第20話:純粋で悪意のない類の悪意
第20話です。そろそろ第4章が終わります。
「……………………………………………………は?」
コトワリへと変異した女郎花を見て、玉川の思考は数十秒ほど停止した。
彼女はその間、ただコトワリの発する神としてのエネルギーだけを感じ取っていた。
「というわけで、コトワリの正体は僕、女郎花でしたー。びっくりしたかい?」
「………何を……言って」
「偽物じゃないってことはすぐに分かるだろう?コトワリの姿をしているときと全く同じエネルギーをわざと放出しているのだから」
玉川の脳が理解を拒んでいても、その肉体や感覚は事実を受け止めていた。
「いやー、なかなか良い反応をするね。隠しておいて正解だったかな」
「コトワリ様………?これは一体……」
「実はね。僕はずっと遊んでいたんだよ。この第5神世界は生命のある星がとても多い。なら、せっかくだから争わせてみようかと思ったんだ。それも、戦う理由を用意してね」
「…………」
「あの映像がどのタイミングでバレるのか、そしてバレたらどんな反応を皆んながするのかも興味があった。人類も、ビオラ族もね。玉川くん、僕はね、悪意で操られてしまった者たちを観察するのが好きなんだよ」
コトワリの姿をした女郎花は無邪気に笑う。彼はまるで前に花畑があるかのような、穏やかな顔をしていた。
「生き物の行動や、感情は面白い。そう、それこそ他の神たちよりもよっぽどね。例えば……そうだな。そこにいる彼、隊長だったっけ?彼の価値観の変化は辿りがいがある」
コトワリは玉川の近くにいた人類側の代表を指さした。
「彼は10年以上前から、調査員だった妹がビオラ族に串刺しにされて殺されたと、ずっと思って生きてきたわけだ。その前の価値観、妹の死の直後の価値観、つい先程までの価値観、そして今まさにここにいる中での価値観。そのどれもが混ざり合う感情は、なかなか人間味があって良い」
「…………貴様」
男は、精一杯女郎花を睨んだ。たとえそれが女郎花にとっては大したものでなかったとしても、それだけはしなければならなかった。
「しかし………ね。彼は大事な妹を、まず変な宗教の生贄にされ、そして僕の遊びの道具にされた。可哀想に」
女郎花は瞳に涙を浮かべた。つーっと滴り落ちてくるその液体は、無色透明で少し甘味のあるものだった。
「さて、この姿にも少し飽きたから、元の姿に戻ろうか」
女郎花はゆっくりと本来の姿に戻っていく。
それを多くの人間は幻想的な風景を見るような目で見つめていた。その辺を歩く、全く知らない人物を見る時と全く同じ見方をしていたのは芹だけだった。
「……じゃあ、本題に入ろうかな。えーとね。まず、君たちは本当に無意味な戦争をしていたわけだけど、それは僕がどうこうすることじゃない。あとのことは君たちに任せるよ」
「我々を侮辱……しているのか」
「そんなに怯えちゃって。さっきまでビオラ族たちに向けていた人を殺すような殺意はどこへ行ったんだい?」
「……」
「まぁいいや」
女郎花は、ゆっくりと玉川の方へと歩いていく。
玉川は現実を直視できずに呆然と立ち尽くしていた。
「玉川くん。あのね。君に良いことを教えてあげよう」
「…………ぁ」
僅か数十センチまで近づいた女郎花は、玉川の額に手を当てた。
動くことのできなかった玉川は、目で見えない程度の冷たい汗をかき、死を覚悟した。
「人類は、決して誇り高き生き物などではないよ。残念だけれどね。人類も、ビオラ族も、その辺に寝転がっている虫も、家の庭に生えている植物も、全て1つの生命に過ぎないのだから」
「な…………」
「君たちがやってきたことは、ただの殺しだ。そこに正義などはない。ただ、僕に操られてしまっただけの1つの生命が行動した結果だ」
女郎花は、わざと丁寧に、ゆっくりと喋る。1つ1つの単語を強調し、彼女の意識の奥底まで届けるために。
その結果、玉川の瞳は限界まで見開いていた。当然彼女程度ではその先にあるものから視線を逸らすことができない。
「この世の存在の中で、明確に上位の存在であるのは僕たち『神』だけだ。それも、地神のような小さな存在ではなくね」
「………コトワリ……様」
「僕はコトワリじゃないよ。本名は女郎花だ。コトワリはあくまで、偶に使う偽名だよ」
「…………ぁ」
「ああ、それでね。話は変わるけど、僕は君の未来に興味があるんだ」
「…………ぇ?」
女郎花は機嫌が良さそうに、じっと玉川を見つめながら話す。
「君はもう、世界中に悪意を振り撒いてしまっただろう?そして今、君の正義は僕が壊してしまった。本来ならば君を支えるはずのものが、今の君にはない。そんな人間は、一体どうなるのだろうね」
そう言った女郎花の言葉は、わざと玉川にしか聞こえないように発声されていた。他の誰かの介入ができぬように、丁寧に。
「…………………………ぁ」
先程死を覚悟した玉川だったが、そんなものは終わりではないのだと、女郎花を見て察してしまった。もはや自分には自分を形成する何もかもが不足してしまっているのだという考えに全てを支配された。
彼女は膝を曲げ、床に伏した。支配された彼女の体は、頭を支え切ることができなかった。
「うーん。終わり?もったいないなぁ。もう少し何か見せてくれるのかと思っていたんだけど……。君はこれでも僕がつきっきりで面倒見てたんだからさ」
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい」
「あらら。何やってるのかな?」
手を合わせ、体と頭を地面に擦り付ける彼女を見て、女郎花は不思議に思うと同時に、今度はその行動に興味を持った。
「ああ!そうだ!君にもできることがあるじゃないか」
「……ぇ?」
女郎花は、地面に擦り付けていた玉川の頭を無理やり自分の高さまで引きずった。
「罰を受けてみると良いよ。君がこの2つの戦争の首謀者だ。僕もそうだけれど、僕は神だから君たちには裁く権限がない。なら、この無意味な争いを終わらせて世界に平和と安定をもたらせるために、君が生贄になれば良いんだよ!」
女郎花のその言葉には、裏がなかった。純粋に彼の奥から生まれた言葉であり、全く悪意のない類の悪意であった。
―第20話 完―
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