第2話 あり得ない遺物(オーパーツ)たち
まず、町外れの畜産を営む家の娘だった。
花盛りの年頃の娘は、いつものように竜屋に家畜種の竜の世話をしに向かった。だがいつもと違う。おかしい。竜が怯えている。
どうしたのかと娘が小屋の周りを見回ると、竜屋の影からぬっと大きいなにかが顔を出した。
狼のような鼻先。だけど体は牛や熊よりずっと大きい。黒い剛毛で覆われた足の先には、竜のように大きい爪が光る。
やけに生臭い口には、上下に立派な牙が見える。真っ赤な目がギョロリと娘を見た。
逃げようと駆け出した瞬間、その体の大きさからは想像もできないほど俊敏な動きで娘に詰め寄る。
右腕を噛まれ、反射で悲鳴を上げる。痛みはその後に感じた。
暴れたが、顎の力が強いのかビクともしない。そのまま獣は、捕まえた獲物を引きずって走る。
悲鳴を聞きつけた娘の母親が家から飛び出した時には、もう娘は遥か遠くまで引きずられた後だった。
急いで警察に連絡し、警察から軍に伝えられ、平和だった穂住町は地獄へと様変わりする。
獣は穂住町の繁華街まで侵入してきた。
通行人を蹴散らし、時に次の獲物を咥え、人気の無い所でゆっくりと食べる。混乱して逃げ惑う人々に更に興奮した獣は、暴れるように走り回った。
そうして、犠牲者は三人目に入った。
つっと路地裏にべったりと飛び散った血の跡をなぞって、銀髪の青年、柴尾銀臣は立ち上がった。
「まだ固まってないですね」
石畳の上でテラテラと光る血は、新しいものだと判断する。
「人の悲鳴や叫び声で、獣がどんどん興奮状態になっているはずです」
女性軍人の言葉に、上官である東雲力は厳しい顔をした。
「獣はこの近くに必ずいる。全員、武装の解除を」
指示を受け、隊員たちは肩に担いでいた武器を下ろす。
ヴァイオリンなどを入れるケースに似たそれは、グリーン・バッジにのみ所持を許された、前時代の叡智。
「安全装置解除。装備システム起動、一式・中距離射撃」
ハンドルのスイッチを押せば、それは見る見る形を変えていく。
わずかな機械音を鳴らし、まるでパズルをはめ込むように、組み替えるように。それは、あっという間に銃の姿に変わる。
『デカくでゴツい』と表現するのがぴったりだろうか。だが見た目ほど重くはなく、女性の腕力でも十分に長時間の戦闘が可能である。
その武器の名を、失われた叡智。
文明が衰退する以前、第四次世界大戦時代に使用されていた兵器。
火薬や弾丸を必要とせず、空気中の粒子と静電気を利用していると科学者たちは見解を述べているが、その緻密なギミックは解明されていない。
この世に存在する武器の中で、最も強い威力を持っている。大型の危険生物や石造りの建物を破壊することも可能だ。
その威力こそが、世界を崩壊させた原因の一つでもあった。
「出力最小限。近隣の住民が被害を受ける可能性がある」
手動で操作をすれば、砲撃の威力を調整することができる。銃身に備えられたレバーを操作して、威力下げた。
そのタイミングで、近くから悲鳴が聞こえる。
「見つけ次第射殺! 行くぞ!」
東雲の指示で、全員銃を構えて走り出す。
悲鳴を頼りに角をいくつか曲がると、件の獣が若い女性を襲おうとしていた。
銀臣は滑るように膝立ちの体勢になり、最初の一撃を入れる。弾丸のように放たれる砲撃は獣のこめかみに命中した。
ギャッと不気味な悲鳴。
獣は女性から視線を外し、脅威であろう人間たちにぐりんと首を振る。真っ赤な双眸がギラリと光った。
「くそっ、当たったのによ」
悔しそうに吐き捨て、銀臣はまたも構える。
が、一瞬早く獣が動いた。
巨体からは想像もできない速さで一番近い軍人まで走る。
「!」
軍人は驚きながらも、冷静に失われた叡智を構えた。何発が連射する。
しかし獣は、まるで雨に打たれただけとも言いたげに気にもしない。当たっても、薄っすら皮膚を裂くだけだ。
「威力を上げるんだ!」
東雲の指示に反応して、軍人は慌てて威力レバーを調整しようとする。
