しらぞうの日常
二
俺の名前は素面しらぞう。二十三歳。
今日は機嫌がいい。
パチンコで久々に大儲けできたからだ。久々にキャバクラに行っていい女に触り、いい酒を飲みにいこうか、そんなことを考えながら歩いていた。
どんっ
すると何か動物でも轢いたか、と思うような感触とともにずるり、と下に落ちた。
パチンコの景品にあったアイスクリームだ。
服の裾にもべったりついていた。
目の前にはちんちくりんの冴えないスーツ姿の男が立っている。
「おい、お前」
しめしめ、今日はついてるな。
どうせしけた景品だし服も安物だけどヤクザのふりしてこいつをカツアゲするのもいいよな。なんか弱そうだし。
しかし俺の予想を遥か超えるような出来事が起きた。
男は地面に這いつくばってさっき落としたアイスを舐め始めたのだ。しかも泣きながら、しかし笑いながら?
「?」
目の前の状況をまだ整理がついていないが、さらに予測不可能なことが起きた。
俺のブツが見事に勃っていたからだ。
え。
お、おさまらない!
おさまれよ、この、この…!
男は立ち上がるとおもむろにそれを眺めた。きょとんとしていた。
「ち、違う!これは何かの間違いで、いや、その」何が間違いなんだろう。
やけに男のふにゃふにゃした言動と、地面に伏せてアイスを舐める姿と、顔面についてるアイスが何かに似ていたのにムラム…
俺の息子が反応したということだろうか。
「と、とにかく!別にそこまでしなくていいから、な?じゃあ!俺は用があるから!」
いそいでその場をダッシュした。
自分の異変に驚いたのか錯乱しているのかとにかくその場を去らないと本能的な何かが壊れそうだった。
「俺は女が好きだ。あんなフニャチン野郎のどこに興奮する要素があるってんだ?」
しかし、俺は気づいていなかった。
これから起きる散々な地獄を、知る由もなかった。
一方、取り残されたすいぞうはまだ地面に這い蹲っていた。
人生がどうでも良くなったのか、道行く人々に笑われても、罵倒を浴びせられてもその場から離れることができなかった。
すいぞうはあることに気づいた。
「ひへんふぇふぇひぎ」
地面に這いつくばるのが心地いい。こんなにもコンクリートの冷たさって心地いいものだったのか。今までは気づかなかった。
ふふ…
すりすり
ペロペロ
すいぞうの顔は砂利とアイスとその他もろもろで尋常ではなかった。その姿を例えるなら発情期の野良犬だ。
「あの、お兄さん?そこで何してるの?」
警察に通報された。
弁解する余地もなくすいぞうはそのまま引きずられるように警察署まで連れていかれることになった。
「ん?」
道路に何か落ちている。定期券入れのケースのようだ。おまわりは拾い上げる。
「おい、これもついでに」
定期券はすいぞうのものではなかった。
「素面しらぞうか。変わった名前だな」