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狐ノ寝床

作者: 紅野 劍

街灯がまばらに点灯する裏路地をぽつぽつと歩く背中が一つ。日々の業務に疲れ切ったせいか項垂れる肩からは哀愁さえ漂う。


そんな孤独な影を街灯の下に落とした彼は一つの看板を見つけた。


「小料理屋・・・狐ノ寝床?」


その看板はまるで昭和のネオン街にひっそりと佇む質素でありながらも数多の企業戦士達の憩いの場となっていそうな喫茶店の様な雰囲気を漂わせていた。


気付けば彼は見た覚えの無い裏路地に居た事に気が付いた。生憎、彼の携帯電話は上司からの連絡が相次ぎ充電はすり減っていた。現在地は分からないが恐らく帰宅までは持たないだろう。開店している様だし此処で道を聞くのもいいだろう。


看板と同様、年季の入った引き戸を開ける。


ガラガラガラと音が響きそれに気付いた店員と思しき和服をたすき掛けしている女性がこちらを向く。


「ようこそおいで下さいました。小料理屋、狐ノ寝床へ」


女性は長く黒い綺麗な髪をたなびかせながら彼を席へと案内した。カウンター席だ。洋風のしっかりとした作りの椅子に腰かけ、御絞りが出てきた所で彼はある一つの事に気が付いた。


(・・・犬・・・いや狐耳・・・コスプレ・・・?)


和服の女性店員は彼の視線に疑問を抱いたのか軽く首を傾げ、それに伴い二つの耳も可愛らしく揺れる。


「こちらお品書きと突き出しの烏賊とオクラの和え物です。ご注文、お決まりになられたならお呼び下さい」


そう言うと女性はぱたぱたと奥へ戻っていった。厨房へ行ったのだろうか、奥から調理する音が聞こえる。


それは兎も角、彼は当初の道を尋ねると言う目的を忘れ、お品書きをにらめっこをしていた。


(唐揚げ・・・天ぷら・・・かき揚げ・・・ここは揚げ物がお勧めなのか・・・)


お品書きのトップを飾る揚げ物の数々。ここ最近はまともに食事をしていなかった事を思い出した彼の腹の虫はとどまる事を知らなかった。


(煮物類も豊富・・・サラダ類は・・・この和え物美味しいな・・・)


烏賊とオクラの和え物をつまみつつ、料理を品定めしていく。久しく忘れていたおいしい食事を前にして彼は悩んだ。お金はそれほど持っていない。料理の大半はそれ程高額では無いとはいえ、無茶はできない。


「すみません」


彼は決断した。少ない手持ちで強欲な腹の虫を落ち着かせる選択を見つけるのが難しい以上、彼は料理を楽しむ為だけに声を上げた。


「はいはいただいま」


そう言って現れたのは先程の女性とは違い少しものぐさな雰囲気を感じさせる茶髪の女性だった。先程の女性と同様狐の耳の様な物が付いている。


「ご注文、どうぞ」

「この揚げ物盛り合わせと言うのを」

「一つですねかしこまりました」

「え、あ、はい」


女性は言うが早いかそそくさと奥へ戻っていった。


だが彼は見逃さなかった。その女性の腰に揺れる髪の色と同じ色をした尻尾の様なもふもふが・・・八本程ふりふりと付いていた。


「やっぱり狐?化かされてる?」


彼は少し疑いを持った。自分は狐か何かに化かされているのではないかと。しかし厨房の方から聞こえる何かを揚げるカラカラという音と香ばしい匂いによってその思考は邪魔される。空腹がより刺激され、我慢がつかなくなったのだ。


