ローティ
ミリスの住まう山からそう遠くない位置に小さな村がある。
その村にまだ幼い男の子が住んでいた。
彼の名前はローティ、名字は与えられていない、と言うのも彼は家族や村民から邪見に扱われていて、害獣のように迫害を受けていた。
何故、その様な扱いを受けるかーーー深い理由はない只、ローティがオッドアイだったというだけだ。
普通瞳の色と言う物は黒や茶色である、だがローティは赤と青のオッドアイーーーこの辺りではオッドアイの生き物は悪魔の使いと言う迷信が信じられていた。
ただそれだけの理由しかない。
生まれたその日には両親に捨てられ、名字すら与えられ無かった。
彼に唯一与えられた居場所は村から離れた場所に作られた小屋である。
小屋と言っても自由に行き来できる訳ではなく、鍵で施錠されており、窓すらない。
窓が無いおかげで昼間でも薄暗い。
小屋の中は四畳一間の小さな部屋で、あるのは寝台代わりに置かれた藁だけである、それ以外には何も見当たら無い。
ローティはこの空間で10年間も過ごしてきたのだ、更には彼に与えられる食事は日に一度、腐ったお粥の様なものだけだ、これだけで充分に成長が出来る筈はなく、10歳としてはかなり小さい部類だ。
極めつけは、村人達のストレス解消に暴力を振るわれる毎日、身体中は傷だらけで生きているのもやっとの状態である。
一度逃げ出した事もあるが、栄養失調と傷をおった体では満足に逃げることもできずに、捕まってしまった。
そして、その後に村人たちにされた仕打ちはーーー思い出したくも無いものだ。
そんなある日、村で疫病が流行り出したのだ。
村人達は未知の病気に次々と死んでいった。
そして、その矛先はローティへと向かっていた。
悪魔の使いが入るから病気が流行っているのだと。
不幸か幸いかローティは、近くにある数多の魔物が巣食う山に棄てられたのだ。
それから、ローティはなけなしの体力で山をさ迷い歩いた。
本来は生身の人間程度なら、物の数十分で魔物に食い殺される様な環境だが、森にあまりやってこない人間を恐れてか、コボルトには後を疲れていたが襲ってくる事は無かった。
だが、元より体力の無い肉体である、そう長く持つはずもなくーーー。
そうして、疲弊して倒れ伏せたところをコボルト達が群がり出したのだ。
あー、死んじゃうのか……
と心の中で呟き、意識が無くなっていく。
そうして、ローティは死ぬはずだったのだ。
本来ならーーー。
ローティが次に目を覚ますと、そこはベッドの上だった。
今までに味わった事の無いふわふわとした感覚ーーー。
あの、薄暗い小屋では差し込み用の無い朝日ーーー。
ふと、横を向いてみると一人の少女がいた。
そして、ローティは疑問に思った、悪魔の使いである自分が目の前に入るのに坊や鞭やらで何故か打たないのだ、それが不思議で仕方無い。
「き、が……つい……た?」
ミリスは片言ながら、ローティに話しかける。
ローティが目を覚ます前に、かなりの発声練習はしたのだが、何を数百年声帯を使う機会が無かったのだ、思うように話せない。
「お、お姉ちゃん……打たないの?」
「……?」
ミリスを見や否や、ガクガク怯えたように震えだすローティを見てミリスは疑問に思う。
何故一目みて、怯えだすのか。
二つの理由が考えられる。
一つ目は、この子がその様な扱いを受けていた。
二つ目は、自分の嘘偽りの悪評を知っている。
まずはその二つしか無いだろう。
「理由……も、無いのに、打ったりしない……から」
「本当?」
「本当……約束……す、る」
ミリスはローティを見つめる。
ボロ切れのような布一枚を纏い、その上からでもわかるほど痩せ細っている、更には有象無象の生傷や古傷、見るだけでも痛々しい。
そして何より風呂さえ入れさせて貰ってないのか酷い悪臭だった。
「……どこから、来たの?」
「ひっ‼ ……そ、その何処かの村……」
何処かの村ってーーー。
ローティの余りにもアバウトな反応に困惑の色を見せる。
「ひぃ‼ ご、ごめんなさい、ぼ、僕何か悪いことをしましたか⁉ 棒で殴るのはゆ、許して……」
ローティはミリスの一瞬の表情の歪みを察知し、ビクビクと再び怯えだす、その頬には涙が伝っていた。
「な、何も、する……つもりは無いのだけ、だ」
この怯えようと体の傷である、相当劣悪な環境で育って来たのであろう。
ミリスはこんなに愛らしい子供によくこんな仕打ちが出来るのだと、怒りの感情が湧き上げてくる。
長年表情を露にする機会が無かったため、表情を中々変えることが出来ないが、その怒りは力余って下唇を噛み千切ってしまいそうな勢いだ。
「もう、安心……だか……ら、虐めるやつは、こ、こには居ない……」
ミリスはローティにそっと近づき、抱き締める、臭いで気絶しそうに成るほどの異臭だ、だが、今は気にしない。
大昔にされて嬉しかった事はとーーー古い記憶を振りほどいていく。
そしてミリスは思い出した、頭を撫でられたこと。
母親だっただろうか昔過ぎて覚えてない、とりあえず落ち込んで泣きそうに成ったときに頭を撫でられ、とても嬉しかった事だけは覚えている。
ならばとーーー。
ミリスは、ローティを抱き締めるもう片方の手で頭を記憶の見よう見まねで撫でてみる。
髪はギトギトし、塵が沢山付着している、髪が時々引っ掛かり撫でづらい。
一方ローティは今までされたことの無い、頭を撫でると言う行為に同様しており、何やらあたふたしていた。
「とりあえ、ず、しばらくは家にいるとい、い、帰る必要はないから」
ミリスのその言葉を聞いたローティは、痛みや恐怖からではなく、生まれて初めて温もりを感じ、号泣した。