第25話:菘(すずな)
第25話です。
これにて、第4章は完結となります。
僕の今回の目的はシンプルだ。
芹くんへの宣戦布告。嫌がらせ。
そしてしばらく芹くんを1人にさせる。
まぁ正直、遊びに過ぎない。
「今回君たちをここに連れてきたのは、どっちかと言うと芹くんにこの力を見せつけるためだから、君たちはあまり関係ない」
「………」
「まぁ、でも、もしもね、芹くんが君たち以外を連れてきたら、この部屋で心を書き換えてしまおうと思っていた」
「?」
田平子くんは少し困惑しているようだった。それもそうだろう。僕は理解してもらおうと思って話していない。
「僕たちのこの力は、まだ不完全だ。あまりにも強すぎる心を持っている者……そしてあまりにもイカれた心を持っている者の心は、まだ書き換えることができない」
僕の前にいる『友人』は前者、田平子は後者に近い。
「芹くんは準備をきちんとしている。僕が関係してそうだから、念のため心を書き換えられにくい人間を連れてきた。そうだね……それこそ、まぁ御形は別の意味で無理かもしれないけど、蘿蔔くらいだったら、今でも操れると思うよ」
僕はそう言って、さりげなく田平子の心を書き換えようとしてみる。
しかし、案の定システムは不可能と言った。
「どう?何か変わったかい?」
「何か?私は何も変わらない」
「ほらね」
「貴方が芹様より弱い以上、私が貴方側につくことはない」
ここまではっきり言われてしまうと、少し残念な気分にはなる。芹くんと違ってね。
「ま、しばらく待とうか。病院の襲撃状況でも見ながらね」
***
星の上で、私はただ1人立ち尽くしていた。
「………」
ここには他に、誰一人として存在しない。
そしてここから出ることは、まだできない。
「さて、どうしたものですかね」
2人は特に問題ないでしょうし、御形くんも問題ないでしょう。
念のため、精鋭たちを揃えておいて正解でしたね。
──しかし、30分ほどその場に留まっていると、変化が訪れた。
「……おや?」
誰もいないはずの星の上に、1つの生命が突如として現れた。
「この子は……」
非常に親近感のある気配。私はその正体にすぐに気付いた。
「────見つけた」
その子は私を見つけると、獣のように私を睨みつけた。
その感情は、怒りか。
「……お久しぶりですね。菘」
女性は黒かった髪を赤く染め、小さかった身長は155cmほどまで伸びている。しかし、彼女で間違いない。
「お久しぶり?随分と無責任じゃない」
ああ、随分と成長したものだ。
声も落ち着いて、成長している。
「会えて嬉しいですよ。まさかこのような場所で会うことになるとは」
私は少し、感慨深いというのは、こういうものなのか、と思った。
「……なんでこんなに、私を苛立たせるの?本当に……腑が煮え繰り返りそうよ」
しかし私は彼女を不快にさせてしまったらしい。残念でならない。
「会えて嬉しい、なんて、思ってもないくせに。私は、全部聞いている。あのお方から、全部」
不意に、彼女は私の方を指さした。
私はそれが何を意味するのかすぐに理解したが、あえて動かなかった。
「成長しましたね。体も健康になったようだ」
「……はぁ、本当に、聞いていた通り化物ね」
彼女は私に死の魔法を放った。その魔法は私の心臓付近を通過して、そのまま虚空へと消えた。私は彼女が私を試そうとしていることくらいは理解できていた。
「私がなんで貴方を殺そうとするくらい憎んでいるか、それくらいなら分かるでしょう?人になれないヒト風情でも」
「そうですね。なんとなくは私でも分かります。私も気残りでしたから」
私はこの身のどこかで、彼女と会話できていることを喜んでいるのかもしれない。そうでありたいと思いたい。
「……挑発に乗らないどころか、気にしてすらいないところ、心のない貴方らしい……本当に、昔から何も変わらない」
彼女は私を軽蔑するような目で見ているが、その言葉、音一つ一つが私は新鮮に感じた。
「はは、そうかもしれません。しかし、今私は貴女に何と言われようと、大事な妹が会いに来てくれて高揚しているのは確かなのですよ」
「………は?」
私の言葉が終わるころに、彼女の殺意は限界まで増したように見えた。
彼女はその体を一瞬にして動かし、私の首めがけて目に見えない斬撃を放つ。
「おっと」
その斬撃は私の首に直撃し、私の首に僅かなあざをつけた。
「ちっ……本当に頑丈ね。なんで今の攻撃を喰らって、かすり傷で済んでいるのか、理解できないわ」
「いえ、立派ですよ。普通の攻撃では私の首に傷をつけることはできません。そう設定しましたから」
今の攻撃で分かったが、どうやら彼女は理さんから何か良くない力を借りたようだ。
「もしかすると、理さんの今回の嫌がらせは、これなのかもしれませんね」
彼は本当に理解が難しい性格をしている。きっと大きなものを最終的に手に入れようとしているのだろうが、そこまでの道筋が歪で、大勢の者を不幸にする。
「しかし、貴女は分かっているでしょうが、貴女では私を殺すことはできません。しかし、貴女はここに来た。何かをしようと思った」
「…………そうだ。私は貴方に聞きに来た」
「何をですか?」
「貴方が、お父さんとお母さんの蘇生を妨害しているのは、本当か?」
「なるほど……そういうことですか」
おそらく彼女の脳裏には、仲良く微笑む家族の姿があったのだろう。
きっと彼女が理さんに操られてから、ずっと。
「ええ。その通りです。貴女の……私の、でもありますが、お父さんとお母さんを蘇生するという権限は、この世から排除しています」
「…………っ!!!!」
彼女が、さらに激昂しようとしていると分かった。
「落ち着いてください。それには理由があります」
