すいぞうの日常
一
「えひゃらはみなたきなう」
「は?」
僕の名前は酔田すいぞう、二十三歳。
今のは自己紹介のつもりだったんだけど、相手には伝わらない。そりゃそうだ。
だって僕は生まれてから一度も「会話」というものをしたことがない。
原因は不明である。
「酔ってるんですか?」「いうあ、ぴらふでふ」(いいえ、シラフです)
親が心配して結婚できない僕にお見合いをセッティングしてくれたのだが、今回も駄目そうだ。女性は怪訝そうな顔で僕を見ている。
「あの、お仕事は何をされて?」
「いぱぱぴゅうかつじゅうでふ」
(通訳:今は就活中です)
すいぞうは極度のあがり症だった。
人前に出ると緊張して顔が真っ赤になり、発声すれば全部噛んでしまうという究極のどもりのせいで、周りからは酔っ払いか、危ない人か、酔っ払いだと勘違いされてしまう。あれ?今酔っ払いが二回でてこなかった?
自分ではうまく言えてるはず、言えてるはずなのに緊張しすぎて変な言語になってしまう。
結局今回のお見合いは三分でお開きとなった。
とほほ。僕にはもう結婚も恋愛も、人とのコミュニケーションなど壊滅的に無理なんだ。
諦めよう。
すいぞうが家まで歩いて帰るときにアクシデントは起こった。
どんっ
何か巨体に当たった。
「?」
そこに立っていたのはぱっと見ヤク…怖い人だった。手にはアイスクリームを持っていた。いや、正確にはアイスクリームがさっきの衝撃でまるごと地面に落ちてコーンだけを握っていた。
「おい、てめえ…」
!!
すいぞうの赤い顔は真っ青になり、中間の紫色に変色する。
「ぎょぎゃぎぎぎが…!」←ごめんなさい
「どうしてくれんだよ…俺のアイス…」
「ぜ、ぜんしょしまぷ!」←べ、弁償します!
「は?善処します?いい度胸だな」
「び、ぴぱうまううああ、い、いふはふう」
すいぞうの言葉はもはや宇宙人ですらお手上げ状態だった。とにかく伝わらないなら土下座しようとして地面に這い蹲った。ひたすら頭を下げる。すると顔にベタッと甘い香りがひっついた。
アイスだ。
すいぞうの顔の周りはさっきヤクザが落としたアイスでベトベトになっていた。
あ、甘い。
すいぞうはそのまま地面に落ちてるアイスをペロペロ舐め続けた。なんて甘味だ。こんな美味しいものが、僕は、僕はなんてことを…。
いつしかすいぞうの目には涙が溜まっていた。今までの辛い人生がよぎったのか、さっきのお見合い相手の嫌そうな顔を思い出したのか、アイスに対する罪悪感なのかもうわけがわからないけど
とにかく涙が止まらない。
伝わらないというのはこんなにも辛いことなのか。
「う、うう…」
そのままアイスを舐め続けるすいぞうの顔は恍惚と涙でグシャグシャになっていた。