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革命のエチュード  作者: 佐藤あきら
1/17

プロローグ 処刑台の上の天使

 ある日、天使が処刑台の上に降り立った。

 そして微笑み、啓示けいじを告げる。


「ある劇作家げきさっかは言った。誰も発砲はっぽうすることを考えないのであれば、たまの入った銃を舞台に置いてはいけない」





 帝都ていと

『古代1900年代初頭のヨーロッパ』のような街並まちなみを参考にしたここは、世界一の美しさをほこる。『田舎いなかから出て来た者がまず始めに行うのが感嘆かんたんいきだ』と言われるほど。

 だが『ヨーロッパのような』と言われても、古代の写真などほとんど現存していないので、実際のところはどうなのか知らない人間ばかりだろう。

 広大な面積を誇る帝都の、片隅かたすみ。ここも一応帝都内だと言われても信じられないほどの田舎町。



 そこが、少年・宮本大志みやもとたいしの住む場所だ。



 黒髪に顔もそこそこ。背も飛び抜けて高くない、どこにでもいるような十六歳の少年。

 そんな少年が何をしているのかと言うと。

ここのつの罪状により、この者を絞首刑こうしゅけいに処す!」

 広場で、処刑台の護衛をしている。

 帝都警察に所属する、階級は巡査。まだまだ未熟な、警察のあかしである紺色こんいろのスーツが馴染なじまない新人。それが大志の肩書きだった。

 普段は町のお巡りさんをしている。

 今日は非番だったが、先の反乱軍との戦闘で欠員が出たためにこうして処刑台の下で待機している次第だ。新人には処刑台の警備などはよく割り振られるので、別段驚いてもいない。

 高い位置に設けられた処刑台には、五人が首に縄をくくられて立っている。

 そして処刑台へと続く階段には、罪人たちで構成されたれつが続いている。その数が、国の不安定さを物語っているようだった。


 この全員が、国の圧政に苦しみ打倒皇帝をくわだてた反乱軍なのだから。


 大志は銃を手に周りに目を光らせる。処刑をスポーツ観戦のように見物けんぶつする大衆たいしゅうの中に、異様な様子の者はいないか。

 わいわいがやがや。そんな擬音ぎおんが飛び交う。

 友人知人隣人と好き勝手言い合う喧騒けんそうが、ふと止んだ。

 大衆の視線は誰も彼も上を向いている。固唾かたずを飲んで見守るその姿に、大志は視線を彼らと同じ方へ持っていく。

 処刑人がご丁重に全員分の罪状を読み上げてから、レバーにゆっくり歩み寄った。

 あれを引けば、罪人の足下あしもとの床が外れて首をめる。数分間は吊る下げて、ピクリとも動かなくなると車の荷台に投げ入れられる。

 それでさっさと火葬なりなんなりすればいいものを、国家反逆の罪の者は再び縄で吊るされて広場に展示されるのだから胸糞むなくその悪い話だ。


「これじゃ、どっちが罪人ざいにんなんだかわからないわね」


 大志の隣で、少女が心底不愉快そうに眉を寄せて吐き捨てる。

 大志とは違い黒いスーツを着た少女。それは軍人の証。低い位置で二つに縛った長い髪と、気の強そうな瞳。実際に気も強い。

 彼と同い年の幼馴染である七瀬ななせハルカは、侮蔑ぶべつとも取れる眼差しを処刑台に送る。それから、それを見物している裕福層の連中にも。

「おい、上官に聞かれたらヤバイぞ」

 大志は小声でたしなめた。

 少し離れた位置にいる軍組織の上官は、罪人に「さっさと歩け!」とりを入れている。どうやら若手わかての護衛の勤務態度に気を配るほど繊細な人では無いと判断して、大志はこっそり息を吐いた。

