弟子
それからしばらくして、泣き止んだローティを浴室へ連れていく事にした。
浴室と言っても外付けで、浴槽事態も木の桶のような簡素な物だ。
「正直、に、おいが、きつ……いから体をあらわせ、てもらう」
ミリスはお湯の張った桶に手を入れる。
「適温……だ、と思う、から」
「お姉ちゃん……これってなんなの?」
未だに方が赤い、ローティは恐る恐るミリスに問う。
「お風呂、もしかして……入ったこ、と無いの?」
「僕入りたくないよ……」
ローティはガタガタと震えだす。
「ど、うして……?」
「人間様が入るような、贅沢な物を使ったら殺される……また打たれる、だからいや……」
ミリスが、無理くりに引っ張ろうとすると、力強く抵抗する。
その目は恐怖に怯えていた。
恐らくはその様な、風に仕付けられてたのだろう、そうでもしないとこうは成らない。
「も、んだいない、貴方を、虐げ、る人は何処にも、居ない」
「で、でも」
「お風呂に入ってくれないと、私は貴方、をみすて、ることに、なるけ、ど?」
「え?」
「つまり、あの村に、戻ってもら、う」
「や、やだ……」
「じゃあ、お風呂に、はいっ、て」
ローティは渋々、風呂に入ることにする。
服と言うよりはボロ布を、戸惑い中々脱ごうとしないローティに痺れを切らしたミリスは、ローティの身ぐるみを剥がす。
「や、やめてよぉ」
「酷い……」
ローティの裸体を見たミリスは、ある種の驚愕をする。
鞭打ちをされた後や青あざや内出血ーーー服の上からも酷い傷であることは分かってはいたが、その全容はミリスが思うより痛々しい物だった、そして何より痩せこけた体がどうにも痛々しい。
「うぅ……」
「酷い、怪我、だけど、痛くないの?」
「もう慣れてるから」
「少し、ま、てて……」
ミリスは一言言うとローティに手をかざす。
「回復……」
彼女が呟くと生傷がみるみる癒えていく、ただ、古傷が癒えることがないが。
「す、凄い……お姉ちゃん、魔法使いなの?」
「厳密、に言えばち、がうけど、そんな感じも、の」
「僕の知ってる魔法使いとは違って優しいんだね」
「貴方の、しっ、てる魔法使い、は、どうだ、たの?」
ミリスは何の悪意もなく、純粋に興味本意で聞いてしまう。
「うん……とね、蟲を召喚する魔法を使って体内に入れてきたり、それに以外にも色々……」
「もう、言わなく、ていい……」
「……うん」
ミリスは聞いてしまったことを後悔する、本人が虫嫌いと言うのもあるがそれを体内に入れるなど悪寒が走る。
「聞いては行けない、事を、きいてしまっ、てごめんなさい……」
「大丈夫だよ、お姉ちゃんは優しいから」
「そ、そう……」
ミリスは無邪気なローティの言葉を聞いて照れ臭く思うが、それを払拭するかのようにローティに問い掛ける。
「早く、お風呂、に入って」
「う、うん……」
ローティは恐る恐る、木製の浴槽に足をいれる。
「あ、熱っ‼ ……? 温かい……」
ローティはゆっくりと湯船に体を沈める。
「ぬるま湯、だ、から、熱くはない、と思う、のだけど」
ミリスは石鹸と布を取りだし、石鹸で布を泡立てる。
「な、何これぇ……」
「今から体、をきれいに、するだけだか、ら平気」
ローティは風呂から上がるときには、見違えていた。
脂と埃や塵屑で汚れていた髪はミリスが執拗に何度も洗ったお蔭でサラサラの黒髪になった。
体も浅黒く汚れが染み着いていたがこれも同様に執拗に何度も洗ったお蔭で艶のある年相応の肌を取り戻した。
「す、すごい、きれいになってる……」
ローティは自分の体をくまなく見渡している。
