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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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タイム司祭。恋愛について

 書斎のガラス窓を大きな雨粒が強く叩き、部屋の中にバシバシと雨音を響かせている。空も暗くて書斎室の中はランプの明かりだけだから薄暗い。騒がしい窓辺に近い椅子に対面で座る私とタイム司祭。


 ランプの暖かい灯に照らされるタイム司祭は、けたたましい雨の音の中でも物凄く落ち着いた態度で私を見ている。

 今まで悩みは同性にしか話したことがないから緊張するなぁ。


「え〜と…何から話せば良いのか分からないのですが…」


 激しい雨の音で只でさえ纏まらない思考がバラバラと頭の中を駆け巡る。


「私この世界に来て今まで生きて来た環境とはガラリと変わってしまい…司祭様には言いにくいのですが…とても大変な目に合っていると感じているのです。

 でも、姫様をはじめ司祭様達が私に親切にして下さっていることも分かっていて、それはとても感謝しています」


 そう、異世界から呼んだ聖女とはいえ、皆本当に温かく私の世話をしてくれる。

 クレマチス姫は私の看病を使用人任せにしないし、クレストさんもフェンネルさんも紳士的に接してくれて、タイム司祭は偶にお会いすると優しく話をしてくれる。

 こちらに来て戦闘(レベル上げ)以外の行動で不快に思った事は無いの。


「そして皆様の中でも特にビャクシンさんは私に気を配り魔物から守ってくれたり落ち込む私に優しくしてくれて…私…ビャクシンさんを好きになってしまったみたいで」


 私の告白に顔色ひとつ変えず穏やかに聞くタイム司祭。

 あれ? もしかして私がビャクシンさんを好きな事がバレていたのかしら?

 いやいや、タイム司祭は他人から相談されることに慣れているから、この程度の話じゃ取り乱さないのよ。


 私はバシャバシャと騒がしいガラス窓に気を取られながらも話を続ける。


「私は今までビャクシンさんを好きって認めるのは怖くて無意識に逃げてしまい…でもそれは…」


 前世の話もした方が良いかしら? 前世のビレアやノウゼンカがビャクシンさんとの恋愛で色々とあって、その辛い記憶が私の魂に刻まれていて私はビャクシンさんに複雑な心情を持っているって。

 でも、いきなり前世とか言われて司祭様は私の話を信じてくれるのかな? …取り敢えずは前世の事は話さないでいいか…ああ…何でこんなに雨の音が煩いの! 自分の話なのに全く集中出来ない!


「ビャクシンさんへの好きだという気持ちが本当に私の想いなのか分からなくて…それに…ビャクシンさんが見せてくれる好意も本当に私に向けられたものなのか疑えてきて。そしたらとても悲しくなって泣いてしまったんです」


 纏まりのない私の話を黙って受け止めてくれるタイム司祭。

 私とタイム司祭が沈默する中、部屋は少しの灯りと窓を叩く激しい雨音が占領している。

 私はもう涙は流していない。心の中は混沌とした静寂に支配され窓を襲う弾ける雨水を只々見つめた。


 ーーー長いような短い無声を終えて、タイム司祭が口を開いた。


「聖女様はこの世界にたった1人、突然召喚されて重い任務を担わされました。

 若い女性が知らない世界で生きるのは精神的にも肉体的にもかなりな負担を抱えられていると思います。この世界(私達)魔王討伐(身勝手な要求)をそよ子様は弱音を吐かず私達が想像するよりも早い速度で聖女としてレベルを上げられ、真っ直ぐに使命に立ち向かって下さっております」


 タイム司祭は涼やかなグレーの瞳で私を見つめ、そして頭を下げた。


「過酷な状況によくぞ耐えて、この世界の為に力を尽くしていただきありがとうございます」


 …胸が…胸が熱い!

 顔も熱くなってきた!

 こんな感謝を司祭様から受けるなんて気恥ずかしいわ!


「っわわ、司祭様! 頭を上げて下さい!」


 聖女として魔王を倒せば日本に帰してくれるって言うし、魔王討伐も癒しのタイム司祭や屈強な騎士のクレストさんや俊敏なフェンネルさん。それに最強な魔法使いビャクシンさん達が同行してくれるから、魔王と戦うのは私1人じゃないと安心しているの。


「この様な厳しい環境の中で、そよ子様が強い魔法使い殿に心を通わせられるのは当然の成り行きだと思います」


 タイム司祭は顔を上げ私の目を見た。


「しかし正直に申し上げれば、私は魔法使い殿に対してあまり良い感情は抱いておりません」


「え?」


 タイム司祭の率直な言葉に驚く。

 あ、でも、そうだわ。クレマチス姫以外はビャクシンさんに自分から話しかける人間を見た事がない。クレスト隊長は感情を隠すけれどフェンネルさんはビャクシンさんに対して嫌っている感じがした。


「魔法使い殿は1000年以上前に禁忌の魔法により不老不死となった。いわば人間ではなくなった者なのです。彼は至上最高の魔法使い。その絶大なる魔力は我々人間からすれば魔族に近く…彼はマジョラム国の奴隷になる事で…国に(つな)がれる事により生存を許されているのです」


「…奴隷…生きる事を許される」


 ズキッと心臓が痛む。

 何故? ビャクシンさんは不老不死になったのだろう?

