対決 夢魔③
※人が食べられる場面があります。
「フェンネルさん、二日酔いはもう大丈夫なんですか?」
密集して立つ民家の細い路地。フェンネルさんはいつものチャラっとした雰囲気で私に片手をひらひら上げ立っている。
「ああ、面倒かけてごめんなぁ。もう平気になったから」
バツが悪そうに片目を閉じて両手を合わせ謝るフェンネルさん。
お酒の飲み過ぎは良くないけれどそんなに世話をかけさせられた記憶も無いので、フェンネルさんの謝罪を私は微笑んで受け入れたが、
「騎士殿。ダラシないですな。貴方はもっと聖女の護衛として意識を高めるべきですよ」
ビャクシンさんは綺麗な眉間にしわ寄せてフェンネルさんを睨んだ。
「ああ、本当に今回の事は反省してるって。次回からはこんなヘマはしないからさ」
ビャクシンさんに注意され言いにくそうに謝罪する。
フェンネルさんはあの地酒がアルコール濃度が高いとは知らなかったし、いつもと違う場所ってテンション上がっちゃって飲みすぎちゃう気持ちも分かる。夢魔に取り憑かれたのだって、フェンネルさんの責任では無いと思うからフェンネルさんをあまり責めないでって、ビャクシンさんに私がフェンネルさんを庇う発言するとビャクシンさんの苛立ちを大きくするから止めとこう。
「フェンネルさん。体調が戻ったなら夢魔退治が最後1件残っているので一緒に行けますか?」
フェンネルさんへ助け舟を出す。話題を変えるくらいならビャクシンさんもそうは怒らないはず。
「ああ、もうあと1件なんだな。スッゲェ、夢魔退治早く終わってんね。流石、聖女ちゃん」
ニヒャっと緩く笑うフェンネルさんを見てビャクシンさんは呆れた感じで小さく溜息を落とした。
フェンネルさんは昨晩夢魔に見せられた夢を覚えていない。私も彼に夢魔が憑いていた話はしていない。っていうか、フェンネルさんの望みが5人の美女を侍らすハーレム作りなんて口に出せないわ。
正直、ビャクシンさんがフェンネルさんに呆れる以上に私はフェンネルさんに対して軽蔑しちゃってる。でも、フェンネルさんは魔王討伐隊の1員。仕事の仲間な訳だからプライベートは端に置いて、大人として一緒に行動していくしかない。しかし…もしも…フェンネルさんが本当にハーレムを作ったら私彼の事斬っちゃうかも…自分が怖いわ…
このマジョラム国の地方都市は教会を中心に街が円形に広がっている。
レモンバーム村も同じで村の中心に教会があって、そこからかなり離れた民家に住む男性の家が今回最後の夢魔退治。村の人の話では彼は親類や家族がいないと言っていた。
1人暮らしだから玄関ドアをノックしても返事が無い。扉には鍵がかかっていなかったので、勝手に中に入らせてもらった。
「っぅへー、ちょっと臭うね」
フェンネルさんが鼻をつまんで言う。
家の中は広いリビングと家の隅に狭いキッチンがあり、リビングの奥に小さなベッドが置かれている様だ。この家の持ち主は独身だから部屋の中を片付けてくれる人がいなかったんだね。眠リに落ちる前に買い置きしていた食材が台所で腐って臭いを発していた。
夢魔に憑かれている間、眠りについた人達は食事や排泄は出来ないらしい。ある意味、周囲の人間は眠る人の世話は大変ではないと言っていた。布団で眠る男性は肌ツヤが良くてふっくらとした頬にがっしりした体形。夢魔に取り憑かれてまだ日が浅いのかな? さほど汚れてもいない。
「ビャクシンさん、お願いします」
ビャクシンさんは私の右手を握りフェンネルさんのマントの端を摘む。そして呪文を唱え魔法陣が私達3人を囲むと赤い空間へ移動した。
「あかい?」
今まで濃淡の差はあれどピンクな空間が多かったのに、この男の夢は鮮やかな赤色だわ。
「ヒッ!」
フェンネルさんが息を呑むのが聞こえ顔を向けると、赤い空間の中で床に倒れる裸の女性の腹部へ顔を押し当てる男性
…い…あれ、まさか女の人を食べてんの!
そういえば昔テレビで見たわ。カニバリズムとか人肉を好んで食べる人間の話。この夢の男性は心の奥で人間を食べたいって願望を持っているのか!?
「なんて…酷い奴だ…女性を…人を食べたいなんて…最悪ぅ〜」
フェンネルさんは吐き気がすると顔をしかめる。
私も同意見なんだけれど、さっきビャクシンさんが言っていた様に現実に起こさなければ、個人の胸の奥へこの嗜好を一生閉じ込めておいてくれれば良い。
理解し難いけど、本人も気付かない欲望を夢魔は引き出して寄生主から性を搾り取るんです。だからこの狂人な男も夢魔から解かれれば普通の男性に戻るはずーーーあれ? あの食べられてる夢魔動かないんですけど?
今までは眠る人に呼びかけて覚醒させ、怒った夢魔が私へ襲いかかるのを返り討ちにするパターンでやってきたけれど、目の前の夢魔は白目向いて口から血を流し男の腕の中でジッとして食われている。あれは夢魔の演技? あの状態で男から精力を取れるの? …気を取り直して…先ずは男性へ声をかけてみようか?