「こんなの、ますます国民の怒りを煽るだけよ」

「お前、口に気をつけろって。軍人になったんだからある程度は覚悟してたはずだろ」

「私が軍人になったのは秩序ちつじょを守りたかったからよ。今やってることなんてただの虐殺ぎゃくさつじゃない」

「虐殺によって守られる秩序があるって信じられてるから、法や国家があるんだろ」

「私、アンタのそういうところキライ」

「……そうかよ、そりゃどうも」

 そっぽを向いて機嫌を損ねるハルカに、大志は言い返さなかった。

 今の声のトーンはわりと本気で怒らせたと察したからだ。これでなんやかんや言い訳を述べればますます不機嫌になっていくので、黙るに限ると口を閉じた。大志は幼馴染との付き合い方を学んでいる。

「アンタだって、国の為を思って警察になったんじゃないの?」

 黙った大志に、ハルカは問い詰めるように続けた。

「別に」

 大志はなく即答する。

「軍人よりは仕事が安全で給料も安定して入る。食っていくには、ここが一番良いと思っただけだ」

「は? ふざけないでよ。あんた、この国のことちゃんと考えてるの?」

「……そんなの、俺が考えることじゃない」

「……ホントそういうとこ、キライ」

「そりゃどーも」

 ふんと鼻を鳴らして、大志はそれきり本当に口を閉じる。

 軍に入隊して故郷を離れた隣の幼馴染は、強い眼差しで大衆に睨みをきかせている。まさか一緒に仕事をすることがあるとは思っていなかった大志は、横目でこっそりハルカを見た。

 意志の強そうな横顔。それは昔からちっとも変わらない綺麗なものだった。

(……この後、ひまなのか、コイツ?)

 久しぶりの再会。仕事の後に食事に誘うくらい何も不自然じゃないと、自分に言い聞かせる。

(二人きりを嫌がられたら、奈都(なと)も誘って……いや、二人きりを嫌がられた時点でヘコむな)

 冷静な顔の下で悶々と考える。

 そうして暫く無言でいると、場が一瞬ざわついたのがわかった。いよいよ処刑人がレバーを引くところだ。

 まるで罪人に見せつけるように、ゆっくりとレバーを少し傾けた瞬間。


「おい、なんだあれ!」


 大衆の一人が、空に向けて指を差していた。

 それに周りも反応して、次々に同じようなことを言う。あっという間に大衆の意識は、処刑台から空の上へと移った。

 大志とハルカも空を見上げる。

 真上に存在する太陽が目をチクリと焼いた。目を細めて、片手で傘を作る。

 そうしてジッと見ていると、黒い影がポツリと太陽の中に浮かぶ。

 それはどんどん大きくなり、徐々(じょじょ)に形を鮮明にしていった。

 大きな翼が、太陽の光の中で羽ばたいている。

 それだけならはぐりゅうが人里まで迷い込んだのかと思えたが、その上に人影があることで場の空気が一気に変わった。


「厳重警戒態勢! 人が乗ってる!」

「人が竜に⁉︎ 聞いたこともねぇぞそんなの!」

「実際に乗ってんだろうが!」


 大衆は何事かと動かずに空を見上げている。軍人と警察は銃を空へ向かって構えた。

 しかし引き金を引くより早く、高速で飛ぶ竜が低空飛行に入った。

 五階建て民家の屋根すれすれを飛び、処刑台の広場の上を横切る。

 竜はそのまま咆哮ほうこうを上げながら飛び去った。

 羽ばたく翼から生まれた暴風が、体を押すように流れていく。思わず上がった悲鳴すら飛ばしてしまいそうな風が一瞬で過ぎ去った後。



 空から、人が舞い降りる。



 軽やかに。竜の背中に乗っていたであろうその人物は、処刑台の上に着地する。すぐさまレバーに手を掛けた処刑人の首を落とした。

 悲鳴が上がる。絞首刑専用の処刑台の上には、ごとりと首が転がった。

 それから素早く、罪人の首に掛かった縄を斬る。乱入者の手に握られた、一振ひとふりの日本刀によって。

 深く被ったフードに、口元を隠しているので顔はわからないが、体格からして男のようだ。

 乱入者は刀で次々と手近な軍人を切り捨てて行く。

 処刑台の下に待機していた軍人が銃口を乱入者に向けた。


 乱入者がそれに反応する前に、一発の銃声が響く。


 倒れたのは乱入者ではなく、銃口を向けていた軍人の方。

 だが乱入者に銃を持っている様子は無い。まだ他にも仲間がいるのかと警戒すると、先程まで処刑台で首に縄を掛けられていた男の一人が、どこから取り出したのか縛られた手に銃を持っていた。

