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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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聖女サクラと聖剣

そよ子のファーストキスはレモンの味では無くて劇物的な身体が痺れるほどのものでした。

 足に力が入らないっていうか腰が持ち上がらない。これがいわゆる腰が抜けたって感じなのかな。

 日本にいる時に読んだ恋愛小説で口付けが気持ち良すぎて体の力が抜ける的な表現があったけれど、腰が砕けるって物語じゃなくて現実にあるんだなぁ。あ、でも私の場合、突然冷酷に変わったビャクシンさんが怖かった精神的ショックと、強く体を抱きしめられ動けなくされた肉体的衝撃も加わっているから、立てない原因はキスだけとは限らないか。


『ちょっと! そよ子! 他事考えていないで、貴女も目の前の馬鹿に言ってやりなさいよ!

 馬ぁ鹿ぁ! 馬ぁ鹿ぁ!』


 え、いや馬鹿って連呼するってどうなんだろう?

 しかも私の口を使っているからこれは私が言っている感じだし。あ、ビャクシンさん呆れた顔している。


「…その話し方にその声…貴女サクラ様ですね」


『ふん! そうよ! 久しいわね。偉大なる魔法使い様。

 それにしてもアンタって相変わらず女々しいったらないわね』


 私に声をかけて助けてくれたのは第2代聖女サクラ様。

 幼児の頃に日本からマジョラム国へ召還され、当時の第1王女に育てられ魔王討伐を達成した女性。

 って、タイム司祭から教えられていたけれど、なんて言うかサクラ様って結構口が悪い。それにビャクシンさんの事が嫌いみたい?


「サクラ様、貴女はこの地上での生を終えられたはずですのに、何故また戻られたのですか?

 そよ子の体から出てください」


『無理よ。この娘はアンタの執着する女性だけれど聖女でもあるの。

 私は次世代の聖女(そよ子)をサポートをする為に遣わされたのよ』


「サクラ様の手助けなくとも私がそよ子を導きます」


『ふふん! 何言ってんのよ! さっきそよ子の気持ちを無視して無理矢理口づけしていたじゃない!

 幾つになっても自分の欲に勝てないなんて、本当に軽蔑しちゃうわ。

 アンタなんて1000年経っても彼女の気持ちを考えてやれない身勝手な男よ!』


「………………………………」


 あ、ビャクシンさんが絶句した。まあね、この言い合いはサクラ様が正しいと思うの。


『おっと、余計な事に時間を使ってしまったわ。

 そよ子、私貴女に渡したい物があるのよ』


「…渡したい物…」


『そうよ。私が生前使った剣なのだけれど、当時この剣に結構なスキルを付与したのよ。

 謂わば聖剣ってやつなのよ。

 だからこの剣は次世代の聖女に上げようと思って私がコッソリ隠しておいたの』


 おお聖剣かあ。

 ゲームやファンタジー音痴の私でも、先代の聖女が使っていた歴史的価値を感じてちょっとワクワクするわ。


『そよ子ちょっと立ってそこの桜の根っこに行ってみて』


 えっと…立ち上がれるかしら…どっこいしょ! あ、立てたわ。少し休んだからかな。

 は…ええ…駄目! まだ足がもつれて…こ…転ぶ!


「きゃっ!…あ…」


 倒れかけた私をいつの間にか近くにいたビャクシンさんが支えてくれた。


「…あ…ありがとう。ビャクシンさん」


 顔が近いとキスを思い出してしまう。恥ずかしくて彼から顔を逸らした。


『魔法使い様、少し体を離してそよ子に付き添ってよね』


「…チッ…サクラ様に言われなくてもそうしますよ」


 ビャクシンさんの舌打ちが聞こえた。ビャクシンさんとサクラ様って何かあったのかしら?


