第18話:『悪意』①
第18話です。
場は、まるで声を奪われたように静かであった。
誰も何か言葉を発する気力がなかったのである。
人々は心を奪われ、疲労した。
しかし、芹は特に疲れているわけではないため語りを再開する。
「いかがだったでしょうか。ある神の暴挙を見ていただきました。他にもあの神が残した証拠はありますよ」
芹はニコニコとしている。その表情は、もちろん本人は意図していないであろうが、女郎花と同じ雰囲気を感じさせるものであった。
骨の奥まで染み込んでいくようなものを全身で浴びた者たちは、もはや何を言うこともできなかった。
この場にいる者も、配信を見ていた者も、皆同様に黒い絵の具で価値観を塗り替えられるような感覚に陥った。
「では議論を再開してください。前提条件を見直し、再び議論が白熱するのではないでしょうか」
***
「あ」
あの映像は、私たちにも衝撃を与えた。私たちにとって『神』という存在はキキョウ様のことであり、慈悲深く命を大事にする存在であったからだ。
しかし、あの映像に出てきた神は背筋が凍りつくほどに恐ろしい。
それに、あの映像だけではわからないことも多かった。私たちがあの星で最初に見た人類側の存在はロボットだった。でもあの映像を見る限り、人間たちが星に降り立ったこと自体は確かなようだった。私たちが見たものは、どこまでが本当で、どこまでが幻想だったのか。
「……スミレ部隊長、私たちの声を届けましょう」
「あ……うん」
私は部下にまたアシストをしてもらった。部隊長として情けないが、今はそんなことを言っている場合ではない。
「……私たちは、虐殺などしていません。私たちはあなた達と争いたいわけではないのです。どうか、平和的に解決するために動いてもらえませんか?」
「………………….」
「お願いします。もうこれ以上、お互いに犠牲者を出さないように」
「……………そう、か」
人類側の代表は、やや俯いていた。先ほどまでの相手を殺すような目はしていなかった。
「……待ってください!」
「?」
「あの映像が、本当に虚偽でないと言いきれますか?あの壇上の男が改竄したのではありませんか?」
「え?」
しかし、代表の横にいた……確かタマガワという女性が私たちの間に入った。
「あの映像はあまりにもできすぎているでしょう!虚偽に決まっています!」
「……玉川?」
先ほどまで優しい雰囲気を纏っていた彼女が、突然変わったように焦りと怒りの表情を浮かべていることに、代表の男性はやや困惑したようだった。
「隊長、騙されてはいけません。やつらは人殺しです。話を聞いてはいけません!そこにいるセリという男も、やつらの手先に決まっています!!」
「待て……玉川、一旦落ち着……」
「目を覚ましてください!…………クソが!!」
「な………?」
タマガワは豹変した。
表情がなくなり、態度だけが悪化する。
彼女は隊長と思われる男性にまで、憎悪の表情を向けた。
「……お前」
「はぁ…………本当に、あと少しだったのに。あと少しで、こいつらを虐殺する口実が十分に得られたのに……台無しだ」
「は……?」
「女郎花のやつが、『バレないようにできる』っていうから任せたっていうのに……こんな後になって……」
彼女がぶつぶつと言っていることは、ほとんど理解ができなかった。彼女からは、ずっと憎悪の感情だけが溢れている。
「玉川、お前があの映像を作ったというのか?何のためにそんなことを……」
「………………はぁ。隊長、私たちは、この世界で最も優れた者たちなのですよ」
「……」
「だからこそ、劣った生命はこの世から駆逐しなければなりません。それに、やつらが私たち『人類』の障害になるならばなおさらのこと。私たちは、コトワリ様の教えに従うべきなのです」
「コトワリ……様?」
誰のことだろうか。そんな人物は今まで会話に出てきていない。
文脈的に、彼女が信仰している人物なのだろうかと私が想像していると、彼女がすぐに答え合わせをした。
「玉川、お前まさかあの宗教に手を出したのか!?」
「手を出した?失礼な。私はずっと昔から、あのお方の僕です」
タマガワは、口角を上げ、嗤う。
彼女の表情は、同じ人類であるはずの男のことすらも笑い飛ばすかのようだ。
「コトワリ様は、いつだって正しい。私たち人類が、この世で最も尊い存在であることを教えてくれる!」
笑っている彼女は、もはや他人がどうこうできる様子ではなかった。人類側の男は困ったようにそれを見つめる。
「玉川……お前は、戦争の原因を作って、多くの被害を生み出したんだぞ。何を考えているんだ」
「だから、言った通りですよ。私たちはあいつらを殺さなければならないんです。人類の尊厳を守るためにも」
タマガワのその感情は、もしかしたら『悪意』ではなかったのかもしれない。彼女にとってそれは『善意』であり、真実であると、彼女の顔は語っていた。
「……」
私はこの間何も言うことができなかった。
何を言ったら良いのかも分からない。
今まで自分たちがやっていたことが、ただ1人の人間が仕組んだ茶番のように思えてならなかった。
「……セリ様」
「はい。なんでしょうか?」
「私たちは、どうすれば良いのでしょうか」
私はセリ様に助けを求めた。情けないことだが、心から救いを求めてしまった。
「そうですね。では、少し話を進めることにしましょうか」
セリ様は、マイクを取った。
「玉川さん。貴女の意向は分かりましたが、いくつか訂正したい部分がありますので、宜しいですか?」
「は?さっきから何なんだよ、お前。お前のせいで、台無しになったんだよ」
「それは申し訳ありませんが、今はどうでも良いことです。それよりも、『旧神権教』のお話をしましょう」
―第18話 完―
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