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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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レモンバーム村

「ちょ、ちょっとフェンネルさん! もう少し静かに食べないと…周りに煩いって…」


 フェンネルさんを落ち着かせようと手で制しようとするが


「えー! 大丈夫っしょ! 俺、オークが美味いって褒めてんだよ!

 この地の特産物に感動してんだから! このオークテキは最高!」


 うわ! しまったフェンネルさんやっぱり酔っているんだ!

 フェンネルさんの瞳が潤んでトロンとしてるし頬が少し赤くなってる! もっと早くにお酒飲むの止めれば良かった!


「クッハー! 酒もうめえーーー!」


「 飲みすぎだって、お酒もう止めて! 駄目!」


 フェンネルさんからグラスを取り上げようとするも、彼の方が上背があって腕も長いから届かない。

 キイーーーーーー! 腹立つわーーー! 酔っぱらいめ!


「失礼」


 私の横から渋い大人の男性の声がした。見ると声に見合ったダンディーなおじ様がいる。

 白銀の髪をオールバックにし少しコケた頬に魅惑的なアメジスト色の瞳。一瞬魅力的な大人の男性に目を奪われた後、ハッ、ヤバイ騒ぐなと怒られる! と焦る。

 と、とりあえず謝らないとーーー

 しかし、おじ様は私を背に庇うようにビャクシンさんの視界へ入り穏やかに話し出した。


「ここのオーク料理とお酒は大変美味しいですね」


「は? 何? おっさん誰?」


 おじ様に不機嫌そうに返事するフェンネルさん。


「ふふ、私の名を名乗っても良いのですが、貴方は大分酔っておられるご様子。

 今、貴方に名乗っても覚えてもらえないでしょう?」


 おじ様は和やかにフェンネルさんへ言いながら、フェンネルさんの手に握られたグラスを取り上げテーブルへ置いた。おじ様が素晴らしくスマートな動きでグラスを取り去ったから、フェンネルさんは唖然として自分がお酒を取られたと気付くのにワンテンポ遅れた。


「…え…俺酔ってねえし!」


 フェンネルさんはおじさまに向かって勢いよく立ち上がりお酒を奪い返そうとしたが、足がもつれてその場にへたり込んだ。


「んん!? 目が回る? なん…で? 俺酔ってな…い」


 いや、完璧に酔っているわ。


 フェンネルさんは床から立ち上がれない自分に急激に酔いを感じ動けない。そのフェンネルさんの脇に手を回しておじ様はフェンネルさんを立ち上がらせた。フェンネルさんは騎士だから細身に見えてもしっかりと筋肉がついていて重いのに、おじ様は軽くフェンネルさんを支えて見える。


 おじ様は美しいアメジストの瞳で私を見て微笑みながら


「華奢なお嬢さんではこの大男を運べないでしょう。部屋まで私が運びましょう」


 まあ! なんて紳士! おじ様の容姿や仕草に見惚れてしまう。

 ああ、しかし見ず知らずの方に甘え過ぎては駄目だわ。


「あ…でも…そこまでご迷惑をおかけしては」


 フェンネルさん(仲間)の面倒はちゃんと私が見なくちゃ。

 フェンネルさん、酔いを自覚したせいか大人しくなっているし此処で少し休憩したら歩けるようになるんじゃないかしら。


「大丈夫ですよ。お嬢さん。

 私は食事を終えて部屋へ戻ろうと思っていたところですからお気になさらず。

 見たところお嬢さんはまだ食事の途中でしょう。この店のオークテキは他では食べられません。本当に美味しいので良ければゆっくりと召し上がって下さい」


 おじ様は優しい口調で私に食事をすすめてくれる…どうしよう? 見ず知らずのおじ様に甘えても良いのかしら?

 私が返事に迷っているとおじ様に肩を借りているフェンネルさんが呻いた。


「ウ〜ッ、気持ち悪いぃぃ」


 おじ様はテーブルの上に置いてあるフェンネルさんの部屋キーを握り


「お嬢さん。私は酔っぱらいの面倒を見るのに慣れているから心配しないで…これは急がないと食堂に迷惑をかけてしまいますから…」


 と言って、おじ様は長身のフェンネルさんを軽やかに連れ食堂を出て行く。

 まるで一陣の風が吹き過ぎたように静かになる食堂。


 直ぐに追いかけて行こうかと思ったけれど、私が付いて行ってもおじ様と一緒に歩くだけで何か気の利いたことが出来るわけじゃないし、せっかくだからポークテキを食べ終えてからフェンネルさんの様子を見に行こう。

 私は気を取り直して食事を再開した。


 おじ様もこの宿の宿泊客みたい。明日の朝にお礼を言ったら良いかなぁ。

 それにしても、旅にハプニングは付きものとはいえフェンネルさんがあんなにお酒に酔うとは思わなかった。

 あと、さっきの話しだとフェンネルさんの初恋はクレマチス姫って事じゃ。

 今はクレマチス姫の事フェンネルさんはどう思っているのかしら? 聞きたいけれど素面の時には話してくれなさそうだわ。

 あ、そう言えばクレマチス姫はビャクシンさんのことが好きみたいなんだよねぇ。それで、フェンネルさんビャクシンさんの事が嫌いなのかなぁ。


 そういえば、ビャクシンさんは大丈夫かしら?

