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準備

 ヴィオラは翌朝から治療院に泊りがけで働くと言い出した。


「んー、別にいいのではないかい。1週間に1回はここに戻っておいでよ」


 反対すると思っていたメリッサはあっさりと許可を出した。

 治療院にはスタッフの為の宿泊スペースもある。

 独り身のスタッフはそこで暮らしているし、家族もちは仕事の都合で泊ることもあった。


 ヴィオラはその一室を借りて、そこでしばらく過ごすことにした。

 部屋は掃除されていて不潔感はないが、狭く、あるのは簡単なクローゼットとベッドのみである。

 風呂はなく、共用シャワーのみであり、食事は近くに食堂があるのでそこでとる。

 事前注文すればお弁当を部屋や職場まで届けてくれる。

 色々不便が多い。

 とてもじゃないが、王女であり王妃であった女性が過ごす部屋ではない。

 ニコラスは何とか思いとどまるようにと説得したがヴィオラは聞かなかった。


「戦場ではもっとたいへんな環境なのでしょう」


 確かにそうなのだが、ニコラスは頭を抱えた。


 まぁ、すぐに耐えられなくなるだろう。


 そう思ったが、思った以上にヴィオラは耐えた。

 むしろ治療院の敷地内に棲む為、朝早く仕事を開始しており、夜遅くまで勉強片手に続けている。

 緊急の大処置が入り、ヘルプを出されれば進んで前に出る。


「イオ、頑張ってるね。どうしたのかな」


 スタッフたちは少し心配になりながらもヴィオラを見守っていた。

 通常のスタッフであれば3日で体力的にダウンしてしまうのだが、ヴィオラは耐えきっている。


 7日目に周りから休日をとるようにと言われ、ヴィオラは首を横に振った。

 まだニコラスにいった6日目までしか達成していない。

 あと1日頑張りたいのだというがそれでも周りはヴィオラを休ませるように説得した。


「イオ、君は若いんだ。何か新しい目標が持てたのだろうけど、急がなくていい。ここで倒れてしまっては何にもならない。心が折れてしまわないように、休憩は必要だよ」

「ですが……」

「ほら、周りの意見を聞くのも大事ですよ。迷惑なる前に帰りましょう」


 後ろからニコラスが声をかけてヴィオラはむぅと唇を噛んだ。悔しそうな表情である。

 ニコラスはヴィオラを引きずり形で馬車に放り込みメリッサの家へ向かった。


「7日……あと1日」

「わかりました。治療部隊に入るのは認めます」


 ニコラスははぁとため息をついた。一応、6日間の働き具合で何とかぎりぎり耐えられるだろうという判断になった。


「本当に?」

「ですが、メリッサ様や女王様が許すかどうか」

「許す訳ありません。ですから、隠れて行くのです」


 多分無理だと思うよとニコラスは口にしたかった。

 特にメリッサには誤魔化しは効かないだろう。

 止められるかもしれないからメリッサにはとりあえず言った方がいい。

 そうしなければ後でどんな目に遭わされるかとニコラスは身の危険を感じた。


 ◇◇◇



 メリッサの家に戻り、ヴィオラはメリッサにこれからの行動について話した。


「カタリナ・オーギス国境に行くのはわかった。条件を出すからね」


 思いもしない言葉にヴィオラはぽかんと口を開けた。


「どうせ反対してもこっそり抜け出して出かけようとするだろう。そのたびに私が邪魔をしてもヴィオラに恨まれるだけだし、ここは条件提示して行ってもらった方がいい」


 その条件というのは予想通り当たり前のことである。

 ヴィオラは治療部隊に入り込むのだが、危険があれば迷わず逃げるように。

 治療部隊は軍の中で最も狙われやすい。まずは自分の命を最優先するようにとメリッサは繰り返し言った。


「遁走魔術の道具をいくつか渡しておく。後、防御魔法……これは復習をできる限りするよ。明日からみっちり5日間。それが終わったら、出発する」

「メリッサ先生、姉には」

「もちろん言わないさ。あれは私以上に頑固だからね。君が何といおうと許さないだろう」

 

 適当に誤魔化してくれるということにヴィオラは感謝した。


「さて、条件は……ニコラス、君も治療部隊に所属すること」

「……わかりました」


 何か言おうと思ってもニコラスは既に承知していることと頷いた。

 メリッサに言われる前、ニコラスは自分が治療部隊に入ることを選択していた。

 10年治療魔術を勉強していたので理由になるだろう。


「え、でも……」


 ヴィオラはそれを望んだわけじゃないのでニコラスにはニコラスが当初入る予定であった部隊でいるべきだと言った。


「ヴィオラ王妃、メリッサ様は元からこうなるのを理解していました。そしてあっさり承諾したのはこの私にヴィオラ王妃を託す為です。シャロン国賢女の期待とあれば応えさせ頂きます」

「別に期待していないよ」


 メリッサはにこにこしていった。


「ヴィオラの身に何かあればその四肢を引きちぎって使い魔の餌にするつもりなんだ。死んでもヴィオラを守っておくれよ」

「……はい」


 ニコラスは深くため息をついて理不尽な要求を呑んだ。

 ヴィオラは眉を潜めて首を横に振った。


「そんな風にニコラスを縛り付けるのはよくありません。私の我儘で軍に入ろうとしているのです。ニコラスが……」

「我儘と自覚しているのであれば、ニコラスの護衛を甘んじて受けることだ」


 じゃないと認めることはないとメリッサは強く言う。

 自分の行動の重さを改めてヴィオラは恥じ入った。だが、それでも自分は諦めることができない。

 もしかするともうルジェド王の姿を見ることは敵わないのかもしれない。

 10年前からあの方は本当に大丈夫だったのか。確認したい。


「ニコラス、お願いします」


 ヴィオラはニコラスを縛り付けることを選んだ。


「いいですよ。王妃様がどうしようもなく頑固だっていうのは理解しましたので、これくらいのことは覚悟していましたよ」


 ニコラスはにこりと笑ってヴィオラに言った。


「申し訳ないと思うのであれば、私の指示にはなるべく従ってくださいね」


 ヴィオラはこくりと頷いた。

 ニコラスは治療魔術をだいぶ使えるようになっているが、それでも彼の本来いるべき場所は違う。

 自分の我儘でニコラスの行動に制限をかけてしまったのだ。

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