どうやら綺麗になってるのが不思議で仕方無いようだ。
「これを着て……」
ミリスはローティに一枚の小さめのローブを渡す。
赤紫の薄手のローブで、小柄のローティが着るにはすこしばかり大きい。
「そ、そんな‼ さっきの服で良いよ、こんな良いの着たら……恐いよ……」
「彼処に戻、りたいの? 彼、処に返し、てくる、わよ?」
「ひっ‼ ご、ごめんなさい」
ミリスは冷酷に言い放つ、そうでもしないと脅えて着ようとしないからだ、少し胸が痛むがこれも彼のためて割り切る。
ローティは恐る恐るローブを羽織る。
「温かい……」
「そ、れは良かった、にしても、酷く痩せて、たわよね、何時もはな、にを食べて、たの?」
「ドロドロしたお粥だけ……」
「ほ、かには、何も食べてな、いの⁉」
「う、うん……」
ミリスは、この男の子がよく今まで生きてきたと驚愕する。
「酷い、わね……」
「ぼ、僕は悪魔だから、仕方無い……」
「貴方は、悪魔じ、ゃないわ、何にも悪く、ない、だから、悪く考え、無いで」
ミリスはローティに少し待ってて、と言い残し部屋を後にする。
ーーー暫くの時をへて、ミリスは猪の肉やら山菜やらがふんだんに入れられたシチューを持ってくる。
「その不健康な体じゃ、どうに、もならないし、まずは食べて、好きなだけお代わりはあ、る」
ローティはシチューを見つめる。
「これ、食べて良いの?」
「……えぇ」
ミリスはローティに手渡しで、スプーンを渡すと、ローティは恐る恐る口に運ぶ。
「……美味しい」
「貴方が、いつも、食べてたそれよ、りは美味しい筈」
ローティはスプーンを口に運び、次々にシチューを口に頬張っていく。
ローティは食べ進めていると、肉を見つけ不思議そうに暫く見つめてから口へと運ぶ。
「何これ……物凄く美味しい」
「これは猪の肉……栄養価が高、いから、沢山食べると言い」
「お肉ってこんなに美味しかったんだ……今まで腐った内臓しか食べたこと無かったからこんなに美味しいなんて知らなかった……」
「……本、当にそいつらは最、低ね」
ミリスの奥底から怒りがこみ上げてくる、普通の神経を持つ人間なら、こんなにいたいけな子供を虐げれる筈がないのだ。
ミリスは怒りの余りに、下唇を噛み締めている、数百年も表情を表す機会が無かったため表情には現れていないが、この怒りは裏切られ濡れ衣を着させられた時に匹敵する物である。
「そう、言えば貴方、の名前は何て言うの?」
「僕はローティ……ただそれだけ」
「私、はミリス・アクルファ、貴方、は名字は、無いの、ね……」
ミリスは一息就いて、ローティの横に寄り添うように座る。
「そ、れでローティ……私の弟子になるきは無い?」
「で、弟子?」
「そう、弟子に、なるのな、ら、貴方に魔法を教えて、あげる……そして私の、名字をあげ、るわ、貴方が、居場所、を見つけるまで住ませても、あげ、る……悪くは、無いはな、しだけど、どうする?」
「で、でも……」
ローティは困惑していた、あてふせしてどうしたらよいのかわからない様だった。
「迷惑がかかちゃうよ……」
ミリスはその答えに対してため息をはく。
「私が、聞きたいの、は、そうじゃない……私と過ごしたいの? それともで、できた、いの?」
「……ここに居たい、戻りたくなんか無い……」
「なら、きまり、ね」
ミリスは、うっすらと笑みを浮かべ、ローティに手を差しのばす。
ローティは戸惑いながらもミリスの手をぎこちなく掴む。
後に金銀妖眼の魔導士と畏怖される、魔法使いの誕生の瞬間であった。