 クレマチス姫が看てくれるから安心してお城に置いて来たけれど…私、聖剣で力一杯叩いちゃったからなぁ…まさか死んでないよね? ビャクシンさん不老不死の不死身だし…あ…先日タイム司祭がビャクシンさんを魔族に近い存在って言ってたわ。


 もしかしたら、殴った打撃による失神じゃなくて聖剣の聖なる力でビャクシンさんを倒しちゃったのかしら?

 うぅ、凄くヤバイ気がしてきた!


 大きなポークテキを完食したが満足な気持ちよりも不安で一杯になってきた。


「…ビャクシンさん…大丈夫かな?」


「そよ子!」


「ンンッ!」


 椅子に座る私の後ろからビャクシンさんが突然抱きついた。

 銀色の長い髪を下ろし空色の瞳の美形な魔法使い。間違えようもなくビャクシンさん本人だ。


「ビャクシンさん! どうやって此処に?」


 いきなり現れたビャクシンさんに驚き聞く。瞬間移動が出来るのは知っているけれど、今夜急にレモンバーム村へ泊まることを決めた私の居場所が何故分かるの?

 ビャクシンさんはギュムっと私を抱きながら


「騎士殿がクレマチス姫に宛てた連絡書を見まして、移動魔法で飛んで来たんですよ。

 それにしてもそよ子、私以外の男と2人きりで外泊なんて危ないじゃないですか!」


 この宿に着いて直ぐにフェンネルさんが姫へ伝書を送った。伝書は紙に魔法をかけ鳥の形に変えて飛ばす物で極々限られた人が使える魔法らしい。騎士のフェンネルさんは魔力を持っているから戦の伝達手段として修得したと言っていた。


 私はビャクシンさんの態度に大きなため息を吐いて


「ビャクシンさん。腕を解いて下さい。

 ビャクシンさんはそう言いますが一般的な世間の男性より、ビャクシンさんこそ私にとっては危険なんです」


「えっ? 何故ですかそよ子」


 私に回す腕をしぶしぶ解きながらショックを受けるビャクシンさん。

 ちょっと目に力を入れビャクシンを見つめる。


「私、今朝も言いましたが異性とは結婚まで清い交際を望む派なんです。ビャクシンさんは私にスキンシップし過ぎだと感じます」


「しかし…それは…」


 確かに私はビャクシンさんを好きだけれど、ビャクシンさんが私に寄せてくれる好意は私の魂がビレアだからだよね。それはどうしようもないことなんだけれど、もう少し今の私も見て欲しいから


「私がいた世界ではビャクシンさんみたいに相手の了承を得ずに抱きついたりするのは、相手から嫌われますしセクハラと言って訴えられたりするんですよ」


「なっ! …嫌わ…れる」


 ビャクシンさんの側にいると約束したけれど、ビャクシンさんの意のままってわけにはいかないのです。

 私にも意見や希望があるのだから


「なのでこれからはもう少し節度を持って私に接して下さい」


「…わかりました…」


 好きな人へ自分を主張して嫌われないか怖いけれど、それでも言っていかなければビャクシンさんにそよ子()を分かってもらえないもの。ビャクシンさんは私の横で片膝ついて項垂れている。今言った体に触るのを控えてって話はちょっとは認めてくれたみたい…あ…


「ビャクシンさん額大丈夫ですか?」


 私が聖剣で叩いたビャクシンさんのおでこは全く傷跡が無く、いつもの美しい額が見えるけれど気を失うくらいの衝撃を与えたのだから心配。


「目覚めた時には少々痛みましたが今はもう何ともないです。

 ふふふ、まさか私が叩かれるとは思わなかった。それに自分が気絶した事に驚きました」


 ビャクシンさんは楽しそうに笑いながら言う。


 今回の叩いた事を謝る気持ちは無いけれども、こんな喜んでいる様な反応は意外だわ。…ビャクシンさんは不老不死で魔族に近いと人々から畏怖され避けれている…他人から与えられる刺激に飢えているのかもしれない。長い時間を孤独に紡ぐビャクシンさん。


「まあ、叩いたのがそよ子だから私も抵抗せずに受けましたが、他の者でしたら魔法で反撃してましたよ」


 ホロリと物悲しくなった私にビャクシンさんはサラッと美しい顔で言った。


 …これは私以外がビャクシンさんを構うと一歩間違えば殺され(やられ)ちゃうかも…

 人間にとってビャクシンさん(この人)が恐怖の対象っていうのは間違いないわ。











ここまで読んでいただき有難うございました。

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