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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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⑧ 猫(ミント)

 満月が見える大きな窓辺。

 雪原の様な真っ白な毛並みの美しい猫が、色取り取りの刺繍の施されたソファーの上から鳴く。


「ニャオーーン(もう、独り立ちしてしまうのね)」


 窓枠に小さな体を乗せる銀灰色の子猫が答えた。


「ニャアニャアニャアーーー(少し早いかもしれないけれど、俺には約束があるから)」


 豪華な家具のある部屋の中では白い猫の周りに子猫の兄弟達が母の傍で安心し重なり合って寝ている。白い猫は自分から離れるシルバーグレーの子猫を不安気に見つめた。


「ニャー? ニャー?(本当に大丈夫なの? そこへ行って貴方は幸せになれるの?)」


 乳離する我が子がもう一度考え直さないだろうか。このお屋敷の人間はお金持ちで猫好き。ここに居れば幸せな暮らしができるのよ。


 しかし子猫は窓の外を見ながら迷いなど一切無い様子で


「ニャーーー(俺を待っている奴がいるから)」


 自信満々に言う。


 我が子を待つ人間って誰なの? 私は見た事がないわ。この子が何故これ程揺るぎ無く分かった風な事を言うのか不思議。銀灰猫は他の兄弟に比べて1番利発で早熟で母との意思の疎通が早く、飼い主のご機嫌をとるのも上手で、子猫の中身はまるでこの世を知り尽くしている様。この子の事を心配する必要はないのかもしれない…でも…でもね


「ニャオーーー(私はずっとここに居るからいつでも帰ってくるのよ)」


 灰色猫は私の大事な子供。その人に大切にしてもらえなかったら母の元へ戻って来てね。


 子猫は自分の身を案じてくれる母猫を見据え


「ニャアーン(今まで育ててくれて、ありがとう)」


 頭を下げしっかりと挨拶をすると窓から地面へと飛び降り軽く跳ねながら家を出た。


 俺も母さんをとっても愛している。それでも、あいつの元へ行ってやらないといけない。

 母さんには俺の兄弟が沢山付いているけれどアイツには俺だけだから。きっととっても寂しい思いを抱えて生きてるだろうから。


 満月と星が煌めく明るい夜の街を子猫は城を目指して駆けて行った。



 ▽▽▽



「ビレアーーー!」


 白銀の長い髪に青い瞳の男は自分が来るのを知っていた様で、深夜にも関わらず腕を広げて屋敷で待ち構えていた。


(なるほど、俺の記憶通りの姿の人間だ)


 男の体はとても大きくて俺は男の胸へ捕らえられる。


「ああ! 幸せです! ビレアにまた逢えるなんて!」


 男は俺を優しく掴み頬擦りした。綺麗で温かいスベスベな頬。痛くは無いが何故か気持ちが良くない。それに優しくといっても、俺は子猫。全く身動きが出来ない押し付けられた状態だ。


(クッこいつ! 本当に記憶にある男だ…俺への配慮が足りねぇ…)


「ああ! なんて可愛い! ビレア! ビレア! ビレーーー」


「ブッシャァーーー!(うるせーーー!)」


 俺は全身の毛を逆立て前足で男の唇を搔いだ。


「…いっ…つぅ…」


 男の唇から小さく血が出た。口が痛いだろうに男はそれでも俺から手を放さず柔らかく包む様に抱く。


「フニャーーー(お前と俺は初対面だろうが! 俺に会えて嬉しいのは分かるが、お互いちゃんと挨拶させろ!)」


 俺が男へ教育的指導を与え注意をすると男は柳眉を下げ


「すみませんビレア。貴方を見て興奮しすぎてしまった様です」


 素直に謝った。良し、従順な態度。許す。


「ニャッシャーーー! ニャーニャアン(いいかよく聞け。俺は魂の記憶を持ってはいるが、俺は俺だ! ちゃんと俺の事を考えて俺に接しろ。そうしたら俺はお前の側に居てやる)」


「は、はい。分かりました。ビレア」


 男は沈んだ表情を輝かせて俺を抱きながら屋敷の中へ入った。俺が生まれた家よりもふた回り程小さいが、この男1人で住むには広すぎる屋敷。壮麗なリビングにある豪華なソファーへ男はゆっくりと俺を下ろした。


(煌びやかで豪勢なこの家の内装も調度品もこの男の趣味で無いのを俺は知っている。桜の頃にこの国で不正を働いた貴族の屋敷がこの男に恩賞として与えられた。まあ、俺が寛げるなら何だって良いか)


 俺は小さな体を毛繕いし気を落ち着かせてから男へ言った。


「ニャ、ニャーニャー(良し、それじゃあ、先ずは俺に名前をくれ)」


 男は俺が体を整える姿を愛おしそうに眺めていたが、俺の言葉を聞いて少し驚いた様だ。


「え〜と、名前ですか?」


「ニャニャ(ああ、俺は生まれてからまだ3ヶ月なんだ。生まれた家ではチーちゃんやグレーって呼ばれていたが、チーちゃんは小さいからグレーは毛の色から。俺は俺の為の名前が欲しい)」


「なるほど…では…ビレアと名付けても良いでしょうか?」


「シャッア!シャッシャア!(それは前世の女の名じゃあ! さっきも言ったが今の俺の事を考えて名付けやがれ!)」


 俺は男の手の甲へ猫パンチを放つ。(俺はビレアであってビレアじゃ無いんだ!)