 小柄な男は、不機嫌そうな顔で弾の切れた単発銃たんぱつじゅうを捨てる。それからギロリと隣に立つ乱入者を睨んだ。


「おせぇ。このままてるてる坊主ぼうずになるかと思ったぜ」

「ごめんね、サチコが途中とちゅうで不機嫌になっちゃって」

「だから野良竜のらりゅうに名前を付けるなっつってんだろ。情が移るだろうが。しかもサチコってお前……」


 場にそぐわない呑気のんきな会話。乱入者は日本刀で男の縛られた腕をいた。

 状況的に考えれば、銃を撃った小柄な男は乱入者の仲間で、乱入者は助ける為に来たと見えなくもない。が、小柄な男に感謝するような素振りは無かった。

「何者だ! 武器を捨てろ! 両手を上げて地面にひざを付け!」

 軍人の警告を無視して、小柄な男は処刑台を飛び降りる。

 そでの下に隠したナイフを投げれば、それは軍人のひたいに刺さる。

 それを抜き様に隣の軍人もほふった。

 小柄な男の背を狙って、警察の一人が銃を構える。男のナイフではどうやっても届かない距離。

 その時、乱入者がふところから取り出した拳銃を男に投げる。

 小柄な男はそれを受け取って軍人の眉間を撃ち抜いた。

「へぇ、お前にしては良い銃使ってんな……ってこれ、俺のじゃねぇか!」

「使い慣れてる物の方が良いかと思って」

「隠しといたはずだぞなんで見つけてんだよ! 人が潜入してる間にお前って奴は!」

 文句を飛ばしながらも、小柄な男は正確に軍人と警察を排除していく。乱入者も軽い調子で会話をしながら、日本刀を華麗に振った。

「大志! 市民を避難させないと!」

「わかってる!」

 上官たちが次々に倒されていくのを見て、ハルカはやっと正気に戻る。

 銃撃戦になったことで、秩序も無く逃げ惑う人々に必死に呼びかける。

 人を押し退けて逃げる無法地帯。転んだり踏まれて怪我をする者も出た。処刑見物に隙間すきま無くごった返していた故に、スムーズに避難できずにいる。

 銃撃戦は続いている。もし市民に当たれば暴動も起きかねないと考えた。

「みなさん! 落ち着いてください、前の人を押さないで!」

「近隣住民の方、カーテンを閉めて頭を低くしていてください!」

 ハルカと協力して周りに呼びかけるも、混乱した人々は誰も聞いていない。

 その間に銃声は一つ、また一つと減っていった。

 倒れるのは軍人と警官ばかりで、大志はいよいよ焦る。

「大志、警察でしょ、このまま避難誘導をお願い!」

「え、おい待て、ハルカ!」

 大志の呼び掛けに止まらず、ハルカは広場の中央へ戻った。

 走りながら銃を構えて、まず小柄な男を狙う。

 男の方もすぐに気づいて、ハルカの一発目の銃弾を横転おうてんして避けた。地面に転がりながら、ハルカに向けて発砲する。

 それはハルカのすぐ足元に当たった。少し背筋をヒヤリとさせて尚、ハルカは果敢かかんに挑む。

 大志も応戦しようとしたが、人の波が濁流だくりゅうのように押し寄せてきて上手く前に進めない。


投降とうこうしてください! 今なら殺しません!」


 銃弾を辛うじて避けながら、ハルカが叫ぶ。

 男はそれに鼻で笑った。


「ハッ! そういうセリフはなァお嬢ちゃん、優勢側が言うことだぜ!」


 見る限り、確かにハルカが優勢とは言えなかった。

 ハルカが銃を構えて狙おうとするところを上手く邪魔して、男の銃弾が先に放たれる。

 銃の腕はどう見ても男の方が上だ。

 ハルカも持ち前の集中力で銃弾の軌道を読んでいるが、長く持つわけが無い。大志は人の波に引き戻されながらも広場へ急いだ。

「っ!」

 そこでハルカが、殺された軍人が落とした銃につまずく。

 集中が切れた。その隙を男が逃すはずもない。

 銃口がハルカに向く。

「ハルカ!」

 叫ぶ大志の声は届かなかった。ハルカは呆然と男の銃口を見ている。

 男が引き金に掛かった指に力を込めた時、ハルカのすぐ前に女性が倒れ込んだ。

 人に流されて前に押し出された、一般市民の若い女だ。

 突然の乱入に、男は咄嗟とっさに銃口をズラす。

 逆にハルカが、そのすきを突いた。

 女が完全に地面に倒れて遮蔽物しゃへいぶつが無くなったところで、男に銃を向ける。再び銃口をハルカに向けるには間に合わないと察したのか、男は舌打ちをこぼす。

(取った!)

 確信して、ハルカは引き金を引こうとした。

 しかし次の瞬間、ぼたりと自身の足元に何かが飛び散った。

 何かと思って下を見た。赤い。血だとすぐに理解する。

 誰の血だと思考し始めた瞬間、痛みを自覚した。

 視線を痛む場所に持っていくと、自分の胸から刀が()()()()()