その軍人を頭から飲み込むという衝撃の光景に、場が凍った。
獣が歯に力を込めればガリンと不気味な音がして、手がぶらりと力無く垂れた。
「あっ、あぁ……」
ほど近い場所にいた女性軍人が、錯乱しそうになった気持ちを一瞬で持ち直して獣に銃口を向ける。
さすが世界最高の部隊と言われるだけあって、グリーン・バッジの隊員は逆境に強い。
「このっ」
威力レバーを『一』から『三』に上げて、女性軍人は発砲した。
獲物を咥えたままの獣の胴体部に当てる。
獣が咆哮のような悲鳴を上げた。
威力を上げたことにより、血が飛ぶくらいの傷は負わせた。だが、致命傷には至らないようだ。獣はしっかりした足取りで動く。
また飛びかかってくる気かと警戒したが、獣はさっと建物の影に逃げ込んだ。
慌てて追うが、もうその姿は無かった。
◇◆◇
穂住町・レストラン街付近
「おれ、グリーン・バッジが戦ってるとこ見たい!」
「ちょっと、あぶないよ!」
一人の男の子が、女の子の制止を振り切った。
避難していく人々と逆方向に走り出そうとする。
だけどその小さな手を、掴んで強く引き止める手があった。男の子が驚いて顔を上げると、母親たちがよく噂しているレストランの従業員だ。
「ダメだよ、これは遊びでも避難訓練でもないんだから! 一緒に逃げよう!」
「うるせぇんだよオカマ!」
男の子はその手を思いっきり振り払う。
「母ちゃんたちが言ってたぞ、男のくせに女のカッコしてて変だって! あそこの店長はダンショクカだって!」
振り払われた方__奈都は、固めた拳を男の子の脳天に食らわせた。
「いってええぇぇぇぇぇ」
「そんなんで私が傷付くと思ってんの? 言われ慣れてんのよそんなこと。だけどね、店長さんや私の周りの人を悪く言うのは許さないからね!」
頭を押えて蹲った男の子が涙目になりながら見上げた奈都の顔は、悲しんでも傷付いてもいなかった。鼻をフンと強気に鳴らしている。
「ボウリョク女男! 誰がお前の言うことなんか聞くかよ!」
「あ、待ちなさい!」
負けじと、男の子は舌を出してから走り出す。もはや意地になっていた。追おうと一歩を踏み出して止まった。
あっという間に小さくなっていく背中と女の子を交互に見て、女の子の前に膝をつく。
「先に避難所に行ってて。あの子は必ず連れ戻してくるから」
「うん、わかった」
「もし避難所で、大志って警察官が私のこと捜してたら『心配しないで』って伝えて。私は奈都っていうの」
「ナト、タイシ」
確かめるように二人の名前を繰り返す女の子に、奈都は優しく頭を撫でる。
「お利口さんね。すぐ私も追いつくからね。走って」
「うん!」
女の子は一度、力強く頷いてから走った。
それを見届けて、奈都は逆方向に急ぐ。男の子が消えて行った角を曲がった。
恐怖を必死に押し込めて走る。なんとなく血の匂いが濃くなったことには、気づかぬふりをして。
◇◆◇
グリーン・バッジが再び獣と接敵したのは、町の中心から少し離れた住宅街。
獣は獲物を探して鼻を膨らませているところだった。
「威力を五まで上げます!」
女性軍人の一人がレバーを五に持って行き、銃口を獣に向ける。
獣の体の向こうにある窓のカーテンが不自然に動いた。
「! ダメです、後ろの建物に人が残ってる!」
「っ!」
銀臣の焦った声に、女性軍人もすぐに反応して発砲をやめて銃口を上に向けた。
そうしているうちに、獣は大きな体ですいすいと路地を走り抜け姿を消す。
「住民の避難が完了しないとやりにくいですよ、東雲さん」
「あぁ……」
追いかけながら、銀臣が舌打ち混じりに文句を言う。東雲もそれには素直に頷いた。
威力が低ければ獣を倒せず、高ければ外した時の被害が甚大なものになる。
「これではこちらが翻弄されるだけか……」
それに獣は、知能も高かった。
オーパーツが脅威であるとすぐに見抜いたらしい獣は、同じ武器を持っている軍人を見かけると下手に仕掛けてこない。すぐに建物の影に隠れ、やり過ごそうとする素ぶりもあった。
