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革命のエチュード  作者: 佐藤あきら
15/17

プロローグ2 帝都・皇室側

「ちょっと、ここにはもっとレースをあしらってって言ったはずよ!」

「も、申し訳ありません、菊乃きくの姫殿下」

「何度も同じことを言わせないでちょうだい、生誕祭まで時間が無いのに!」

 頭を深く垂れる従者を睨みつけてから、皇女こうじょ・菊乃は苛立たしげに「まったく……」と吐き捨てる。

 神経質そうな目で下がる従者たちを見送る。それから鏡の前に立つ人物に視線を移して満足気に微笑ほほえんだ。

素敵すてきよ、サクラ」

「ありがとう」

 全身鏡の前に立つ人物、皇女・サクラは優美に笑ってみせる。

 すると、パッと周りがはなやいだ。皇女の世話係である女官じょかんたちがほぅとため息を吐いて見惚みほれる。

  一週間後にひかえた生誕祭のパレードで着る、国中の若い娘をとりこにするであろう豪華なドレス。優しいコーラルピンク色のドレスには、レースやリボンがふんだんに使われている。体の線に沿ったデザインのドレスが、ほっそりした腰を強調しているがそれでいて上品だ。

 上から下まで何度も視線をやった菊乃は、う〜んとうなる。

「でも首元がさびしいわね、もっと大きな首飾りを用意させましょう」

 大きく開いたデザインの首回りは、確かに今のアクセサリーでは物足りない印象を受けた。菊乃はさっそくドレス係にもっと大きな宝石を用意するように言いつける。

 それをサクラがやんわりと止めた。

「大丈夫よ、菊乃。去年の物があるし」

「なにを言ってるの、皇女が去年のものを身につけるなんて! あなたは貴族の娘たちのファッションリーダーなのよ。古臭いって馬鹿にされてしまうじゃないの」

 おっとりと笑う少女に、菊乃は眉をひそめて一蹴いっしゅうした。さっさと用済みとなったアクセサリーを首から外して、鏡台の上に捨て置く。

 それを見て、サクラはバツが悪そうに眉を垂れさせた。

「でも、今年はもう夜会用の服を三十二着も作ってしまったもの。アクセサリーまで新しいのを用意させたら、無駄使いと怒られてしまうわ」

「夜会と生誕祭の衣装は別物よ。一等いっとう豪華にするべきだわ。皇女のあなたがお金のことを気にするなんて貧乏くさいわよ」

 サクラの意見には耳をかたむけず、菊乃は彼女の肩を押して鏡台の椅子に座らせる。

 それから、サクラの腰まで垂れる輝くブロンドを両手で持ち上げた。

かみはどうする? わたくしはアップにしてもいいと思うのだけど、あなたは髪が綺麗だから流してもいいわよね」

「私、お洒落しゃれはよくわからないの。菊乃のセンスにお任せするわ」

「任せて、国一番の美女にしてあげる」

 仲良く笑い合う、姉妹のように育った二人の皇女。

 皇位継承権第一位、この国の次の最高指導者となるサクラは、今は亡き前皇帝を父親に持つ。

 父親は開拓地かいたくちへの視察中、落盤らくばん事故により亡くなった。まだ幼かったサクラに代わり、退位した父親の親__サクラの祖父である現皇帝が表舞台に戻った。

 皇位継承権第二位である菊乃は、サクラの従姉妹いとこにあたる。

 菊乃の父親も病気が原因で、随分前に亡くなった。それもあってか、二人は昔から支え合うように生きてきた。

 おっとりしているのんびり屋のサクラと、仕切りたがりでせっかちな菊乃。一見正反対のようだが「本当の姉妹よりも仲が良い」と、宮廷中の評判だ。

 二人が鏡の前でああでもないこうでもないと話していると、鏡越しに部屋の扉が開くのが見えた。


姉上あねうえ、サクラ様。準備の進み具合はいかがです?」


 入って来たのは、少年と青年の間のような男。