 少しずつ垂れた血が服を汚す。お気に入りのシャツなのにと、現実逃避のように考えた。

「飛び道具だけを警戒しておけばいいと思ったのかい? こちらに気が向いていなかったよ」

 子守唄こもりうたを歌って聞かせうような声。

 あるいは迷い人を導くような、指し示すような。なのに冷淡にも聞こえるちぐはぐなものだった。

「お前にはあまり、興味が湧かないな」

 ハルカの後ろからその心臓に刃を突き立てた乱入者は、優しく笑っているのだろう。顔は見えずとも、声音だけでそう判断できるほど、優しく穏やかなものだった。

 苦しそうにあえぐハルカを見守るように見て、心臓から勢いよく刃を抜く。

 せんの役割をしていたそれが無くなると、ハルカの胸からはどろりと次々に血があふれていく。

 膝から崩れ落ちて、うつ伏せに倒れた。

「わりぃ、手間取らせた」

「気にしないで」

 乱入者はやはり穏やかにそう言って、刀に付いた血を振り払った。


 そして殺気をとらえる。


 振り返るのと、大志が発砲したのはほぼ同時だった。

 乱入者は咄嗟に横に飛びのく。弾は肩の表面を掠った。

 連射しながら距離を縮める大志は、弾が尽きるとスーツ下のホルスターに仕舞った拳銃に切り替えた。

 乱入者と男はハルカから離れ距離を取る。大志はすぐにハルカに駆けつけ、息があるか確かめた。

 血にまみれた体を起こす。息は無く、まぶたは開いたままだった。

 嫌な音を立てる心臓。本当に息は無いのか何度も何度も強く手首を握った。脈は、無い。

「……………」

 泣くこともわめくこともせず、大志はハルカをそっと地面に置いて瞼を閉じさせる。

「かわいそうに、恋人だったかな?」

 あわれんだ声で言ってのけた乱入者に、大志の感情は爆発するどころか氷点下まで冷めていった。弾の切れた拳銃を捨てる。

 何も思考できない妙に冴えた頭と、熱い体。その状態すら自覚していない大志は、立ち上がりざまに乱入者に向かってナイフを抜いた。

 最小限の動きで避けると、乱入者は笑う。


 しかし息つく間もなく、顔面に蹴り上げた足が迫る。乱入者は寸でのところで避けた。


 高く蹴り上げた足をそっと下ろして、大志は浅く長く呼吸を吐いて息を整える。

「……今のは少し、危なかったな」

 乱入者が、初めて声のトーンを落とした。それがこの男の『素』なのかもしれない。

 そこでけたたましいエンジン音が聞こえる。

 大型車が高くうなりを上げ、広場におどり出た。処刑台の付近で急停車する。

「おら、急いで乗れボンクラども!」

「は、はい!」

 小柄な男が解放された罪人たちへ指示を出す。罪人たちは短く返事をして、慌てて車に乗り込んだ。

 追いかけようとする軍人を撃ってから、男は乱入者に向き直る。

「お前も乗れ」

「僕は後から行くよ。この子がなにか言いたそうだ」

 柔らかく答えて、乱入者は大志を見る。

 大志も真っ直ぐに男を見ていた。まるで獣のように研ぎ澄まされた瞳で。

 それを見て、乱入者は笑みを深くする。