本当は車に搭載された無線機で他の部隊とも連携を取りたいところだが、狭い路地の多い片田舎の町ではむしろ邪魔にしかならない。
連携が取れていないと獣の正確な位置も把握できないし、他部隊が獣と接触した時にすぐに駆け付けることもできないのが現状だった。
「こういう時あれよね、携帯できる無線機あるといいのに」
「あぁ、昔はあったんでしたっけ」
「それだけじゃのよ。画面の付いた電話とかもあって、離れた人の顔が見ながら話せたの」
「なんすかそれ、想像もできないんすけど」
女性軍人と銀臣の話に、東雲も「軍で開発中だと聞くが、早々に実装してほしいものだ」と頭の隅で考える。
東雲は考え、銀臣に向き直る。
「柴尾、お前は上に行け。俺たちが獣を広い場所へ追い立てる。獣を発見次第、発煙弾で知らせる」
「了解です」
指示を受け、銀臣は銃を構えたまま走る。
見上げながら、最適な場所を探した。田舎故か目立つような高い建物は無いが、あの辺りかと見当を付けてそこへ向かう。
途中、町の避難所である役所の広場を通り過ぎた。
そこでは警察官に誘導されて、住民はシャッターで守られた役所へ入っていくところだった。
若い警察官が一人、続々と到着する住民の顔を確認しては焦ったように辺りを見渡している。
落ち着きなく人の顔を確認している警察官を、女の子がじーっと見つめて一言こぼす。
「タイシ?」
「え?」
見知らぬ女の子に名前を呼ばれ、彼は女の子の前にしゃがんだ。
その反応で女の子は、若い警官がタイシだと察して言葉を続けた。
「ナトちゃんが、タイシに心配しないでって」
「え、どういうことか詳しく教えてくれる?」
女の子は、ここに来るまでの経緯を話す。
大志はどんどん表情を曇らせ、女の子の話が終わった瞬間、走り出した。
◇◆◇
立ち入り禁止の看板が掛かった、金網に囲われている扉を蹴り破る。カンカンと甲高く鳴る、建物に外付けされた階段を駆け上がった。
屋上への扉を乱暴に開け、銀臣は町を見渡す。
パシュッと乾いた音が微かに風に乗って耳に入ってくる。その方向に目を向ければ、発煙弾の煙が一本上がっていた。
銀臣はすぐにギリギリまで屋上から身を乗り出し、銃口を煙の立ち上がった方へ向ける。
「装備システム変更。二式・長距離射撃」
失われた叡智を操作すると、それはまたも形を変える。
銃身が伸び、中距離射撃用の照準器が中に取り込まれる。代わりに望遠鏡機能を持つ光学照準器が現れた。それを覗けば、標的がアップで映る。
東雲たちに広場まで追い立てられている獣が、出店や看板を倒しながら走っていた。
「標的ロック。距離八.四五。南南東から風速三メートル」
それらは、全て失われた叡智が自動で計算する。
気温や湿度、標的との高低差までもが、わずか一秒にも満たないうちにスコープに表示される。
「オートメーション良好。風速調整完了。標的自動追尾。外界情報スキャン。手ブレ補正完了」
風速や手ブレも自動で補正し、実質のところ狙撃手は引き金を引くだけでいい。
現在、国に存在する物の中で最も精度の高い狙撃銃であり、狙撃手を選ばず命中率を上げる機能を全て備えている。引き金を引くタイミングさえ、オーパーツが割り出してくれるのだ。
「もっと高い建物ねぇのかよ田舎は……」
ただし、周りの環境に左右されるのは普通のことだが、当たり前だった。
突出して高い建物の無いこの町では、他の建物が邪魔をして視界が悪い。建物の影が無くなるわずか数秒のチャンスを掴まなければならない。
細く長く息を吐く。
失われた叡智の指示を待ち、静かな時間が流れた。一瞬も気を緩めず、神経を研ぎ澄ませる。
覗いたスコープが赤く点滅する。ピピピピピと鳴った。
引き金に掛けた指に力を込める。ピーーーと音が伸びた瞬間に引き金を引く____はずだった。
スコープの中に映った獣の端に、子供が飛び出した。
咄嗟に銃口を少し外して撃つ。獣の足に当たり、血が飛び散ったのを確認すると画面には『LOST』の文字。獣は再び建物に隠れてしまった。舌を打つ。