 だが立ち振る舞いやひとつひとつの所作しょさが洗練されていて、街場の同年代の少年たちとは全く雰囲気が違う。線の細い、整った上品な顔立ち。

 部屋にいる女官たちが顔を赤らめながら頭を下げる。だが菊乃は、ジトッと少年をにらんだ。

「ヒイラギ、レディーの着替えている部屋にノックも無しに入るとは何事なにごとなの」

「申し訳ありません、姉上。はやくサクラ様の晴れ着を拝見したく……」

「いいのよ、あなたの意見も聞きたかったの。どうかしら、このドレス」

 サクラが、ひらりとスカートをひるがえして振り返る。少しすそを持ち上げた。ヒイラギはそれに、まぶしそうに瞳を細める。

「優しい桜色が、貴女あなたにとてもよくお似合いです。どんな男も貴女に夢中になってしまう」

 ヒイラギは乗馬用のグローブを外しながら颯爽さっそうと歩き、サクラの目の前で止まる。スマートに彼女の片手を取って、手のこうに口付けた。

 サクラも慣れたようにそれを受け入れて、にっこりと笑う。

「ありがとう。どこも変じゃないかしら」

「とんでもない。宮廷中に貴女の寵愛ちょうあいを受けようとしている男がいるのに、この様子では私は国中をライバルにしてしまいそうだ」

 歯の浮くようなセリフも、ヒイラギが言えばさまになってしまう。

 洗練された雰囲気か、または独特の美貌びぼう故か。しかしやはり、サクラは慣れたように「ありがとう」と返す。

「でも、少し豪華すぎではないかしら?」

「今年の生誕祭はただの生誕祭じゃないのよ、国中の印象に残るような綺麗なよそおいをしないと。ほら、とってもお似合いじゃない」

 菊乃がヒイラギの背を押し、サクラの横に並ばせる。

 鏡の中に華やかな美を持つ男女が映る。誰が見ても釣り合いの取れた上流階級の初々しい若夫婦だ。女官たちもうっとりと見惚れている。

 サクラの生誕祭に合わせ、皇位継承権第三位、菊乃の実弟じっていであるヒイラギとの婚約が全国民に発表される。

 ヒイラギが生まれた日に親同士が決めたものだ。今となっては現皇帝がとても乗り気で、サクラが二十歳になる今年を心待ちにしていた。

 ヒイラギは照れたように笑った後、少し下の位置にあるサクラの顔を愛おしそうに見つめる。

 それからうやうやしく頭を垂れた。

「未来の女帝、サクラ姫殿下。貴女の生まれた日に、私は部屋を埋め尽くすほどの薔薇ばらの花をプレゼント致します。色はなにがよろしいでしょう」

「ありがとう。でもあまり気を使わないでいいのよ」

 困ったように笑うサクラに、菊乃が「照れなくてもいいのに」と揶揄からかう。それからヒイラギに向かった。

「ほら、そろそろ下がりなさい。あなたの花嫁はまだ決めることが山ほどあるの」

「失礼しました。では当日、楽しみにしております」

 洗練された所作で一礼をして、ヒイラギは部屋を出て行く。

 それを確認してから菊乃は手を鳴らして、女官たちを集めた。

「さぁ、まだまだ衣装の手直しが必要よ。急いでちょうだい」

「はい、姫殿下ひめでんか

 菊乃はサクラの衣装係を呼んで、ドレスのデザイン画に文句を付けている。

 誰の注意も自分に向いていないことを確認して、サクラは再び鏡の中を見た。

 豪華なドレス。生誕祭が終わればすぐに脱ぎ捨てて、二度と着ることもないのだろう。そしてすぐ、今度は純白の花嫁衣装の用意に入る。

 結婚なんて、世の女性が人生で一番幸せな時間のはずだ。なのに鏡の中の自分の顔は、ちっとも嬉しそうではない。


「結婚、か……」


 うれいをたっぷりと含んだ声は、誰にも聞かれることなく溶けて消える。


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