・・・・・・・・・


狐ノ寝床の厨房ではお客様の注文にこたえるべく、店員の三人がパタパタとせわしなく働いていた・


「ギンちゃん、籠皿と敷紙出しといて」

「はーい」

「~~♪」

「ホクちゃん、つまみ食いはだめですよ」

「チェッ・・・ヤッポは目ざといんだ」

「目ざといのはどっちですかまったく」


カラカラと揚げ物を揚げているヤッポと呼ばれた茶髪の彼女は自慢の八本の尻尾をふりふりしながら揚げ物を揚げていく。最初は茄子だ。平行して天麩羅も別の鍋で揚げていく。


つまみ食いをしようとしたホクは懲りずに手を伸ばした所をヤッポに菜箸で叩かれていた。


「ヤッポさん。これでいいですか?」

「うん、あと深皿と浸し液も用意しといて」

「わかりました。ほら、ホクさんも仕事しますよ」

「うぇ~ギンも目ざとぃ~」


ギンがホクを引きずりシンクへと連れて行き、洗い物の山を指差す。項垂れるホンも無言で睨むギンに押し負け皿洗いを開始する。


それを尻目にヤッポが茄子を揚げ終わる。次はコロッケと小さめに切ったロースカツだ。

温度を調節しつつ別鍋の海老天とかき揚げを取り出しこちらは唐揚げ用の調節をする。


・・・・・・・・・


揚げ物の良い香りが強くなってきた。腹の虫もそろそろ落ち着かなくなってくる。


そんなタイミングで黒い髪の女性。ギンが皿を持って配膳にやって来る。


「こちら、茄子の揚げ浸しと厚揚げになります」

「あ、どうも」


出された小さめの皿に盛られた茄子と厚揚げ。それと小皿に盛られた薬味一式。


まずはオーソドックスにそのままで一口。


「あふっ」


しっかりと中まで火が通っており、トロっとしている茄子に出汁の利いた汁が絡んでいてとてもおいしい。子供の頃に好物を聞かれた時。母の作った茄子の揚げ浸しと答え、渋いと言われたのを思い出す。

厚揚げは茄子とは反対にしっかりとした身持ちだ。固めの木綿豆腐を使っているのだろう。薬味の生姜を乗せるとまたさっぱりとして美味しい。


「これは・・・なかなか・・・」


貧乏舌に定評のある彼にもその美味しさは分かる。気づけば小さめの皿に盛られた料理は胃袋へと消えた後だった。

物悲しい思いで茄子の欠片を探す様に皿を眺める。


「失礼します」


そこへ救世主の如く現れた追加の品は色とりどりの野菜や小さい海老の入ったかき揚げと磯部揚げののった籠皿だ。こちらはそこそこの量が乗っている。


「こちら、野菜と車海老のかき揚げと竹輪の磯部揚げです」


皿が彼の目の前に置かれるとほぼ同時に箸が動き出す。


まずは磯部揚げだ。しっかりと海苔の風味が利いていてこれまた旨い。

間髪入れずにかき揚げに箸を伸ばす。南瓜、玉葱、人参と様々な野菜が入っており、その中でも一際存在感を放つ車海老。サクサクした食感の中にあるプリプリとしたアクセントがたまらない。


・・・・・・・・・


「久しぶりのお客さんだけど・・・大分健啖家みたい」


ホクが皿洗いをしながらぼやく。


「そうですね。一見さんですけどまさか揚げ物盛り合わせを頼むなんて・・・これ確か複数人向けですよね」

「ギンちゃん、人を見かけで判断しちゃ駄目よ」


揚げ物鍋から目を離さずにヤッポが話の輪に入ってくる。それを聞いてギンが次の料理の皿を準備する。

カラカラと心地よい音が空腹を誘う。


「なんだかお腹が空いてきました」

「あのお客さんが帰ったら賄い出すから我慢して」

「やった!今日はヤッさんの揚げ物だ~い♪」


気のせいかホクの皿を洗う速度が心なしか早くなった気がする。


ヤッポが二度揚げの終わった唐揚げを上げていく。それをギンが皿に盛りつける。そろそろお腹にも来る頃だろうと漬物の付け合わせも用意しておく。


・・・・・・・・・


「お待たせしました。唐揚げとミニロースカツです」


目の前の皿に盛られた唐揚げと小さいとは言え存在感を放つロースカツに躊躇いも無く箸を伸ばした。幾つになっても唐揚げとカツはご馳走なのだ。

サクリとした衣の中から溢れるジューシーな肉汁が嬉しい。カツはソース、味噌。塩の中から選べるようだ。一口目は塩、二口目は味噌、ソースの順番で食べる。どれで食べてもおいしい物だが、関西圏出身としてはやはり豚カツは味噌に限る。


