目を覚ましてささっとイオの肩へと登った。

 ついてくるという。

 このメドラウトというねずみひあメリッサの使い魔らしく、イオが戦場へ来る条件の目付け役であった。


 夜の少し肌寒い空気に反応してしまうが、足早に動かした。

 治療部隊には治療の為の救命テント、療養用のテント、仮眠の為のテントを預けられている。

 大きい戦争の為人員は多めに確保してくれており、当番外はしっかり睡眠をとることが可能になった。


 明日も早くに前線の戦闘は繰り広げられる。

 また傷ついた兵士や騎士の手当を行うことになるだろう。

 早く用事を済ませてテントに戻って休まなければ。


 王はじめ上位の高位の貴族、騎士たちは自分の専属医師を抱えているので自分たちが行うのは末端の者たちである。

 身分が上すぎる者たちまで回ってきたら優先順位が崩れてしまうことだろう。

 そのあたりは助かったと思った。


「おい」


 突然前を横切った3人の男たちにイオは慌てて足を止めた。

 急患であろうか。

 しかし、彼らは怪我をしている様子はない。


 手に酒をもって赤ら顔である。彼らはにやにやとイオを見つめ笑っていた。

 その笑みが嫌な感じだった。イオはすぐにこの場を離れたかった。


「治療部隊の者だな」

「はい。急患でしたら、あちらの方のテントへ」


 イオは事務的に手で行き先を示してやるが、彼らはやはりそれが目的ではないようである。


「いや、何。お前に用事があってな」

「私に?」

「いつも頑張っているから労いに来た。一緒に酒を楽しもうぜ」


 彼らの表情をみてイオは嫌な気がした。


「申し訳ありません。明日は朝早くから活動が始まるので辞退させていただきます」


 丁重に断るが、道をあけてくれない。

 男は近づいてきてイオの腕をぐいっと掴んできた。

 ひき寄せられた瞬間彼の口から匂い酒の匂いに思わず眉を顰めてしまう。

 肩にのっていたメドラウトは毛を逆立って、男たちを威嚇したが意味をなさない。


「なかなか上玉だな。少し地味めだが、体も悪くない」


 値踏みしてきてイオは彼らの目的を察知した。

 姿を消す魔術を口にしようとしたがその前に別の男が乱入してきた。


「嫌がっている淑女を無理強いするのはよくない」


 声を聞きイオは口を噤んだ。

 現れた男は若い二十後半の青年であった。

 夜中でもわかるきらきらと美しい金髪に、空のように涼やかな色合いの瞳。

 身に着けている衣装から騎士であろうと予測された。


「それに彼女は治療部隊の一員だ。まるで娼婦のように扱うことは許さない。治療部隊の者たちは王が負傷した兵士の為に呼び寄せた方々だ」


 厳しい口調で言われ、男たちはイオの腕を放した。

 自分たちよりも高い立場の男の言い分に逆らってはよくないというのはわかっているようである。

 飲みなおすぞと言い合いそそくさと退場していった。


「大丈夫ですか? レディ」


 イオは声を出すのを躊躇った。

 目の前の男はイオの知る男である。

 こんな早くに目当ての人物に出会うことができるなど思いもしなかった。


「どうしたのです。ああ、よほど怖い思いをされたのですね。優勢で浮足立っている兵士がいる。きちんと統制するように声をかけておきましょう」

「……」

「さぁ、私がテントへ送りましょう」

「いえ、結構です」


 イオはようやく口を開いて首を横に振った。


「私よりあなた様の方が……誰も供がいないのでしょうか」


 疑問になったことを口にして青年は首を傾げた。


「だって、あなたは……いえ、失礼しました」


 心が動揺して口にするのもはばかれることを言ってしまいそうになる。

 きっと彼がここでこのように出歩かれているのには意味があるのだろう。

 あえて知らぬ存ぜぬを通すべきであった。

 自分の浅はかさにイオは後悔した。


「ふむ、どうやらレディは私が誰かわかっているようだ」


 イオは首をぶんぶんと横に振った。


「いいえ、存じ上げません」

「では何故あのようなことを?」

「た、立ち入るまいからきっと高貴なお方だと思ったのです」


 必死に考え言葉にしていく。通じているだろうか。


「ふふ、レディは顔によく出る方だ。嘘が下手ですね」


 やはり通じなかったか。


「さぁ、どこで私と出会いましたか? もしかしていずこかの令嬢でしょうか。何故、治療部隊に所属をされているのでしょうか。?……ですが、治療部隊には貴族出身の方はいなかったような」


 貴族出身の前に「私と出会う程の」がついてきているなとわかってしまう。

 ルジェド・ルイス・カタリナ。

 カタリナ王国の現王であり、イオの夫であった男である。

 イオは俯いて必死に顔をみられないようにしていた。

 少しだけ特徴を変えているので彼には正体はばれないと思うのだが。


「ニコラスだったらともかく」

「あ、あの……失礼します」


 イオはふるふると震え、頭を下げ青年の横を過ぎようとしたが青年が呼び止める。


「待ちなさい。ここの通路は先ほどのような酔っ払いが出ないとも限らない。用事があるというのなら一緒にいこう」

「い、いえ……結構です。あなたのお手を煩わせるわけには」

「そういうわけにはいかない。さぁ、どこへ行く予定だったのだい」

「あ……」


 イオは足ががくがく震えるのを感じた。

 表情は羞恥に満ち、涙目で青年を訴えかけた。

 この時、イオの顔はあげて、青年はようやく彼女の顔をみることができた。

 青年の瞳が一瞬揺れ動いたがイオは気にしなかった。


「お手洗いです。その、限界で……お願いします」


 ここを通してくださいとイオは必死に声を振り絞った。

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