 魔法を究めたかったのか? それとも他に何か理由があったのか?


「魔法使い殿の身上を知るこの城にいる者達は皆彼を怖がっています」


 バババババババと強烈に雨がガラス窓を連打した。

 ビャクシンさんへの恐怖。

 ここで生活していて何となく分かってはいたけれど、他人に声に出して聞かされると衝撃を感じる。


「聖女様は前回、魔法使い殿の身の上に同情されていましたね。貴女はとても優しい方だ」


 タイム司祭の講義でビャクシンさんが国に鎖がれている事を改めて知って私は酷いと憤った。


「聖女様は彼に対する憐れみの気持ちを恋愛感情に履き違えているのではないですか?」


「ち、違います!」


 タイム司祭の問いをすぐさま否定した。


「私は…恋愛経験は殆ど無いです…ですがこの気持ちはビャクシンさんを可哀想に思っているわけではないです。 彼を慰めたいだけじゃ無いんです。

 私は彼の側にいたいんです!」


 激しい雨音に同調する様に言葉が次々に出る。


「私はビャクシンさんと幸せになりたい!

 私が思い描いていた恋人とは違うと思うけれど、彼と一緒に食事したり笑い合ったり辛い気持ちを話したりしてお互いを思いやれる近くにいる存在になりたいんです!

 前世とか聖女とか異世界とか魔法使いとか奴隷とか全部無くして、私はビャクシンさんと対等な立場で付き合いたい!」


 体の奥から気持ちが出たとハッとして手で口を押さえた。

 タイム司祭はゆったりとした雰囲気で椅子に座り微笑んでいる。


「聖女様が本心から望まれているのなら、その思いを押し通せばいいのです。

 周囲の人間は他人の色恋に無責任に騒ぐだけですので、周りの者が何を言っても聖女様が聞き入れる必要はないでしょう」


「あの…でも…私ではビャクシンさんに釣り合わないし…ビャクシンさんの気持ちだって分からないですし…」


「恋の始まりは誰でも突然1人で迎えるものです。ですから戸惑うのも無理はありません。

 私から見れば聖女様は魔法使い殿に勿体無い素晴らしい女性に見えますが、先程も言いましたが御自分の恋に他人の主観など要らないでしょう。惑わされるだけです。

 魔法使い殿の気持ちはこれから聖女様ご自身で確かめれば良いのではないですか?

 それに魔王討伐までまだ時間はあるのですから、今から聖女様に惚れさせれば良いのですよ」


「ええ! 聖職者なのにタイム司祭ったら恋の狩人みたいな事を言う!」


「ふふふ、ベルガモット教では300年ほど前から司祭の妻帯が認められ、我々司祭も恋愛し妻を娶り子を成して暮らしています。

 …あまり公然と話せませんが…私の妻は貧しい家の出で私と結婚する前は娼婦でした」


「はあ! タイム司祭結婚しているんですか! それに奥様が元娼婦!」


 驚いて大声を上げてしまう私にタイム司祭は上品に人差し指を口の前にかざした。

 うう! 慌てて自分の手で自分の口を塞ぐ。


「そうです。神に仕える私と社会的に認められぬ職業の彼女が結ばれるにはかなり大変でした」


 ぅわあー、こんな身近に思いもよらない人が凄いラブロマンスだわ。


「恋愛に他人の言葉は必要無いと言いましたが敢えて聖女様に申し上げるならば、手前勝手に御自身を卑下されるのはおやめなさい」


 気高いタイム司祭にビシッと言われ背筋が伸びる。

 ビャクシンさんへの卑下する後ろ向きな気持ちを直される様だ。


「聖女様が御自分に付けられている評価は低過ぎです。

 私を含め聖女様を知る者は聖女様に対して並々ならぬ尊敬の念を抱いています。

 貴女はとても素晴らしい存在です。

 魔法使い殿に引け目を感じる事など無いのです」


「でもそれは…聖女としての私への評価で…女としての私の価値は低いと思うの」


「聖女様が言われる女の価値とは何でしょうか?

  女性が持つ魅力は人それぞれ、様々な種類があるでしょう。

 私の言葉では聖女様の心に響かないとは思いますが、聖女様は女性として大変魅力的です」


 真っ直ぐ向けられるタイム司祭の言葉は心打たれる程ではなくても信頼は出来る。

 よくよく考えれば私の思う女性の価値は揺れていてその場その場で変わってしまう不確かな物だ。

 男と交際した事が無い私だけど男性と付き合える女性の方が私よりも価値が上かと問われれば、そんな事は無いわよね? 異性交遊だけが性の存在意義を高めるわけじゃないでしょう。


 急に雨音が消えた室内でタイム司祭の声が透る。


「聖女様の御容姿もクレマチス姫が嫉妬する程にお綺麗ですから、貴女が外見を気にする必要はないのです」


「!!」


 驚き過ぎて言葉が出なかった。


「ああ、そよ子様は気がつかれていませんでしたか? では私が話した事は内緒にして下さいね」


 嵐が過ぎた最後にタイム司祭は茶目っ気あるウインクを私に見せてくれた。









ここまで読んでいただき有難うございました。

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