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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
30/42

晴れ

 雲ひとつ無い晴天の下。昨日の嵐が嘘の様に清々しい。

 私は城内の小さな庭に立っていて、数メートル離れた先を見つめている。

 目線の庭先には円状に作られた美しい花壇。中央には切り株。そして、その切り株の前にしゃがみ込む美形な魔法使い。


「クレマチス姫。ビャクシンさんは彼処で何をしているんですか?」


 ビャクシンさんは何やら小声で切り株に話している様に見える。流石、魔法使い。植物と会話が出来るのかな? それとも何か魔法をかけているのかしら?


「何って見れば分かるでしょ。拗ねてんのよ」


「拗ねるって?」


「貴女が昨日ビャクシンに冷たい態度をとったからでしょ」


 あー、昨日ビャクシンさんに対して苛ついて彼を拒んでしまった。

 ビャクシンさんの完璧な美しさや最強な魔法使いという実力に尻込みし彼が愛した前世の私に気後れして、私はビャクシンさんを高嶺の花だと思い込もうとしていた。

 そして、ビャクシンさんへの片恋を捨てようとしたけれど、苦しくて辛くて出来ずに泣いた。


 日本にいた時、恋人欲しさにいろんな男性に声をかけいたけれど私は本当の恋を知らなかったんだ。

 恋ってフワフワして楽しくて幸せな気持ちになるものだと思っていたけれど、実際は胸が締め付けられたりどうしようもなく寂しく不安になってしまったりもするんだ。


 昨日タイム司祭に恋話して人を好きになる事は自由なのだと諭された。司祭様の話を聞いて他人目線よりも自分の気持ちに正直になれば良いのだと思った。

 ビャクシンさんの方が私より美人でも、魔法が使える凄い人でずっと一途に愛する(ひと)がいても、私がビャクシンさんを好きなのは今の私だけの気持ちだ。捨てずにビャクシンさんへ届けていきたい。


「私忙しいからもう行くわ。聖女様が責任持って彼を連れ出してね」


「分かりました」


「それじゃあ」


 クレマチス姫は私に軽く手を振り長いドレスを捌いて颯爽と去って行く。

 私は戸惑いながらビャクシンさんの元へ歩み寄った。


 恋を自覚して少し気弱になってしまったわ。

 ビャクシンさんは切り株を見つめてブツブツ聞き取れない声量を出している。


「おはようございます。ビャクシンさん」


 努めて明るく声をかけたつもりだけれど彼は黙り込んだ。


「あの、今日なんですけどお天気が良いので私またレベル上げに城の外へ行くのですが、出来ればビャクシンさんに同行していただきたくて」


 今日の行き先はフェンネルさんからまだ聞いてはいないけれど、本来は私とフェンネルさんだけでも大丈夫な場所らしい。でも、私はビャクシンさんに現世の私を好きになってもらいたい知ってもらいたいから、その為には出来るだけ一緒に行動したいと、フェンネルさんにビャクシンさんを誘っても良いか聞いたら苦笑いだったけれど了解してくれた。フェンネルさんは城の控え室で私がビャクシンさんを連れて行くのを待っていてくれる。


 ビャクシンさんはのっそりと立ち上がり振り返った。

 うわぁ、暗い。


「…私…そよ子を怒らせる様なことをしたでしょうか?」


「…は…あの」


 どうしよう。なんて答えよう? 苛ついていたのはビャクシンさんの言動に対してでは無くて、ビャクシンさんの過去の恋愛に勝手にヤキモチ焼いていたんだけれど、素直になろうとは思ってもそんな心情情けなくて言えないわ。


「…あ…あの、昨日は私ちょっと機嫌が悪くて、ビャクシンさんに当たってしまいすみません」


「そよ子。正直に言って下さい。私は長い時間をかけて貴女への接し方を学び考えていました。

 私はそよ子を傷つけたくない」


 ビャクシンさん、凄く真剣な眼差し。

 私の名前を呼んで私を傷付けたくないとか言われた。うう、胸がキュンとする。

 この世界に来て今の私がビャクシンさんに傷付けられたことなんてないよ。寧ろ心も体も常に守られていた。


「わ…私は…」


 今までの感謝を口にしようとした時、切り株が目に入った。切り株はかなり朽ちていて年月を感じさせる。もしかしたらアレは私の前世の桜かしら? …あー胸の奥がもやもやしてきた…


「あの切り株は桜ですか?」


 咄嗟に口に出てしまった。前世は気にしないと決意したのに。

 ビャクシンさんは私の問いに慌てる風もなく


「ええ。桜です」


 ビャクシンさんは緩んだ表情で愛しそうに切り株を見て私に微笑む。


 ヤバイ、ヤバイまた苛ついてきた! 前世にしかも木にまで嫉妬するなんて、私ってこんなに器量の狭い女なの! いや、でも仕方がないよね。フェンネルさんのあの顔! まだ桜(前世の私)が好きっていう感じがとっても伝わる!

