第10話:奇跡
遅くなりましたが、第10話です。
ここで一旦第2章を区切ります。
「……あら?」
「た、助けて……下さい!!!!……私の娘がっ……突然具合が悪くなって……!!お金なら、なんとしてでも払います……だからお願いします!!!」
蘿蔔が病院の受付に書類を届けに来た時、彼女はやってきた。
蘿蔔には彼女がとても焦っていることがよく分かった。
「……」
(随分と汚れている……。それに、衣服が明らかにぼろぼろね。奴隷階級の人間……いや、この世界で言うところの獣人。母親はどうやら栄養失調のようだけれど、子供は……)
「あ、あの、お願いします!私なら何でもします!だから……」
「貴女、名前は?」
取り乱している母親に対して、蘿蔔は鬼のように冷ややかだった。
「……え?あ、フレアです……」
「そうですか。ではフレアさん、こちらへどうぞ」
「見て下さるのですか!!」
「はい。早くこちらへどうぞ。病気はこの間にも進行しますから」
フレアと名乗った母親は、感情を爆発させていた。今まで治療してくれる場所は一切なかったが、漸く見つけたからだ。
蘿蔔は、フレアとその娘フィアを診察室へと入れ、そして、すぐさま彼女は子の様子を伺う。
「……」
(見たことない症状ね。この世界特有の病気かしら。熱がかなり高いし、『紫色の発疹』がある。それに、背中には『青いツル』のような模様が浮き出ている)
「……とりあえず、治癒魔法を使いますね」
彼女の医療は、厳密には治癒魔法ではないが、建前としてそう言っておく。この世界には医療がないため混乱をさけるためだ。
「『応用回復』」
彼女がそう唱えると、フィアの顔色が少し良くなる。彼女の術は万能であり、基本的に効果が現れないことはない。
……しかし、今回だけは例外であった。一瞬良くなったフィアの顔色は、また瞬時に悪くなる。そして同時に、背中の模様が大きくなっていく。
(……な)
蘿蔔は顔には決して出さないが僅かに動揺した。
この魔法は、彼女が培ってきた技術を、『魔力』と合成し応用することで、ほぼ全ての病気を瞬時に回復することができる『究極の医療』だった。
それが効かないとなると、おそらくこの病気の特徴として、魔力を使った治療ができないということが考えられる。
「……」
念のため、通常の治癒魔法を試したが、結果は同じだった。
この世界においての主な治療方法は治癒魔法であるのにもかかわらず、魔力が使用できない。それはすなわち、この魔法の世界特有の『不治の病』ということになるわけだ。
(……魔力を使ってはならないとなると、選択肢は限られる。この子の様子を見るに、おそらく通常の医療では、もう助からない。この病気に対する治療薬もここにはない。そもそも治療薬など、魔力に依存しているこの世界にはそもそも存在しない可能性が高い)
「……」
蘿蔔は、ふとやってきた母親を見た。母親は、娘の生存を信じて、涙を流しながら祈るような姿勢をしていた。悪化していく娘の病状を直視できていない。
それを見て、「この世界の神を、この人は信仰しているのだろうか」と、蘿蔔は思ったが、すぐに今はそれどころではないと考え直した。
「……少々お待ちください」
「あ……娘は……フィアは、助かりますよね……?」
フレアは、すがるように言った。彼女は蘿蔔の声が少しだけ震えていることに気付いたのかもしれない。
「──大丈夫です。娘さんは死にません。この病院で一番のお方を連れてきますから」
しかし、蘿蔔は冷静さを保つことができていた。
彼女には、支えとなるものがあったためだ。
***
──「この病院で一番のお方を連れてきますから」。
そう言って、娘を見てくれていた女性の先生が部屋を後にした。
「……フィア……」
私は、ベッドに横たわるフィアを見る。
(……もし、フィアが助からないなら……私もこの子と一緒に……)
私はこの子の傍を離れない。
死んだ後に一人になんて、絶対にさせない。
「私はどうなってもいいです……だから……どうか……」
【どうか『神様』、この子をお救い下さい。】
***
5分ほど経った頃。
「芹様、ではお願いいたします」
部屋に先ほどの女性の先生が戻って来た。
「こんにちは、フレアさんですね?」
そして、その後ろには女性と同じ白い服を身にまとった、真っ白な髪の男性がいた。
男性は中性的な見た目だが、身長がかなり高く、声も少し低めだった。
彼が何歳なのかは見た目では全くわからない。しかし、女性の先生が『様』と、少し変わった呼び方をしていることから、おそらく上の立場であるのだと考えられた。
彼がこの場所で一番の治癒魔術師なんだろうか?
「……あ、あの、フィアは、助かりますか?」
私はこれだけがどうしても気になってしまって、失礼があるかもしれないけれども聞かずにはいられなかった。
「フレアさん、初めまして。私は芹と言います。蘿蔔くんから聞いていますよ。安心なさって下さい。この子が死ぬことはありませんよ」
彼は、微笑を浮かべてそう言った。
まるで、全く心配はいらないと言わんばかりに。
「……え……?」
そのような彼の態度を見て、失礼だが私は困惑してしまった。
彼の雰囲気は、明らかに『異質』だった。
獣人の私たちを見ても、自身と違うモノを見ている感覚が一瞬すらも感じ取れない。
そして、子供がこんなに具合が悪くしていても、心配する気配もない。
まるで《《感情がないかのように》》、彼は平然としていた。
「さて。始めましょう」
「了解しました、芹様」
女性は、ベッドに寝ているフィアを抱き上げる。
【──〈この世界の法則を削除せよ〉〈『削除・範囲指定:一部法則』〉】
そして、セリと名乗った男は、聞いたことのない言葉で、何やら詠唱のようなものを唱え始めた。
その際に、気のせいかもしれないけれど一瞬だけ空間が歪んで見えた。
「……」
私は、その光景をただ見守ることしかできない。
【〈医術システム開始、『理想変化:完治』〉】
男がそう言った瞬間、フィアの体は透き通った『白い光』に包まれた。
私は眩しさに目を閉じた。
「……うぅ……?」
そして光がやんだころ。
発疹が消え、顔色が良くなったフィアが、目を覚ました。
「…………」
信じられなかった。
数十秒前まであんなに苦しそうだったフィアは、一瞬にして回復した。
ある程度長く生きてきたつもりだったが、こんな『治癒魔法』など、聞いたことがなかった。
もしかするとこれは、治癒魔法ではない?
何故かは分からないが、彼の術からは、まるで『神』のような、神聖な気配を感じた。
私はふと、フィアを治してくれた先生を見た。
彼のどこまでも蒼く、深く、沈み込むような瞳は、この世界の全てをそこに落とし込んだかのようだった。
お読みいただきありがとうございます。
番外編を挟んで第3章が始まります。
良ければポイント評価してもらえると嬉しいです。