「避難完了してないのかよ……警察はなにやってんだ」
だがこの先を行くと、広場がある。
東雲たちがそこまで獣を追い立ててくれれば、今度は必ず仕留められるはずだ。
そう思ってじっと待つが、いつまで経っても獣も東雲たちも広場に現れない。
不審に思った銀臣は射撃モードを解除し、赤外線センサーに切り替える。
大きな影を探す。それは広場よりずっと手前で、おそらく東雲であろう男が子供を庇って獣の前に飛び出した。前足で突き飛ばされ、男は動かなくなる。
それから、すぐ横の女にも襲い掛かる。恐らくさっきまで一緒にいた女性軍人だ。
「くそっ!」
銀臣はすぐに射撃体勢を解いて、立ち上がった。
登ってきた階段を急いで降りる。
◇◆◇
女性軍人が発砲しようとした時、獣が一足先にそれを叩き払った。
鋭くて太い爪に、女性軍人の腕は裂かれる。飛んで行ったオーパーツが建物の壁に当たり暴発。ちょうどその下にいた子供を下敷きにする。
女性軍人の首を食いちぎっていた獣が、その声に反応してぐるりと首を振った。
「う、え……」
子供はあまりの恐怖に声も出せず、ただ獣の目を見ていた。目を逸らした瞬間に襲われると、なんとなく思ったのかもしれない。
だが、獣は一歩子供に近づく。
ヒッと息を吸い込む悲鳴を上げて、子供は助けを求めて辺りを見渡す。
既に近隣の住民たちは逃げてしまった後だった。遊びに行くと家を出てきてしまったので、母親は自分がどこにいるか知る由も無い。子供は「助けてぇ」とぼろぼろと涙を流す。
獣が一歩、一歩と土を踏む音を聞きながら絶望にくれていると、人の気配がした。
「大丈夫よ、助けるから、大丈夫だからね」
肩まである栗毛色の髪。薄い体だが背丈のある体。口調は女そのものなのに、声は男。
自分を馬鹿にしたはずの子供を、必死に助けようとする人の良さそうな顔。
「奈都、なにやってんだ早く逃げろ!」
「ダメッ、子供が瓦礫の下に……!」
奈都は、手入れしているだろう綺麗な爪をボロボロにして、瓦礫と看板を退かそうとしていた。その後ろから警察官が走ってくる。
「二人ならどかせるかもしれない、大志も手伝って!」
「くそっ……!」
吐き捨て、大志は持っていた拳銃を腰に仕舞った。
子供の背中を押し潰している一際大きい瓦礫を、二人で持ち上げようとする。ほんの少し浮くだけで、子供を助けるには至らない。
大志は背後を見た。
獣は、真っ直ぐ向かってきている。何度も攻撃を受けた獣は気が高ぶっていて、攻撃的になっていた。
「奈都、もうダメだ逃げるぞ!」
「ダメだよ、この子が狙われる!」
「いいから! このままこうしていても全員食われるだけだ!」
「じゃあどうすればいいの⁉︎ どうするって言うの!」
「どうにもしないしできないだろ! 人助けする前に自分のこと考えろよ、だいたい俺はお前を連れ戻しにき__……!」
言い合っていると、黒い影が覆いかぶさるように襲い掛かった。
大志は咄嗟に銃を抜いたが、間に合わず一撃を食らう。
獣の前足が、大志を叩き飛ばした。幸いにも爪は当たらず大怪我はしなかったが、力強いそれに三メートルは飛ばされた。
なんとかギリギリで受け身を取ったが、銃は落としてしまう。獣の足元に転がっていた。
獣は大志には興味が無いらしく、すぐに奈都と子供の方を向く。
獣の習性によるものなのか、最初に食べた人肉が女性と子供だったのでそれ以降女子供ばかりを狙っている。
獣はギョロリと子供と奈都を見下ろした。
子供はヒッと息を飲む。あまりの恐怖に声も出ないようだった。
「なにやってんだ逃げろ!」
大志は叫ぶ。奈都に向かって。
しかし奈都は、呆然としたまま動かない。いや、動けなかった。
「こ、腰、が……」
震える足が上手く動かなくて、立とうとして何度もペタンと腰を落とす。
あと数歩で奈都に届くところまで来た獣は、口を開けた。そこからダラリと涎が垂れる。少し赤い色が混ざっているのは、さっきまで食べていた人間の血だ。
「くそっ……!」
大志は辺りを見渡す。