「構わず先に行って」

「そういうの、世間じゃ死亡フラグって言うらしいぜ」

「おや、気をつけないと」

 言いながらも、小柄な男は笑っている。それは乱入者の勝利を疑ってもいない余裕からだった。

 罪人たちを乗せ最後に車の扉に手を掛けた男は、振り返りもせずさっさと乗る。車はすぐに急発進して、広場からあっという間に去る。

 しかし大志はそれに目もくれず、乱入者だけを見ていた。

 その姿を決して見逃すまいと、ただ真っ直ぐ。

 乱入者はにこりと笑うような雰囲気があった。その後に日本刀を構える。足を引いて腰を低くしたのを見て、大志もナイフを構える。


 そして少しの静寂のあと、両者が地面を蹴った。


 大志が先に乱入者の懐に入る。ナイフを横にいだ。

 乱入者は身を極限までかがめて避けると、下から大志のあごを狙って振る。大志はそれをバク転の要領でかわして、そのまま足払いする。

 背中から倒れる乱入者。そこに乗り上げた大志はナイフを両手で持って振り下ろす。しかし次には、大志の腕に衝撃が走った。

 ナイフがカランと遠くに落ちる音がする。乱入者は日本刀の柄頭つかがしらを、大志の手のこうに思いきり当てたのだ。

 すかさず大志の首を掴み、逆に地面に引き倒した。上から全体重を乗せて首を絞める。

「ぐっ……!」

「お前は中々見所があったよ。今日殺した中では一番良い動きだった」

 その声の優しさからは想像もできないほどに強い力だ。

 息を全く吸えず、肺が苦しくなる。何とか逃れようと乱入者の腕を引き剥がそうとするが、ビクともしない。

 そのまま絞め殺すのかと思いきや、乱入者は何を思ったか大志の首を絞めたまま立ち上がった。

 もうほとんど力の出せない大志は、なすがままにされる。

 そして乱入者は、処刑台へと続く階段を登る。ひと一人持ち上げているとは思えない、ゆったりした足取りで。

(っざけんな! どうせ殺すなら、処刑台の上でってわけかよ……!)

 あそこに自分が吊るされるとは想像すらしていなかった大志は、恐怖と酸欠さんけつで涙を浮かべた。

 乱入者は構わず処刑台の上に立つ。そしてまるで舞台のように、そこに堂々と立ってみせた。



「ある劇作家は言った。誰も発砲することを考えないのであれば、弾の入った銃を舞台に置いてはいけない」



 そして、よく通る声を張り上げる。


「必要のない小道具を舞台に置くなということだ。第一幕で出した小道具は、どこかで必ず使わなければならない」


 言葉のわりに、口調は穏やかで優しげで、まるで御伽噺おとぎばなしを話して聞かせるような。

 それこそ、神の啓示を人々に告げる天使のように。

 それに避難が遅れていた市民たちは、思わず振り返る。足を止めて処刑台の上に立つ人物を見た。


「この処刑台という小道具は、次にどんな形で、どんな風に再登場するのだろうね。その時そこに立つ役者は、僕か、お前たちか。主役は誰で、敵役かたきやくは誰で、誰がフィナーレを飾るのだろう」