「あのー、すみません…ちょっと…食事を止めてください」
無我夢中で女性の腹わたを飲む男が振り返る。男の口周りは血がべっとりと着いていて、白目が血走り目つきも尋常じゃない。げえー気持ち悪いぃ。
「貴方が食べているのは夢魔という魔物です。私達は夢魔の見せる夢に捕まる貴方を助けに来ました。さあ、現実へ戻りましょう」
『…ク…クク…ククク…』
男は歯を上下くっ付け笑う。
なんか動きが普通の人じゃないな。黒目が左右に離れ口端からよだれが垂れ身体が左右に揺れて
『…俺を…助ける…ククク…今更…本当に助けて欲しかった時…誰も俺に手を差し伸べてくれなかった…』
あの女性の特徴サキュバスのままだ。今までは夢魔は夢見る人の理想の人物に変わっていたのに。いや、サキュバスの姿は男性受けの良い美女だから化ける必要がなかったのかもしれないけど、この夢今までの夢魔の見せる夢の雰囲気とはかなり違う。
『ククク…それに…あんな退屈な日常に戻るなど…』
男性は食べていた夢魔を床に落としフラリと立ち上がり
『お断りだ』
男は人として想像出来ない速さで私へ踏み込んだ。
しまった!
まさか夢魔でなくて男性が私へ攻撃してくるとは思わず反応が遅れた。と俊敏なフェンネルさんが私の前に出て男性の長い腕を剣で斬りつける。
ガキッ!!
硬い物が当たる音がしてフェンネルさんの剣が弾かれた。
「クソッ!」
『ククククク』
フェンネルさんの剣を生身で受けたのに男性からは血が流れず、見える腕は硬い金属的な感じで黒く光っている。白眼は赤黒くなり口が裂け耳が尖り男は異形な姿になった。
「あの男どうやら夢魔を食べて精神に取り込んだみたいですね」
ビャクシンさんが私の隣へ来て言う。
「え! それってーーー」
「男が魔物に変わりました」
人間が魔族になる! そんな事を望む人は居ないはず、でも目の前の男は変化した自分を見て嬉しそうに笑っている。
『クカカカ…人間が人間を食うことは許されなかったが…これでようやく大ぴらに人を食べられる!』
この男もしかして夢魔に取り憑かれる前から、自分の中にある食人欲求に気が付いていたの! それで夢魔を利用して夢魔を食べる事で魔物になり人間を食べるつもりなんだ!
私は聖剣を握り構えた。
「魔物相手なら手加減はしないわ!」
「よし、聖女ちゃん。俺も加勢するからコイツを倒そうぜ!」
フェンネルさんも魔物へ剣を向ける。
『カカカ…お前らアホだなぁ…ここは俺様の夢の中なんだぜカカカ』
魔物は笑いながら身体が大きくなった。デ、デカイ! 5メートルくらいありそう。魔物は私達を踏みつぶそうと足を上げる。
「キャア!」
「ウォ!」
「……」
3人散って避けるが、魔物はドスッドスッとステップを踏み私達の周辺を巨大な足で掻き乱す。
駄目だ!コレ!さっきフェンネルさんの剣がコイツの体に刺さらなかったし、剣で戦えるサイズの敵じゃない!
「ビャクシンさん、お願い! 魔法で倒して!」
可能な限り私がやりたかったけれど、今は足を避けるので精一杯!
ビャクシンさんは私の声を聞いて呪文を唱え杖を振った。
こんな荒れた状況でもビャクシンさんは体勢を崩さず流れる様に足を避けている。美形ってこんな時でも優雅な動きするわって、ビャクシンさんを見ている場合じゃないわ!
ビャクシンさんの魔法の杖から白銀の縄が複数飛び出して魔物の体を巻き付けた。
『グォッ!』
魔物と化した男は両足両腕を縛られ赤い地面へドドンッと倒れた。大きく裂けた口にも銀の縄が咬まされ男は口がきけない状態でもがく。
「さあ、そよ子。トドメを刺してください」
ビャクシンさんはにこやかに私へ勧める。
「あ…あのビャクシンさん…
お願いしておいて申し訳ないのですが…私…無抵抗の敵を斬れる程、精神力が強くなくて…」
魔法で倒してとお願いしたけれど倒しての意味が違うの。私ではこの魔物をやっつけられないからビャクシンさんに魔法で退治して貰おうと思って、まさか床に倒して最後を私に任せてくれるとは思わなかった。
「優しいですね、そよ子は。
でも、心配はいりません。貴女の持っている聖剣で斬れば、この男に入った魔は抜け元の人間に戻るんですよ」
「え、この人魔物から戻れるの!?」
「はい。そよ子の聖女としての力が聖剣を媒体にこの男に流れ夢魔の魔力が消えます」
ビャクシンさんは穏やかに私を諭し促す。
「そっかぁ、人間に戻るのならーーー」
私は魔物の背中を斬りつけた。聖剣で斬った傷口から黒い煙がモヤモヤと上がり空気の中へ溶けていく。その間に男の体は縮み耳の形や皮膚などが素の人間に戻った。
ここまで読んでいただき有難うございました。




