第2話:王の会談
第2話です。
不気味な男が突然やってきた。
厳重なセキュリティのはずの王城の全てを無視し、唐突に目の前に現れたのである。
「………何者だ?」
このタイミングで私のことを狙ってくるとすれば、モード王国の者か、それとも我々がモードと戦争をすることをどこかで知り、裏から狙おうとしている他国の者か。
モード王国の最高戦力の一人である騎士団長エレンは、ついこの間不慮の事故で亡くなったと聞いた。とすると、他の部隊の精鋭か、やはり他国か。
そう思っていたのだが、この男は「私はイシヤマセリと申します。メジアンの王よ、私は命を救う者として、戦争を好みません。国境に広げた5万人の兵士は今、私の夢の中にいます。一旦、交渉のテーブルを用意してくださいませんか?」という一瞬何を言っているのか分からないことを言ったのである。
しかも不気味なことに、話している内容と表情が全く合っていない。まるで言葉を話す機械に顔を後から取り付けたかのような、恐ろしい表情をしていた。
「……夢の中だと?何を言っている?」
私はなんとかセリという男に答えた。
「私の力によって、兵士たちは今動けない状況にあるということです。言葉通り、あの方達は私の夢の中にいます」
「まさか……」
セリの説明で、なんとなく状況が見えてきた。間違いなく、我々は今非常に良くない状況下にいる。
そして次のセリの言葉は、私を混乱させるのには十分過ぎた。
「そうです。例えば、この方は……比較的体格が良いと思ったら兵士長でしたか。お名前は……⚪︎⚪︎さん。そうですね、この方は今、私の夢の中で庭球をしています。とても楽しそうですよ。お相手はこの方の、恋人でしょうか」
この男は何を言っているのだろうか?
突然兵士長の話をし出したのだが、確かに、兵士長の名前は⚪︎⚪︎だ。なぜ知っているのか。
それに、庭球をしている、とは……。
「他にもたくさんの方がいます。5万人もいますから、密集しないように間隔は離れていますが。例えばこの方は……⚪︎⚪︎さんというのですね。第2兵団の団長の方のようですね。今、他の隊員の方と排球をしています。皆さん体を動かすのがお好きなようで。健康的な国家ですね。人気なのは──でしょうか」
なぜ、この男は、⚪︎⚪︎のことも知っている?
それに、またよくわからないことを言った。⚪︎⚪︎が他の隊員と排球をしている?確かに我が国は健康に気を遣ってはいるが……。
この男の言うことを聞いていると、頭が……。
何故かだんだんと、気分が悪くなってきた。
「……もう良い。わかった」
「おや」
「……交渉のテーブルを……もうけよう」
私は折れた。
エルフの国の王として、ただ一人の不気味な人間に屈するなど情けない限りだが、後にこの判断は間違っていなかったと確信することになる。
***
「…………っひ…………どうぞ」
「あら、ありがとうございます。いただきますね」
「芹、敵陣営で出されたお茶なのですから、一応警戒したらどうです?」
「それは失礼でしょう?」
私は、セリとユウジンという男2人を円卓のある会議室へと招待した。
丁寧に接するように、部下たちには頼んだ。かなり萎縮してしまってはいるが……。
「……それで、改めて聞こう。貴方は何故この国に来た?」
私ですら、形容し難い緊張感に押しつぶされそうになっていた。できるだけ声を張り上げるが、相手から聞けば情けないものに映るかもしれない。
「ご丁寧にありがとうございます。実はですね、私はお隣のモードで病院と学校を運営していまして。しかし、メジアンがモードに明日宣戦布告するという情報を私の優秀な部下が聞きつけ、急ぎでそれを止めにきたというわけです」
セリは何もないかのようにあっさりと話すが、我々が宣戦布告をするというのは外には一切漏れていないはずだった。国境付近の兵も、隠蔽魔法で完全に隠していたわけで、人間族が見つけることなど不可能なはずだ。
それに、「急ぎで止めにきた」というのもおかしな話だ。1人、しかも非力な人間族1人で、国家間の戦争を止めるなど、普通ならできるはずもない。我々エルフの最高戦力を持ってしても、1人では戦争を終わらせることなどできないだろう。
「我々が、それを受け入れると考えたのか?」
