初めての魔法
翌日の昼が過ぎる前頃、ミリスは家の外でローティに魔術の手解きをしていた。
「体の全ての意識を集中させる感覚でやってみて……」
「こ、こう?」
ミリスは一夜漬けで喋る練習をしたためかなり流暢に喋れるようになった。
かわりに睡魔が時折襲いかかってくるのだが。
「違う……見本を見せるとこう」
ミリスは意識を集中させ手のひらに魔力の結晶ーーーエネルギーの靄のような物を発生させる。
「できるはずだからやってみて」
「は、はい……」
本来魔法が使えるのは極一部の限られた者だけだ。
しかし強大な力を持つ上位の魔術師が魔力を定期的に身体に送り込めばいずれはその者も魔法を行使できるようになるのだ。
勿論ミリスもその上位の魔術師に含まれる、ローティにはかなりの魔力を現在進行形で送り込んでいるので魔法が使えないと言うのは無いはずである。
暫くして、こつを掴んだのかローティの手のひらにミリスの物よりは幾分か小さい魔力のエネルギー体が浮かび上がる。
「お、お姉ちゃん、できた……」
「まぁまずまずね、次の段階に行くわ」
ミリスはそう言うと手のひらに浮かべるエネルギーの靄に意識を集中させる。
そうするとそれは燃え盛る炎に移り変わった。
「魔力を自分の思い浮かべた元素に返還してーーーそうすれば」
ミリスの手のひらで燃え盛る炎は瞬時に水の塊に姿を変える。
「こうすることも可能よ……とりあえずやってみて?」
「や、やってみる……」
ローティが念じると小さいながらも火種のような物が手の中に現れる。
「やったじゃな……?」
ミリスはローティの方を見るとビクビクと脅えていた。
「どうしたの?」
「お姉ちゃんのよりも小さいから怒られると思うと怖くて……」
「大丈夫、私はそんなことはしないから」
ローティはミリスを完全には信じていないのか怯える仕草はやめても顔には出ていた。
ローティの育ってきた劣悪な環境を考慮すると仕方無いかとミリスは思う、何も少しずつ慣れさしていけばいいのだ。
「次はこの手の中のこれを遠くに吹き飛ばす」
ミリスの手のひらの水の塊は再び燃え盛る炎に姿を変え、ミリスの手の中から放たれる。
数十メートル飛翔したそれは岩に当たり、獄炎を撒き散らしながら岩を粉砕する。
「あんな風にやってみて、初心者があそこまではできないはずだから自分の出来る範疇でお願いね、コツとしては手にあるそれを遠くへ飛ばすイメージでやってみて」
ローティは腕から魔力を吐き出すことをイメージして見る。
そして腕をおもっいきり前に出してみた。
そうすると小さな火種は数メートル飛翔し、地面に着弾する。
雑草を数本程度燃やして火種は消えていった。
「まぁ出来たじゃない? 初めての割には上出来よ」
ミリスは不安そうに見つめるローティの頭を撫でて見せる。
「あわ、あわわ……」
ローティはあわあわして最初は戸惑うが暫くして慣れると目を瞑りそれを素直に受け入れる。
「まぁ魔法の練習はこれくらいにして昼御飯にでもする? 魔法は使いすぎても体に悪影響が出るし」
「お昼……僕も食べていいの?」
「当たり前じゃない、好きなだけ食べていいから」
そうして二人はミリスの家の外に置かれた木製のベンチで食事を取ることにした。
食事のメニューはミリスが家の中から持ってきた、野菜の盛り合わせと魔法で作った湿気ったパン、猪の肉が入ったスープである。
「美味しい……」
ローティは頬を綻ばせ美味しそうに食事を頬張る。
ミリスはふとローティの腕元を見てみれば肉が殆ど無く皮と骨だけといっても過言ではない、まともに食事すら与えて貰っていなかったのだとミリスは再確認する。
「そう言えばローティは名字が無いんだよね?」
「うん……」
この世界で名字を持たないものは差別階級にあるか奴隷の身分かのどちらかである。
そしてローティも名字を持たない、このままでは可哀想である。
「ローティ・ミクルファ……今日から貴方はミクルファを名乗りなさい」
「でも悪魔の使いの僕が名字なんて……」
「貴方は悪魔の使いなんかじゃないし、もうそんな事を言う人はここにはいないから、それとも私の名字は嫌かしら?」
「ううん、そんなこと無い……でもバチが当たりそうで怖いよ」
「バチなんて当たらないから平気よ……私がいるわ」
ミリスはそう言うとベンチから立ち上がり袖を正す。
「ローティって外とかに出たことあるの?」
「ずっと小屋に閉じ込められたから……出たこともあるけど少しだけだし、自由に歩いたことはないや……」
「じゃあ私がこの森を近いうち案内してあげる」
ローティは本当⁉ と目を耀かせる、今にもミリスに飛び付く勢いである。
「ええ、本当よ……でもその痩せ細った体が並み程度に肉が付くまでね、それまでは魔法の練習よ?」
「約束だよ?」
「私は約束だけは守るわ、絶対にね……」