「この漬物もなかなか・・・」


たくあんに胡瓜の浅漬け、辣韭など色々あるがどれも油に覆われた口の中をさっぱりさせてくれる。


ゆっくり食べているとは言え、幾分量が減って来た所へ新しく皿が運ばれてきた。


「こちら最後の皿の魚介フライ盛り合わせです」


皿に盛られた海老、鯵、烏賊、そして牡蠣だ。


「どうぞごゆっくり」


黒髪の女性が空になった皿を下げてくれた。それと同時に入口の戸がガラガラと空いた。


「あらお客さんじゃないか。一見さんかい?」


金髪にそぐわぬ目尻に引かれた赤い隈取と白い前合わせの着物を着ている女性だ。

彼から少し離れた席に座ると黒髪の女性に向けて軽く手を上げると黒髪の女性が厨房に戻っていく。

すぐに出てきた彼女の持ってきたお盆には見慣れない銘柄の日本酒と思われる酒瓶と御猪口が乗せられていた。


「ココノエさんも久しぶりですけどね。何か食べていきますか?」

「籍入れてから何かと忙しくてねぇ・・・軽くつまめる物を貰えるかい?」

「は~い!」


熱々の牡蠣を頬張りつつ会話に耳を立てる。どうやら彼女はココノエと言うらしい。


それはそうとして揚げ物を味わう。新鮮な海老のフライにかぶりつくとプリプリとした食感がたまらない。

付いてきたタルタルソースを付けるとこれまた一段と美味しくなる。タルタルソースと言えばピクルスの事が多いがここでは辣韭を使っているらしい。風味も和風寄りになり店に合っている

続いて鯵のフライだ。半身で尻尾が無いので食べやすい時折大葉の入ったフライがあるのも良い。

そして最後の最後。残りの一つは大取、牡蠣のフライだ。残っているタルタルソースを豪快に付けて一思いに一口で行く。濃厚な牡蠣の旨味とタルタルソースの旨味が合わさり兎にも角にも贅沢な味わいだ。


やはり白飯が付いて無いのは悔やまれるが、元より多人数向けのメニューだ。多少は致し方ない。


「こちら〆の鮭茶漬けです」


その声と共に目の前に差し出されたのはまごうことなき鮭茶漬けであった。


「あ、大丈夫ですよ。サービスです、サービス。お金は取りませんよ」


そういって勘定表を置いて厨房に戻っていく黒髪の女性。

勘定表を確認すると確かに鮭茶漬けと書かれているが料金はゼロとなっている。

それよりも揚げ物盛り合わせの方だ。

なんと二分の一と注釈が掛かれ料金もお品書きの二分の一となっている。それにしては最初の茄子と厚揚げはそこそこ量があった様な気がするが、その時の食べっぷりを見て減らしてくれたのかもしれない。


兎も角嬉しい気づかいであった。

お茶漬けを食べ終わり、財布の中身からお金を出す。


「お勘定お願いします」

「はーい」


声と共に現れたのは黒髪の女性ではなく赤茶色の髪をした女性だった。例に漏れず耳が付いている。


「はい、丁度ですね。ありがとーございまーす」


何かものぐさな感じの漂う女性だ。


「ホ~ク~?ま~たそんな接客してぇ~」

「げぇ!?ココノエさん!どうしてここに!?」


後ろでそんな会話がされているなかガラガラと戸を引き、店から出る。


そこはいつもよく通る道だった。


振り向いても塀があるだけだ。小料理屋「狐ノ寝床」など跡形も無い。やはり狐に化かされたのでは無いのだろうか。


彼はそう考えながらも帰路に付く。


・・・・・・・・・


人物紹介


彼:主人公 男性

揚げ物が大好きな少年の心を忘れた青年。学生時代にしていた趣味も仕事が多忙の為ほぼできずじまい。


ギン:狐ノ寝床の店員 女性 黒髪 尻尾は一本

狐耳女中小料理屋、狐ノ寝床の店員。主にホクを叱っている。皿や調味料の用意や食材の仕込みをしている。


ホク:狐ノ寝床の店員 女性 赤茶の髪 尻尾は一本

ギンと同じく狐ノ寝床の店員。よくつまみ食いをしようとする。主に雑用係。


ヤッポ:狐ノ寝床の店主 女性 茶髪 尻尾は八本

狐ノ寝床の雇われ店主。主に調理を担当している。ココノエとはそこそこ古い仲らしい。


ココノエ:? 女性 金髪 尻尾は?本

元狐ノ寝床店主。現在はとある事情からヤッポに役割を押し付けているようだが・・・。


作者:筆の遅い奴

茄子の揚げびたしと、とある店の昆布の佃煮が好物だと話したら渋いと言われた過去を持つ。

酒盗を作った経験があったりもする。

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