 ヨタヨタと進みながら切り株へ到着。切り株は大分傷んでいて黒くほぼ朽ちている。

 ん? さっきは分からなかったけれど、切り株の中央にキラッと光る金属が見える。


『ああ、見えたみたいね。そよ子。

 聖女(あなた)がそれに触れれば私のかけた封印は解除されるわ』


「こ…こんな…私のビレアに…剣を隠していたなんて…」


 私を支えるビャクシンさんの腕がプルプル震える。すんごい怒っているんだろうなぁ。

 取り敢えず、せっかくサクラ様が私に遺してくれた剣なのだから、私は手を伸ばした。


 指が金属に触れた瞬間、勢いよく黄金色の光が地面から湧き上がった。

 ゴゴゴゴゴと轟音が響いてきて小さな古い桜の切り株に火が着き、燃え上がる炎の中心から徐々に薄ピンクの両刃の剣が宙に浮き上がってきた。


『受け取ってそよ子。

 聖女の聖剣よ。この剣と私が必ず貴女を護るからね』


 目の前に浮かぶ輝く剣を手を取ると途端、剣は本来の重さを取り戻す。グッと剣を握る。

 クレスト隊長から貰い使っていた剣よりも軽いしとても手に馴染む感じ。


「有難うございます。サクラ様。大事に使わせて貰いますね」


 想定外の贈り物に喜んでいると私の隣にいるビャクシンさんがワナワナと体を震わせて泣き出した。


「ビレア…ビレアの木が…燃えてしまった」


 ポロポロと涙をこぼし燃える桜の根を見つめる。


『魔法使い様、(お姉さん)に生前言われていたでしょ。必ず生まれ変わって魔法使い様の元へ戻るから桜の木は燃やしてって。

 魔法使い様の意気地無し! 彼女は約束通りアンタの隣に帰ってくるのに! 昔を懐かしがっていないで今をしっかりと生きなさいよ!』


 ビクッと体を揺らしてビャクシンさんは私を凝視した。


 私は現在(いま)を大切にしろと言うサクラ様の言葉が嬉しかった。でも、ビャクシンさんにとってはこの古い木の根は愛しい人の形見なのだから、恋しい気持ちは理屈では割り切れないのだろう。


 私は眉を下げ微笑んでビャクシンさんを見上げる。


「ビャクシンさんにとって大切な切り株を燃やしてしまって御免なさい。

 私では桜の木の代わりになれないかもしれないけれど、私が可能な限りビャクシンさんの側に居てビャクシンさんを寂しくさせないようにするから、ほら、もう泣かないで」


 ビャクシンさんのキメ細かい頬に指を当て彼の涙を拭うと、ビャクシンさんは顔を真っ赤にして恥ずかしそう。ついさっき、あんな情熱的なキスをしていた時には照れなんてなかったのに。ビャクシンさんの初めて見る顔に胸が鳴る。


『…そよ子…またね』


 私の口からサクラ様はお別れを言い、突然彼女の気配は消えた。

 また、私が困った時にはきっと助けに来てくれる。凄く頼りになる先輩がいてくれて私は幸せだわ。


「…そよ子…」


 ビャクシンさんは目線を宙に彷徨わせてオドオドと怯えながら私に話しかけてきた。


「先程はそよ子の気持ちを聞かずに口づけをしてしまいすみません。

 私は…ずっと…かなり頑張ってそよ子を襲わない様に自分の気持ちを押し込めていたのですが、昨日からそよ子に見放されるのではと堪らなく不安になってしまい、貴女が私から離れてしまうと考えると怖くて…つい…力尽くでそよ子を捕らえようとしてしまいました」


 襲わないとか力尽くとか、かなり雄雄しい言葉を口にするなぁ。っていうか今の日本人の感覚ではそれって犯罪だよね。


「でも、昨日からの私の心配は杞憂だったんだと分かりました。

 そよ子が私の側を離れないと言ってくれて本当に嬉しい」


 輝く笑顔のビャクシンさん。ウオゥ! 眩しい!


「う…うん…出来る限り善処してビャクシンさんと一緒にいるよ」


 何か…ビャクシンさんの期待が…私の希望よりも大きい


「そうですよね。一緒が良いですよね!

 私は奴隷ですが城近くに屋敷を所有してるんですよ。魔法で家事が出来ますから使用人はいませんし、気兼ねなどありません」


 ちょ、ちょっとまたビャクシンさんの押しが強くなってきた。ええ? 反省はどこに行ったの?


「実は内緒にしていましたが、屋敷内にそよ子の部屋は既に用意しているんです。

 そよ子が良ければ私の屋敷で暮らしませんか?」


 ビャクシンさんに両手を握られて迫られる。


「ま、待って下さい!

 私は出来る限り側にいるって話しで、婚前の同居とか同棲とかは私の性格上無理だから!」


 そんな積極性があったら日本で恋人出来てた…かな?…


「大丈夫ですよ! そよ子!」


「いや! いや! 駄目! 駄目!」


 私の恋愛倫理では結婚前の男女は清い交際しかしないのよ!


「貴女に苦労はさせませんから!」


「待って! 待って! 本当に出来ないから!」


 私だって仕事も家事もやるし健やかなる時も病める時も共に歩むつもりはあるけれど、それは社会的に結ばれてからの話しだし!


「私の屋敷でずっと一緒にーーー」


 もう、もう、もう!私の言葉を聞いてくれないのなら!


「だから無理って言っているでしょ!」


 ゴォーーーーーーーーーーーーン!!


 聖剣でビャクシンさんの頭を思いっきり叩いた。


 長い銀髪をサラッと靡かせ白目をむいて可憐に倒れるビャクシンさん。

 好きな人を力一杯打ったのに罪悪感は全く湧か無い。

 むしろよくやったと私を褒めるサクラ様とビレア達前世の声が頭の中に聞こえる。

 そして、色取り取りに咲く花壇の中で横たわるビャクシンさんを見て、私と前世の私達は大きな溜息を吐いた。














ここまで読んでいただき有難うございました。

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