第25話:学校
第25話です。
「……ん?なんだろ、これ」
王都から少し離れた街にいた少年が、壁一面に貼られたポスターに気づいた。
「『誰でも、無料で学校に通えます』?何これ」
少年は獣人奴隷で、主人のために買い物をしている最中だった。彼は幸というべきか(決して幸ではないが)、獣人差別の酷いモード王国では珍しく、比較的高待遇の労働奴隷になることができていた。
「ふーん……」
彼は買い物の荷物を持って、街の繁華街の裏路地に入口のあるアパートの2階へと戻った。
「戻りました!」
「ああ、ありがとう。いつも悪いね」
「いえ、奴隷の僕にこんなに良い待遇をしてくださるオーガスト様は偉大です!」
「そんなに卑屈にならないでね、シリル。子供がいない私は、寂しくて君を買ってしまったのだから。何度も言うけれど、『様』なんてつけなくて良いからね」
オーガストは少年シリルの主人だ。
175cmほどの身長で、端正な顔立ちをした37歳の男性だった。
彼は訳あって子供の時から冒険者をしていたのだが、ある日仲間を庇い、両足を失った。
そして冒険者として働けなくなった途端、妻は家を出てしまい、借りていた家にはオーガストだけが残された。
その後しばらくは冒険者時代の貯金でなんとか生活していたのだが、お金がなくなってくると、必死で足がなくてもできる仕事を探した。
幸い知り合い経由で働き口はあり、今もそこで仕事をしている。
だがあまり長距離の移動はできないため、買い物をシリルに任せていたのだ。
(……本当ならこの子には自由になってほしい。私の勝手な都合で、私に縛り付けてしまったのだから)
オーガストは後悔していた。シリルを買ってしまったことを。
5年前のある日、オーガストが寂しくて、どうしようもなくて、誰か一緒に暮らしてくれないか、と思っていたところに、奴隷商が現れた。
奴隷商は、『貴方は足がないのだから、荷物を持てる奴隷が欲しいでしょう。ちょうど良いことに、貴方の手持ちでも買える労働奴隷がいますよ。まぁ、獣人ですが』と言って、オーガストを誘惑した。
(私がもっとお金を持っていれば、この子にもっと色々な経験をさせてあげられるのに……私はこの子を買うべきではなかった)
オーガストは、太ももあたりから無くなっている足を見た。
(命を買う、などという非人道的行為をしてしまった私は、きっと死んだら罰せられるのだろう。それは良い。せめて、この子に少しでも良い経験をさせてあげたい)
「……何か、ないだろうか」
***
「……学校?」
「うん。なんかね、今この辺の街にポスター貼ってあるらしいよ。なんか怪しいけど」
「そうだな……学校なんて、貴族たちの特権だろうに」
私は1週間に一度出勤する職場で、私を紹介してくれた同僚から妙なポスターの話を聞いた。なんでも、無料で誰でも学校に通うことができるという謳い文句らしい。
恐らくだが、これは子供を誘拐しようとしているのではないか?
本当にそんなことをすれば、貴族に潰されるのは目に見えているし、そもそも運営を許可されないだろう。
「……学校、か」
「何?気になるの?まぁ、私たち学校なんて行ったことないから興味はあるけど」
「あ、ああ……そうだな」
シリルも、同世代の子供と遊んで、学んで、楽しく生活できるのだろうか。
「見に行ってみようか……」
「え、本気?」
「少し興味はある」
「……でも、あんた長い距離動けないじゃない。書いてある住所までそこそこ距離あるわよ?車椅子だけで行けるの?」
「……」
私は何も言うことができなかった。
確かに、私では無理だろう。
「はぁ……仕方ないわね」
「?」
「どうせ、シリルくんでしょ?奴隷なのにあんたが息子みたいに可愛がってるあの」
「そ、それは……」
「……預かってる姪も暇そうにしてるし、せっかくだから見に行きましょうか。これでも元冒険者だし、元相棒だから」
***
「良い感じですね、院長。順調に病院と学校の宣伝ができています。学校説明会の予約も結構入ってますし、目標に近づいてます」
「そうでしたか、やはり繁縷くんは優秀ですね」
「私の手柄ではないですが、喜んで受け取っておきます」
繁縷は芹にスケジュール表を手渡した。
学校説明会では、芹が直接説明をすることになっている。
「貴族たちの動きはどうですか?」
「マナス侯爵を中心に、王も巻き込んで院長を悪人扱いしようとしてますね。そのうちまた暗殺未遂されると思います」
「そうですか」
暗殺されるぞ、と言われても芹は特に反応を示さない。そして繁縷も特に一大事だとは思っていなかった。
「ちなみに、病院のこともよく思ってないみたいです。治癒魔術師協会が怒っていますし、獣人も平等に診察しているということで獣人差別派も怒ってます。勝手な話ですが」
「治癒魔術師協会が気がするのはまぁ予想通りですが、獣人差別派ですか。どんな人たちですか?」
「どんな人たち、というか、そもそも王国民の多くは自分達と獣人は対等な関係などではないと思っているようです。エルフの扱いと大体同じでしょうか」
「なるほど、意識も変えていかなければなりませんね」
「ただ、現状めんどくさいことにはなってますね」
繁縷は、王都で発行されている新聞を取り出した。
新聞には大見出しで、『悪国メジアンが我が国に挑発行為か?』と書かれている。
「エルフ族のメジアン王国とこのモード王国は、また戦争を始めそうな雰囲気があります。何度も何度も同じことを繰り返して、何がしたいのでしょうか」
「戦争することが、きっと権力者たちには都合が良いのでしょう。迷惑な話ではありますが」
「仮に戦争になった場合、多くの死者が出ることが予想されます。それに、イテラの村にいるエルフも何かしらされるかもしれません」
現在モード王国内で人間族とエルフ族が共存しているのはイテラの村だけである。戦争状態に陥れば、イテラの村の方針を嫌う人間のターゲットにされるだろう。
「それに獣人たちも、人間族よりも早く使い捨ての駒にされるでしょうね。実際のところ戦力にどれだけの差があるのかなんとも言えませんが、ただ血で血を洗うことになるのは間違いない」
「……ああ、そういえば、エルフ族は魔力が高く、動きも俊敏なんでしたね。私の把握している限りだと兵士はモード王国の方が多そうですが、総力戦になれば、より戦争は大きくなるというわけですか」
芹は、何か考えるように目を閉じた。
「……本当に、やることが多いですね」
そう言った芹は、変わらず微笑を浮かべていた。
―第25話 完―
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