第1話:神様
第1話です。
「……神様、どうか……我らの願いを……」
大勢の老人と若者が、円になって祈りを捧げていた。
(神様……どうか……どうか……)
「……っ!?来たぞ!!!」
そんな時、少し離れた場所で見張りをしていた青年が叫んだ。
「……ひぃっ!!?」
「おいっ、早く逃げろー!!」
人々は、一目散に逃げていく。
その人々を追うように、黒い影が一つ現れた。
「ゴギャダギャギャギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!」
悍ましい声を上げたそれは、一言で言えば『亀に似た化け物』だ。
亀のような甲羅を持ち、体は紫色。大きな口には牙があり、その大きな口でこれまで多くの人々を食い散らかしてきたのである。
「神様……どうかわれらをお救いください……!」
今、その大亀に運悪く見つかってしまい、追いかけられているのは、この過酷な世界で生き延びようとする人間たちである。
この世界は、決して人間にとって住みやすい環境とは言えないだろう。この世界は数年ほど前から、先ほどの大亀のような異界からやってくる化け物に《《侵略》》されているのだ。
ただ、正確に言えばもっと前から侵略を受けてはいる。しかしそれをこの世界の『神社』が長年追い払ってきたのである。
ところがまさに数年前に追い払うことに失敗し、この世界への侵入を許してしまってから、それを好機と化け物たちは考えたのか、やつらは一気にこの世界に押し寄せ、結果対処が間に合わなくなってしまった。
「うーん……この世界はちょっとハードすぎますかね。薺ちゃんにはまだ早いみたい」
だが、そんな緊迫した世界に、娘と出かけることで頭が一杯になっている脳内お花畑の人間が一人。
「……この世界はずいぶんと荒れてんなぁ……あいつら真面目に仕事してんのか?」
そして、『あいつら』への苛立ちを隠せていない物が1人。
「……ん?見てください、あそこに大きな亀がいますね」
「亀……?……いや、なんだあれ……亀なのか?」
「よく見ると人間がその亀から逃げてるみたいですね」
「そうみたいだな」
阿吽の呼吸で、2人は駆け出した。
*
「……っ!……いやーーーー!!!!?!?」
1人の少女が、転んで置いてけぼりになってしまった。
「……!?愛!早くしろっ!」
少年が、愛と呼ばれた少年の元へと駆け寄る。
「……おい、お前……足が……」
少女の足から血が流れる。どうやら転んだときに激しくぶつけてしまったようだ。
「……っ」
少女の怪我の具合からして、あの化け物から逃げることは、できそうもなかった。
「……ほらっ、早く乗れっ!!」
それを見て、少年は少女をだっこしようとする。
しかし、少女はそれを拒絶した。
「何やってんだよ!?早く乗れって!!!!」
少年は叫ぶ。
「……もう、私は助からないよ……大だけで逃げて。大だけならまだ助かるよ」
「は……?」
少女は、"大"と呼ばれた少年を突き放した。
「……おい……何だよそれ……お前だけ置いて逃げられるわけねーだろーが!!!」
少年は必死に叫ぶ。
「……このままだと2人とも死ぬわ。だから、大だけでも逃げて!!!」
しかし、少女の顔は真剣そのものだ。
「…………」
少年は動けない。
どうしたら良いのか、判断することができない。
「……っ、早く!!!!!」
少女は再び叫ぶ。
「……!」
だが、その必死の叫び声により、少年は逆の覚悟を決めた。
「……お前を置いていくなんてできるわけない。俺はお前を見捨てるくらいなら、一緒に死ぬ」
少年は、少女の前へと立つと、持っていた木の棒を構え、近づいてくる亀の化け物に立ち向かおうとした。
客観的に見れば、それは無謀とすらも言えないようなものだった。
「……何で、何でよ!!!良いから逃げて!本当に手遅れになる!!」
「……」
(……どうか、神様。我らをお助け下さい)
武器と呼べるのか分からない木の棒を持った少年は、神に祈った。
彼は幸運であったのかもしれない。
「……ほら、御形くん。逃げ遅れてる人がいるじゃないですか。危ない危ない」
突如、大亀が目の前にいるとは思えないほどに緊張感のない声が響いた。
「えっ……?」
少年は困惑する。
「とっとと終わらせて仕事に戻るぞ芹!!」
「そうですね。てやっ!」
芹は、地面に落ちていた石ころを投げた。
「ギャギャ……ア?…………………」
投げた石ころは、そのまま亀の化け物の体を貫通し、亀は息絶えた。それは一瞬の出来事であった。
「えっ……?」
「さて、これで取り敢えずは大丈夫かな?」
「いや……適当だな、本当に」
「あの……貴方がたは……?」
少年は、恐る恐る尋ねる。
「おや?私たちですか?そうですね……私たちは、医者です」
「……?」
「人を助ける職業だと思って下さい。今回たまたま通りかかったら、君たちが取り残されていましたから、少し手をお貸ししました」
「そ、そうなんですか……」
得体の知れない者たち相手に、少年は少し冷や汗をかいた。この者たちは、少年から見ればあの化け物を超える異常者たちだった。
「あ、あの……私たちは何をすれば良いのですか?」
「何、とは?」
「助けていただいた報酬です。私たちにできることがあるかはわかりませんが……」
「私たちはあくまで趣味でやっているので報酬なんていりません。……それに残念ながら、時間があまり残っていませんから、プレゼントだけしておきます」
「え……」
芹は、2人に『お守り』を授けた。
「貴方がたに最高神の加護がありますように」
*
それから少しして──2人がいなくなった草原で、少年と少女は語り合う。
「……結局、何だったんだろうね、あの人たち?」
少女は少年に尋ねた。
「……うーん……誰なんだろう……?」
「私の足も直してくれたけど、あれって神社の人が使える『神術』なのかな?」
少女の足は元どおりになっていた。芹が手を触れた瞬間に、肉体が再生した。
「……」
(……なんだろう、何故だか分からないけど……あの2人からは……何というか、『神様』みたいな……神聖な何かを感じたような……?)
恐ろしく思えた異常者たちが、いなくなったくらいで少年には何故か神聖なものに思えてきた。
「……どうしたの、大?」
「……いや、何でもない」
少年はそれ以上考えることはなかった。
そして、村の人間たちが集まった場で、自分たちは救われたのだと、確信することになる。
第1話 完
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