「っつぅ…すみません…貴方に合った名前を考えます」


 俺の爪で男の手には赤い一筋の糸の様な傷が付いたが、男は傷付けられても嬉しそうに俺を見つめ俺の名を思案しだした。俺は怠いのでソファーへ身を伸ばしながら男が名前を考えつくまで待つ事にする。


「ニャー(言っとくが俺は雄だからな。雌臭い名にすんなよ)」


(凛々しい俺に相応しい名前にしてくれよ。フー、ここまでこの小さな体で走って来たから疲れたぜ。

 ん、尻尾をパタパタすると気持ちが疼く。

 いや、落ち着け。アレは俺の体の一部だ…獲物じゃない…しかし…魅惑的な毛玉だ…)


 男は名前を思い付いたのか俺の横へ腰掛け考え付いた名前を言い出した。


「クフェアはどうですか?」

「ニャーン(聞きづらいから嫌だ)」


「それではスミレは?」

「ニャニャ(それ女の名前じゃね?)」


「え〜フクジュは?」

「ニャー(爺臭い)」


 俺はソファーで寛ぎながら男に答える。男は沢山名前を口に出したが俺はイマイチピンとくるものが無かった。というか、段々と眠くなってきて男の声が遠くに聞こえる。


(俺…まだ子猫だから仕方ない…)


「それではミントは如何ですか? 貴方の瞳はとても美しい若草色をしていますから」


「ニャニャ〜ン(あ、じゃあソレで。ミントで)」


 眠気に勝てず俺は妥協してミントという名を男から貰った。

(まあ、奴も俺の輝く瞳の色の特徴から俺の名を連想して付けたから俺の事をよく観察したとして合格にしてやろう)


 睡魔に負け眠る俺を男は大切に抱き上げて男のベッドへと俺は運ばれた。


 男の名はビャクシン。

 ここマジョラム国の魔法使いであり国の奴隷になった男だ。俺には前世の記憶があってこの男とは番いの約束をしている。

 しかし、今世で俺は猫に生まれてきた。しかも男だ。

 俺的にはこの男の孤独を癒してやりたい気持ちは強いが、ビャクシンが(おれ)で満足するかは俺の知ったこっちゃない。とにかく律儀な俺は魔法使いとの約束通りビャクシンの元へ帰ってきてやった。俺は猫らしく自由気ままにここで暮らすだけさ。



 ▽▽▽



(猫生が始まって10年が経った…過ぎてみればあっという間か…)


「ミント、どうしました? ぼんやりして。布団から出ると体を冷やしますよ」


 ビャクシンは俺の細い肩を抱き引き寄せる。あ、あれ


「おい、俺まだ人間の姿じゃないか?」


(俺が2歳、人間なら22歳から24歳くらい頃からビャクシンの魔法で女の姿になりコイツと番っている。だいたい1回体を合わせれば猫に戻るのに今日はまだ人間のままだ)


「長い間、人に変化していたのでミントの体が慣れてこの状態を維持できる時間が増えたんでしょう」


 ビャクシンは幸せそうに微笑んで俺を胸に抱く。


「それ本当だろうな? お前また俺に内緒でいつもと違う魔法を使ったとかじゃねえよな?」


(もしもそうなら教育的指導で強力な猫パンチをお見舞いしてやる!)


「いいえ、そんな事はしていませんよ。いつもの変化の魔法を使っただけです」


(…ふー…なら良いかぁ…ビャクシンの腕の中はぼんやりと暖かくて眠くなってくる…)


 俺は前世の女達とは違い、暗い感情を持つ事無くビャクシンとの関係を続けた。偶に夢にビレアやノウゼンカ、桜が出てきてビャクシンと体を繋げることを心配されたが俺にとっては問題は無い。それは多分俺がビャクシンの飼い猫で社会と接点を持たない存在だからだろう。


(何も背負わない立場の人間ならビャクシンと一緒に平和に暮らせるのかもしれない。

 俺は猫だからこうやって化けてでしか人の番になれないが、いつか地位や階級を持たずビャクシンを恐れず並び立ってくれる魂がコイツの元に現れてやって欲しい)










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