「はい。頭の良いあなた方でしたら、戦争をやめると思いました。私が実力行使せずとも」
セリはずっと微笑を浮かべていた。
この男は、何を考えているのか全く分からない。
「国境付近の兵たちを無力化したというのは、本当か?」
「ええ。嘘をつく理由はありません」
実は先ほど、私の部下が国境付近の兵たちが時間が止まったかのように動かずにいることを実際に魔法で確認した。
どうやったのかは分からないが、この男は本当にそんな馬鹿げたことをやったようだ。
「……殺したわけではないのだな?」
「ええ。当然です。この世界の魔法では死者を生き返らせることはできないのでしょう?ならば殺しては可哀想ではないですか」
「そう……か」
セリは、殺すことができない、とは言わなかった。
「確かに……このままでは我々は戦争はできない。大人しく戻るしかないだろう」
「はい。大人しく戻ってください。戦争を回避した後で、私が色々と手伝って差し上げます」
「……き、貴様、王に対して無礼な!!」
「よい」
「………」
部下の一人が声を上げたが、私はそれを静止する。
確かに、セリの態度は一国の王に対するものではないが、彼にはそれをするだけの力があるようにしか見えない。
「……しかし、貴方も知っているだろうが、モード王国は、長年我々エルフを奴隷にし、非人道的扱いをし、虐殺してきた。我々はそれをモードの人間たちに示さなければならない」
だが、我々に力がなくとも、やらなければならない。人間たちに、復讐をしなくてはならない。
「それはそうかもしれません。この間、私も奴隷として追われるエルフの少女をこの目で見ました」
「な………」
驚くことに、セリは、まるで他人事のようにさらっとわたしの言葉に返した。
まるでそんなことはどうでも良いと言うかのように。
「……他人事だな。エルフはこれ以上虐げられることがなってはならない。そういう貴方は、その少女を見捨てたのだろう?」
私は、怒りを抑えた。
心の奥で、今ここでセリと戦おうとも、勝ち目などないことくらい理解していた。
だが、彼の『余裕』が、私には酷く醜く写った。
「おや……困りましたね。なぜ王は怒っているのでしょうか?『友人』、分かりますか?」
「分かりますか、というか、貴方の答えがそっけなさ過ぎるんですよ。もう少し寄り添ってあげてください」
「私としては普通に会話していたつもりなのですが……また間違えてしまいましたか」
「私よりも彼の目を見て話してください」
「あ、そうでしたね」
セリが改めてこちらを向いた。
「先ほど、『その少女を見捨てたのだろう』と貴方はおっしゃいましたが、そんなことはありません。彼女なら、今私の病院の職員として働いています」
呆れた。この男は、奴隷を職員だと言い張るのか?自由のない者を働かせているだけなのだろう?
「……職員として?それは聞こえはいいが、奴隷なのだろう?」
「確かに以前は奴隷でしたが、今は奴隷ではありません。奴隷……紋、と言うのでしたっけ?それは私が剥がしたので、もう誰かに何か強制されることはありませんよ」
「何?」
セリは妙なことを言った。
『奴隷紋を剥がした』だと?何を言ってるのか。一度それが刻まれてしまえば、それを剥がす手段など存在しない。
例え刻まれた部位を切り落としたとしても、契約はそのままだ。
「誤解を解くのは難しいことですね」
「芹、もう少し頑張ってください」
「なるほど」
「──メジアンの王よ、私は奴隷紋を無効化し、完全に剥がすことができる。また、5万人の兵士がいようがその全てを無力化することができる。そして、その気になれば武力で全てを解決することもできる」
「………っ!?」
セリの気配が、変わった。
セリが少しだけ、本当に少しだけ微笑を緩めた時、世界の温度が数度低下したように感じた。いや、感じたのではない。きっと本当に温度が下がったのだ。
「エルフの苦悩も、世界のこれからも、私が全て何とかする、と言っているのです。どうか、どうか、醜く血を流しあうことはお辞めなさい」
その時の男の目は、これから私が死ぬまで、ずっと忘れることがないほどの、どこまでも蒼く、深く、この世の終わりの様な目だった。
―第2話 完―
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