第23話:彼は入れない
第23話です。後2話で第4章は完結になります。
地上へと降り立った女郎花理は、どこか満足そうに芹を見つめた。
「ねぇ芹くん。何か気が付かないかい?」
「何か、ですか?」
「そうそう。2つほど、大きく変わったことがあるんだけれど」
女郎花は指を広げてピースのような形をとった。どこを見ているのか分からない深い闇のような目をしながら無邪気な若者のような行為をしている為、より不気味に感じられる。
「そうですね、1つは……この第5神世界でしょうか?どうやら長いこと、準備をしていたようですね」
「あれ?分かっていたのに、僕を止めなかったのかい?」
女郎花は不思議そうに首を傾げる。
「わざわざ貴方を毎回止めることほど、無駄なことはないでしょう」
女郎花に対しては、他の誰に対してよりも芹の口調は冷え切っていた。
「へー……、まぁ、それは正解かもしれないね。僕にとっては残念だけれど」
「それで、何かするのですか?何かやるなら早くしてください。貴方の相手にあまり時間を使いたくはありません」
「……そうだね。じゃあ、始めようか」
「………っ!」
一瞬にして、女郎花の気配が変わる。それを感じ取った田平子は戦闘態勢に入った。
「おや、そんなに気張らないでくれよ。まだ君に危害を加えるフェーズじゃないよ」
「それは芹様を攻撃するという意味で間違いありませんか?」
「えー?そうだなぁ。まぁ、間違ってはいないか」
「なら、死ね」
辺りに轟音が響き渡った。
異空間から大斧を取り出した田平子が女郎花に高速で迫ったためだ。
「……おー、怖いなぁ!」
「……」
田平子は女郎花を斧で切り刻む。
その結果一瞬この場から女郎花という存在が消滅したように見えた。
しかし、切り刻まれて塵になったはずの女郎花の体は一瞬にして再生する。
「さて、それでだね。今回僕は君たち、主に芹くんに2つの嫌がらせをやっていくよ」
「……嫌がらせ?」
「1つ目は、芹くんがもう気づいたとおり。既に君たちは、この第5神世界から出られなくなっている」
「……は?」
「君はただの生き物としては相当に強い様だけれど、世界を管理する権限がない以上は、気付くのは無理だね」
田平子は意識を世界に向けるが、特に変化があるようには感じなかった。
「それで、私たちをここに閉じ込めてどうするつもりですか?」
「どうする、か。そうだね。どうしようか?」
「本当に面倒ですね、早くしてください」
「へー、芹くん、成長してるね?」
少し苛立ちのような表情を見せる芹に、女郎花は嘲笑の混じった笑みを浮かべる。
「人間らしく振る舞うのも、少しは慣れてきたのかい?」
「人間らしくも何も、私は人間ですよ」
「ははっ、変わらないね、本当に。君はただ、ヒトとして生まれたに過ぎないだろうに」
一通り笑って満足した女郎花は、「じゃあ計画を説明するね」と言って話し始めた。
「まず、君たちはしばらくここから出られないわけだけどね。今まさに、君の病院に僕の部下たちが押し入っているよ。できるだけ多く、君の部下たちを殺せるようにね」
女郎花は表情を変えない。
「これが1つ目の嫌がらせ。どうせまだ、君のことを滅ぼすことはできないし、君の部下全員を殺すこともできない。でも、君だって僕のことを滅ぼすことはできない。だから、今は嫌がらせをし放題なんだよ」
「趣味が良くありませんね、理さん」
そして仲間を殺すと言われた芹もまた、表情を変えない。そんな文脈のない2人の会話に田平子は介入することができなかった。
「さて、そろそろ少しずつ結果が出てくるかな?どうだい、どれくらい君の部下は死ぬと思うかい?」
「私の同僚たちは死なないと思いますが……それはともかくとして、何故そんな無駄なことを?仮に死んだとしても生き返らせれば良いでしょう」
「はぁ……君は分かってないなぁ。本当に君は普通の人間たちの心が分かってない。人は、あまりにも残酷な死に方をしたとき、その心は元には戻らないんだよ」
呆れたように「はぁ……」と再び息を吐くと、女郎花は「でさ」と続ける。
「で、こっちも色々と準備はしてみたんだよ。無策で君に嫌がらせするほど、僕はボケてないよ。ほら」
女郎花は手元にモニターのようなものを出現させた。そのモニターには、上空から見た石山病院本部が映っていた。
「ほら、僕の仲間が続々と病院を包囲しているよ」
病院は小山の上に建っているが、そこに続く緩やかな坂道には数十人の様々な種族の者たちが集結していた。
「あ、ほら。今1人入っていったよ。芹くんも見なよ」
「……」
何の感情も乗せていない芹の目は、女郎花ほど図太い心を持った者でなければ耐えられないだろう。
「この子はね。第3神世界で僕がスカウトしたんだよ。この子は見た通り、死霊だね。一部が少しどろどろとした輪郭が愛おしいと思わないかい?」
「貴方に操られているこの子が不憫で仕方ありませんね」
「つまらないことを言うなぁ。ああ、それはさておき」
女郎花は物を指差すようにモニターの先を指差す。
「実はこの子はね、生前にお母さんとお父さんを殺人犯に殺されたんだよ。それで、その後少ししてこの子も殺されたんだけど、やりきれなくて霊になってしまった」
「………貴方」
「そう!せっかくだから、この子とこの子の親を殺したその殺人犯、君の部下ってことにしたんだよ。ほんの少しだけいじってね」
そして芹をちらっと見ながら、頭の上部を薬指でくるくるとなぞる。
「人の憎悪の感情って凄いよね。彼らはなんであんなに行動を刺激されるんだろうか?僕はここまでの激情を持つことはできないからね」
病院に迫る死霊の映像を見せるだけ見せて、女郎花はモニターを消す。
「さて、ここからはまた後で、どうなるか楽しもう。賭けても良いしね」
「賭けませんよ」
「あら残念。で、僕はこれから2つ目の嫌がらせも同時に行おうと思う」
女郎花は意味もなく、芹に迫って覗き込む。
「……そうですか。貴方は手に入れたのですか」
「そう。君が手に入れることができなかった、あれを手に入れた。まぁ、まだ完全に応用できるわけではないけれど」
彼は深い闇を抱えた目を輝かせ、ニヤニヤと煽るように芹を見つめ続けた。
「じゃ、試しにやってみよっか」
「……」
「君にはできない、入れない場所へ、君のお友達を連れて行ってあげよう」
女郎花は人差し指を芹に向けると、そのまま空中で円を描く。
「ほらね?君は入れない」
最後に女郎花がそう言うと、星から芹以外の存在が消え去った。
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