 うう、口を開いたらきつい言葉を吐きそう。


「そよ子、どうしました? そんなに強く唇を噛み締めたら痛いんじゃないですか」


 ウガー!ビャクシンさんの優しさは今の私には逆効果よ! 怒りの炎に薪をくべられる感じだわ!

 冷静にとにかく一旦気持ちをクールダウンさせたい! この場を離れなくちゃ!


「私、もう行きます!」


「そよ子!」


 脱兎の如くビャクシンさんから離れようとしたら腕を取られた。ビャクシンさん力も強いから私は逃げられない。


「離して!」


 ヤダ! ヤダ! 私以外を優しく見つめるビャクシンさんの近くに居たく無い!

 頭に血が上り体を大きく捻って叫ぶ。

 腕を離してもらいたくて体を大きく動かしながらビャクシンさんを見ると息を飲んだ。


 彼は美しい整った顔を凍りつかせ情などない様な表情に計り知れない。深くて暗い海の底の瞳をしていた。背筋をゾッと冷たいものが走り抜け全身が冷えて動けない。膝に力が入らずガクガクと体が震えだす。


「そんな不安な顔をしないで」


 無理無理無理! ビャクシンさんの雰囲気怖すぎだから!


「そよ子」


 ギャーーーー! 抱きしめないで!

 キツイキツイキツイ! いつもはもっとフワッて優しく包んでくれるのに!


「君に出会ってからずっと我慢している」

 

 痛い痛い痛い! ビャクシンさん押さえ付けすぎ! 息が苦しい! 胸が潰れる!


 ビャクシンさんの腕の中でうううううと呻く私の顎をスッと持ち上げて、彼は妖しい程に美しい冷酷な微笑を浮かべ言った。


「私から離れるなんて許さないよ」


 ザワッと全身の毛が逆立つ。そして、そのまま綺麗な顔が近付いてきて唇が重なった。

 柔らかくて少しヒンヤリしたものを口に当てられーーーっていうか私ファーストキスなんだけど!

 逃げようと首を振るがビャクシンさんの大きな手で後頭部を押さえられ、体も腕にしっかりと抱かれて動けない。

 キスってお互いに好きを確認して、そしてデートをしてからするものじゃないの!

 私達まだ気持ちを確かめてないよね! なのに何でーーーこんなーーー


「ンンン!」


 え!? 唇を舐められた? えええ! ビャクシンさんの舌が私の口の中に入ってきた!


 ギャーーー! 口内を吟味され…舌を吸われたり…舌を絡められたり…ハアッ


 ーーーハアッーーーンンッーーー気持ちいいーーーチュッーーーハアッーーーヤァッーー


 ーーーハッーー快楽で意識が飛んだーーーヤバイヤバイヤバイーーー


 ーーーまだ唇が繋がったままーーーハアッーーーどうしようーーーンゥッーーーこんな快感や心地良さに流


 される付き合い方は嫌なのーーーハアッーーー体の自由がきかないしーーーチゥッーーー口は塞がれているーー


 ーハアッーーーどうやったらこの状態を解除出来るの?ーーーチュッーーーハアーーー



『…私を…呼んで…』



 ん? この可愛らしい声は確かゴブリンに誘拐された女性たちを助けた時の



『…名前を…』



 名前? 貴女の名はなんていうの? 教えて!



『私の名はーーー』



 ーーー



 白い発光を放ち私を中心に突風が吹いた。ゴオッと風の抜ける音と共にビャクシンさんに縛られていた体が自由になる。私はその場にへたり込み、ビャクシンさんは数メートル飛ばされたが空中で回転し華麗に着地した。

 美形ってどこまでも優雅な身のこなしするなぁ。


「そよ子、大丈夫ですか?」


 危機に合わせていた張本人が私を心配している。ビャクシンさんからは先程の冷徹な感じは消えて見えた。

 私の知っているビャクシンさんに戻ってホッとしたわと、口を開きかけた時


『おまえが言うなあ!』


 私じゃない声が私の口から飛び出した。


『酷い目に合わせていたのはアンタでしょう!』


 ビャクシンさんは目を点にして私を見ている。

 わわわ…待って! この状態では私の意見が言えないじゃん!










ここまで読んでいただき有難うございました。

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