銃は獣の足元。そもそもあんな銃の威力では、獣の気を引くことさえできない。周りに人はいない。グリーン・バッジの軍人が倒れているだけだ。
そこで、ある物に目がいく。
うつ伏せに倒れている軍人のそばに落ちている、失われた叡智。
大志はそれに飛びついた。銃のままの形をしたそれに。
冷静な判断ではなかったと、後に彼は思う。
適性者でもない自分がオーパーツを持ったところで発砲できるわけない。普段の大志なら失われた叡智を手に取るなんて、真っ先に選択肢から外す。
焦っていた。とりあえず武器の形をしたものを手に持ちたかったのかもしれない。
「動け!」
だけどそれは武器の形をしているだけで、大志にとってはガラクタと同じだ。
「頼む動いてくれ! 一回だけでいいからっ!」
叫ぶように怒鳴りながら、失われた叡智を獣に向ける。
トリガーを引いてもカチカチと空ぶるだけ。
そうしている間にも、獣は奈都に近づいていく。勝利を確信した獣は、どこか余裕げにも見える態度だった。
「頼む……」
何度も何度もトリガーを引く。
「頼む頼む頼む、頼む」
また、目の前で失う。失ってしまう。一年前のように。
その恐怖が大志の全身を這い回った。
「頼む」
それでも、手の中の物は動かない。
またも自分の無力を知った。彼は。
なぜいつも助けられないのだろうと、頭のどこかで考える。
べつに世界中の人を助けなくていい、困っている人を助けられなくていい、見ず知らずの人を助ける英雄にさせてほしいなんて言ってない。
ただ、自分の家族だけ。自分の周りのほんの少しだけを守れるくらいの力でいいのに。
たったそれだけの力でいい。特別な力なんていらない。
それとも誰かを守るには、特別な力がないと無理なのか。特別な人間じゃないと家族すら守れないのかと、大志は苛立ちを募らせる。
そしてそれを。その思いを全て込めて、思いっきり叫んだ。
「動けっ‼︎」
起動音。
オーパーツが息を吹き返すように淡く光る。よくわからないが、それはオーパーツが『使用可能』な状態であると、なんとなく思った。
それに信じられないと呆然とするよりも、大志の体はすぐに動く。
獣に向かって、銃口を向けた。
「威力を上げろ!」
今まさに引き金を引こうとした時、横から声が飛ぶ。
視線だけをそこに持っていくと、銀髪の青年が遠くから走って来るところだった。
「右横の銃身に威力を調整するレバーが付いてる! 最小出力じゃソイツを倒せねぇ! レバーを五と六の間に設定しろ!」
青年の指示通り、レバーを設定し直す。
もう一度構える。
射撃はあまり得意ではないが、なぜかこの時は外さない自信があった。
引き金を引くと、轟音と共に銃口から稲妻のような光が放たれる。咄嗟のことで正しく射撃の姿勢が取れていなかった大志は、発砲と同時に後ろへ倒れ込んだ。
だが砲弾は正確に、真っ直ぐ獣の体を貫いた。
飛び散る血と内臓。獣は頭と腰から下をわずかに残し、後は粉々に散る。
彼らにしか所持を許されず、彼らしか使えない。
それは、失われた叡智を使えるのは、その血筋を守る者だけという意味だ。
前時代、強力すぎる武器を開発した先人たちは何を思ったのか、その技術が仮に漏洩しても使えないようにある工夫を施した。
失われた叡智を使う為に『人間の血液』まで改良したのだ。
失われた叡智の引き金部分に特殊なセンサーが付いていて、そこでDNA情報をスキャンして使用者を選別しているという。
彼らはあり得ない遺物と呼ばれ、兵器は彼ら込みで、オーパーツと呼ばれる前時代の遺物だった。
ならばその技術を活かして、失われた叡智の適性者を増やせばいい。
そう思うかもしれないが、オーパーツに関わる技術資料は全て大戦の戦火の中に消失した。その血筋を意図的に増やすことは、現在では不可能なものになった。
だが稀に、大志のような人間が現れる。
自分で撃っておきながら信じられないという顔をしている大志に、青年、柴尾銀臣は呆然と呟いた。
「突然変異……」
それは、あり得ない遺物の血筋でなくとも失われた叡智を使える者の総称。