 乱入者の言葉を、大衆は騒ぎもせず静かに聞いていた。

 近隣の建物から出て来てまで聞いている者すらいる。処刑台に意識が向いた市民たちは、誰も微動打にしなかった。

 それはあまりに予想外の事態に思考が停止してしまったのか、または乱入者の声があまりにも心地良いからか。

 乱入者が言葉を紡ぐたび、大衆の意識が彼へと導かれている。この場の空気を支配しているのは、間違いなく彼だった。

 声の抑揚、距離感、発声の仕方、間の取り方。どれを取っても完璧だった。大臣の下手な街頭演説よりもよほど、人を惹きつける話術を持っている。


「果たしてこれは開幕か、終幕か。または舞台にもならない雑書か。一つ、書き上げてみようじゃないか」


 乱入者が言い切ったところで、大志は残りの力を全てを使って、腰のホルスターから残りのナイフに手を掛ける。

 ノーモーションで乱入者の首を狙って振った。

 が、切っ先が首を捉える直前でナイフが止まった。乱入者は片手に持った日本刀を捨て、大志の手首を掴んだ。

 強い力で手首を捻り上げる。ナイフが落ちて音を立てた。

「っ」

「おいたはダメだよ。それにまだまだ無駄な動きが多い」

 言葉通り、まるで幼子を叱る時のような優しい口調。状況の所為かそれがむしろ人間味を感じさせなくて、大志は背筋が凍る思いをした。

 乱入者は足元に転がった日本刀を、足を使って器用にひろう。

「お前で最後だね。絞首のための処刑台を、国家組織の血で飾ろうじゃないか」

 切っ先を大志の心臓に当てる。覚悟して目を強く瞑る大志。

 死ぬ間際には走馬灯が流れると言うが、大志には当てはまらなかったらしい。混乱と恐怖で何も思い浮かばなかった。

 ただただ死を待つ。


「…………いや」


 そこで急に、首を締める力が無くなった。

 乱入者がパッと手を放す。大志は崩れ落ち、一気に酸素を取り込んだことで激しく咳きこんだ。

「ゲホッ……げっ、ハッ、っ、ゲホッ!」

「やっぱりやめた。お前は生かそう」

「……はっ、な……で……っ」

 ありがたいはずなのに、突然の気まぐれに大志は困惑する。

 乱入者は日本刀をさやに収めてから、笑った。顔は見えないが、笑っているとわかった。

 そして処刑台のさくの上に登る。優れたバランス感覚で難無く立つと、そこから大志を見下ろした。

「僕を殺しにおいで。お前がどこまで復讐の為に生きられるのか、興味が湧いた。また会えるといいね。会えなければそれもまた縁ではあるし、会う前にどちらかが死んでいれば、来世で笑い話にしようか」

 そう言って、処刑台から飛び降りる。

 その際にフードが外れた。

 白い髪がふわりと広がる。天使の羽のように太陽を反射した。

 そのまま落ちていくのかと思った天使は、空へと飛んで行った。本当に天使なのかと思ったのは一瞬で、その実は彼を乗せて来た竜が再び彼を連れ去ったのだ。

 竜の足に掴まった天使は、こちらを振り返ってにこりと笑った気がした。が、意識が朦朧もうろうとしていた大志には、その顔が鮮明に見えなかった。

 追いかけようと無意識に体を動かしたが、手先がピクリとしただけでそれ以上は叶わない。

 頭がぐわーっと痛くなって、耳が明瞭じゃない雑音ばかりを捉える。

 その後は光も音も、全てが遠くなって。

 視界を徐々に黒が染め抜いて、そこでふと記憶は途絶えた。




 次に目を覚ましたのは、警察病院のベッドの上。

 天使が初恋の人を殺してから、一日と半分が経っていた。


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