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革命のエチュード  作者: 佐藤あきら
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エピローグ 地方・天使と共に世界の隅で

 真昼まひるは満足そうに笑っていた。

 ジャラジャラと金銀ダイヤの装飾がほどこされたアクセサリーを身に付けて。

 数日前に襲った領主館から少しばかり持ってきた、当面とうめんの資金にする為のものだ。

 豊かな自然をたたえる草原の中を、その人工的なきらびやかさが歩いている様は妙にミスマッチだった。

「次の町でこれ売って、ウマいもの食べましょうよ!」

 どうやら真昼はアクセサリー類には魅力を感じないらしい。嬉しそうにしていたのも、それが今回の自分の行いの成果であり、売れば美味しいご飯を食べられると思ってのことだった。

「それは活動の資金源だっつってんだろ」

「いいね、みんなも誘って楽しもうか」

 すかさず男が真昼の認識を訂正したというのに、白い髪の青年はほがらかに笑って同意してしまう。

 男が苦言をこぼすが、青年も真昼も誰も聞きはしない。自由人ばかりの組織に、男は頭を抱えた。

「そういえば、かなり火が上がったけど、あれはカズミが?」

 青年はのんびりと笑って隣を歩く男にたずねる。

 数日前、目に焼き付くほどの炎を上げて燃えていった豪華な屋敷。青年の予想では一晩中燃やさないと焼け落ちないかと思ったが、屋敷は火を投げ入れたらあっという間に燃えた。

 そういう配線に詳しいカズミの仕業しわざかと思っての質問だったのだが。

 それに答えたのはカズミではなく、真昼だ。

「オレっす! ガソリンいっぱい使いました!」

 なにがそんなに楽しいのか、陽だまりのように真昼は笑う。

 それにやはり微笑んで返して、青年はゆったりと人差し指を口元に持っていく。

「それ、カズミに怒られるよ。小さい声で言わないと」

「もう怒られたから大丈夫っす!」

「なにも、大丈夫じゃない、バカ、ほんと、バカ」

「バカバカ言うなよー!」

 横から会話に入ってきたひょろりと背の高い少年は、たどたどしい口調だが親しみを感じる声色だ。

 彼は真昼と歳が一番近いからか、仲が良い。真昼がこぶしを振り上げて追いかけると、さっさと逃げていく。

 その背中を見送ってから、カズミは青年に呟いた。

「………意外だったぜ」

「なにが?」

「お前が領主を殺さなかったことだよ。まさか扇動せんどうのネタにするなんてな」

「あぁ、最初は斬ってしまおうと考えたのだけどね。少し興味が湧いて」

「復讐のチャンスを与えたら、人は本当に復讐できるのか……か?」

 青年は笑ってもくす。それを肯定と受け取って、カズミは続けた。

「ったく、お前はいつも突拍子のねぇことを……」

「古代のある英雄は言った。人を動かす二つの梃子てこは、恐怖と利益である」

 突然、青年が口を開いた。

 まるで御伽噺おとぎばなしを聞かせるように。

「だけどもし、恐怖と利益の二つが同時に存在したら? 単純に考えて、梃子が二つ重なったのだから人は動くのだろう。げんに村人たちは、『自由』という利益の為に領主を殺した。だけど同時に、恐怖もあったはずなんだ。人を殺す恐怖。今の生活を捨てて、波乱の渦に自ら飛び込む恐怖。もしかしたらもっと辛い未来が待っているかもしれない恐怖。その先に、かすかに見える『希望』という利益。もし二つを同時に感じたら、人はどう動くのだろうと思ってね」

「おい、頭の悪い俺でもわかるぞ。それは『恐怖』の種類が違うだろうが」

「人を無理やり動かす恐怖と、人を踏み止まらせる恐怖。種類は違うが感情に違いはない。人は、自分が思うほど『恐怖の種類』を敏感に感じ分けられはしないと、僕は考えているんだ」

「結果はお前の望み通り、利益は恐怖に勝るってか?」

「僕はそれを望んだのだろうか? よくわからないけど、なんだか満足している気分ではあるよ」

 言葉の通り、今日の青年は清々(すがすが)しい顔をしている。

 いつもの完成されたきよい微笑みではなく、人間くさい生気を感じさせた。

 人間なのだから当たり前だ、なにをバカなことを考えたのだろうとカズミは思い直す。

 そこでふと、ある疑問が生まれる。

 世間話の延長のような口ぶりで、なんて事の無い風を装って聞いてみた。

「なぁ、お前は()()()()に来る時、恐怖を感じたのか?」

「…………さぁ、どうだったかな。それもよく覚えてないや」

 青年は少し考える素ぶりを見せたが、次の瞬間には笑っていた。

 れていく世界で、夜に変わっていく世界の中で、わずかに残った陽の光を反射する白い髪を風に遊ばせて。

 彼は、まるで見守るように世界を見る。

「村人が、お前を英雄だの天使だの言ってやがった。とんだお笑いだぜ。こんな物騒なモン振り回す天使がいるかっての」

 青年の持つ日本刀を横目で見下ろし、吐き捨てる。

 コイツは天使でもなんでもない、武力で解決するただの人間なのだという意味を込めて。


「神は天使を地上へ送り、アッシリア軍十八万五千を滅ぼしたのさ。神だって戦争の為に武器を持つものだよ」


 だけどカズミの思いとは裏腹に、青年はうたうように語る。

「あっしりあってなんですかー?」

 いつの間に戻って来ていたのか、二人の間から真昼がひょっこりと顔を出す。

 青年は優しげに語り聞かせた。

「古代書の中に登場する国の名だよ。実在したのか架空のものなのかは、今のところ解明されてないけどね」

「へぇー! さすが兄貴は物知りっすねー!」

「というか、真昼が、バカなだけ」

「あっ、また言ったなー!」

 真昼と少年は、飽きもせずまた走り出す。

 年齢のわりに落ち着きの無い真昼が、夕焼けに染まる草原を自由に駆ける。なんのかせもない子鹿のように。

 だけど、十六歳なんて本来はあんなものかもしれないと思った。大人になる必要なんて無いし、毎日体力が尽きるまで遊んでいるのがあるべき姿なのかもしれないと。

 ならやはり、この世界は間違っている。カズミはそう思った。

「兄貴ー! カズさーん! 競争して帰りましょーー!」

「パス」

「えーーーー!」

「いいね、走ろうか」

「って、オイ」

「やったー!」

 楽しそうに笑う青年は、カズミの制止も聞かず駆け出す。

 真昼と少年もどんどん遠くへ行ってしまう。青年はそれを追って、髪を乱して走った。

「おい!」

 その背中に、カズミは声を掛ける。

 青年はすぐに、くるりと軽やかに振り返った。

「お前、本の引用やら知識やらじゃなくて、もっとテメェの言葉でしゃべりやがれ!」

「ははっ」

 子供のような笑顔。

 群衆の前で見せていた、英雄になってしまうような神聖な顔ではなくて、ただの一人の人間の顔だった。



「僕は今、僕を探している最中なのさ!」



 心底楽しそうな声が、世界のすみで響く。

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