「理由……?最高神であって、人助けなんて言ってる神が………。私の幸せは守ろうともしない!」
「そんなことはありません。私はむしろ──」
私が言い終わるよりも先に、私の心臓に何かが刺さった。
「……菘」
それは呪いのようなもの。私の心臓を中心として、だんだんと私を硬直されていく。
「………ああ……腹立たしい。本当に……あああああ…………この場で、お前を……殺すことができない私が……!」
彼女は懐から取り出した刃物で自らの手を切った。それは心が弱っている者がやるような動作で、私はそれを見て何も言えなかった。
「……はぁ……はぁ………良い……これで……良い。……私の役目はこれで………」
息を切らした彼女は私の元から去っていく。
「……私はお前をしばらくここにいさせるためだけにある。だから次だ。私は、お前を超えて、お前を殺して……家族で暮らすんだ」
弱くなった声を空に消して、彼女は星から消えた。
***
菘がいなくなった頃、私は自らに与えられた拘束を解いた。
私は最高神であり、ほぼ全ての権限を持つ。だから、この程度で縛られることはない。
しかし私はこの場から離れようと思わなかった。理さんが残した第5神世界に留まるようにする効果自体は発動しているし、彼女に少しでも花を持たせたかった。
「菘……貴女には、本当に悲しい思いをさせてしまった」
私はただ、貴女が幸せに暮らすことができる環境を作ろうと思っただけだった。
だが、プロセスが悪かった。
見通しが甘かった。
貴女の幸せを取り戻すより前に、貴女は2度も不幸にあってしまった。
やっと会えたというのに、かえって貴女を悲しませてしまったようだ。
「──やぁ、芹くん。どうだった?」
「理さん………貴方、やって良いことと、悪いことがありますよ」
「怒っている体かい?珍しいね」
元凶である理さんが心の部屋から戻ってきた。
その後ろには、解放された『友人』と田平子くんがいる。
「自分の妹をあんなに狂わされて、良い気分になると思いますか?」
「君に気分なんてないだろって話は、まぁ置いておいて。まあそうかもね」
「心を書き換えたのですか?」
「いいや?あの子の心はまだ書き換えてないよ。あの子は長い間、じっくりと洗脳したからね。せっかくなら、あの子の心のまま楽しまないと!」
「………」
私はきっと、このような場面では彼を軽蔑すべきなのだろう。そのように瞬時にできない自分が残念でならない。
「ま、取り返してみなよ。本気でね」
「……そうさせていただきます」
「ああ、でさ、病院襲撃の結果だけど、凄いねー。僕が認識してたよりもずっと強かったよ、御形。まさか全員倒した上で眠らせるとはねぇ。いつトレーニングしてるんだか」
病院は御形くんが守っている。その時点で誰も死ぬことなどない。
理さんは彼のことを理解できていない。それこそ、私よりも。
「ねぇ、芹くんはこの後どうするの?」
「?」
「僕の仕組んだ罠は、あと1ヶ月くらいは効果がある。君たち3人はこの星付近にあと1ヶ月はいないといけない。あれだけ頑張って1ヶ月かよ、とは思うけどね」
「そうですね……まぁ、機能は私がいなくとも果たしますから、少しのんびりとしましょうか」
「それが良いよ。僕からの特別休暇だ」
「有り難くいただいておきましょう」
「まぁ、僕たちはその間に計画を一気に進めることになるけどね」
「ご勝手に」
この人に合わせるのは時間の無駄だ。
本当に何をしてくるのか分からないし、合理的でもない。
悪意の神を理解しようとすることが間違っている。
「面倒なことになりましたね、芹」
「そうですね」
「あ、『友人』も、元気でね」
「余計なお世話です」
「冷たいなぁ」
「貴方には負けます」
「じゃあ、そろそろ僕は行くね、バイバイ」
理さんは今まで散々悪意を振り撒いておいて、本当に軽く挨拶をするとそのまま転移してしまった。
そしてその直後、少し汗を垂らしたように見える田平子くんが近づいてきた。
「…………芹様、申し訳ありませんでした」
「?何のことですか」
「私がもっと強ければ、この状況をもっと改善できたかもしれません」
「いえ、貴女は十分すぎるほどに強いですよ」
「そんなことはありません。現に私は、女郎花を相手にしたとき、ほとんど何もできませんでした」
彼女は少し戦闘のことが頭に浮かびすぎるようですね。もう少し自信を持って欲しいですが。
「……私たち全員で、目標を達成していければそれで良いわけですから、1人1人は無理の無い範囲で頑張れば良いのです。特に神相手の場合は、それこそ長い年月が必要です。貴女は普通の人間よりは長生きですが、例えば私からすればまだ若い。段々で良いんですよ」
私にかけられる言葉など限られている。しかし、彼女が壊れないように、私は私の全力で対応する。
私は壊れることがないのだから。
***
私たちは支部へ戻った後、本部に連絡をした。
幸い女郎花の術は通信には影響がなく、本当に私たち(主に芹様)をこの空間に閉じ込めておくだけのものだった。
「………あ」
私はふと、女郎花が言っていたことを思い出した。
「そういえば、私は……芹様のことを何も知りませんね」
敬愛する我が主のことを、私は何も理解できていない。
我が主がなぜ最高神になったのか。
なぜ人助けをしているのか。
女郎花とどのような関係なのか。
私は私の新しい命を作ってくださった芹様のことが好きだ。
誰よりも強く、誰よりも早く動くことができる芹様のことが好きだ。
芹様に相応しい部下になるためには、強く、そして理解のある者にならなければならない。
「芹様……………」
お読みいただきありがとうございます。
第5章は他の作品との兼ね合いで書いていく予定です。他の作品も投稿していきます。




