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黒い奴隷  作者: 渡辺朔矢
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ゴブリンの巣に拐われ孕まされた女性達を元の村娘へと戻す為、聖女の力を使ったそよ子。

能力を使い過ぎて昏睡中の彼女は自分の前世に話しかけられビャクシンとの因縁を知りました。

「貴女って見た目に反して丈夫なのね。

 別にまだ休んでいても良いのに」


 朝の身支度が終わり朝食を済ませるとクレマチス姫が部屋へ入って来た。姫が優雅な物腰で私の手を引く。今日は雨だからタイム司祭のお話を聞くらしい。


「クレマチス姫のお陰でゆっくりと休めましたし…寝ていても事態は終わらないから…」


「…そうね…貴女今日は顔色も良さそうだし、司祭様のお話くらいなら聞けるかしら。

 でも、もしも気分が悪くなれば直ぐに言いなさい。私は貴方の側にいられないけれど司祭様や使用人が聖女様を助けるから」


「はい。クレマチス姫。お心遣いありがとうございます」


 素直にお礼を言うと、クレマチス姫はふんと小さく鼻を鳴らして私の手を握り書斎まで先導してくれる。


 私は8日前にゴブリンを殲滅してゴブリンに誘拐された女性達を救助した後、力を使い果たして3日程意識がなかったらしい。クレマチス姫はこの世界での私の世話人だから寝込む私の看病をしてくれた。目を覚ました私に姫は

「体が動くからといって無理はしないように…貴女は聖女様なのだから…多少の我儘は私だって聞いてあげますからね」

 と言って、静かに部屋に籠らせてくれたのだ。彼女は本当に優しい人。


 正直、体調よりも心が重くて布団から出る気にはなれなかった。

 多数のゴブリンを斬り殺した事やゴブリンに誘拐されて酷い状態の女性達を見た事。

 そして喪失状態の中、私の前世だという美女2人と桜の木と猫が出てきてビャクシンさんとの前世からの繋がりを聞かされたからだ。


 もうね多過ぎよ…前世の話とか…それにあの美女達の雰囲気。

 ビレアとノウゼンカの恋愛は泥沼だったんじゃないかな? 全部を聞いたわけではないけれど、2人の様子からしてビャクシンさんとかなりの愛憎劇があったんじゃないかしら?


 私、日本でずっと恋人が欲しかった。でも、望んだ恋愛はもっと平凡っていうか、気が付いたら隣にいる人っていう和やかな流れが理想で、恋にロマンスや波乱は求めていないの。

 前世からの宿命の相手。しかも彼は不老不死なんて、そんなドラマチックなパートナーは望んでないわ。


 私の手を優しく握り前を歩くクレマチス姫を見る。

 先日、偶然にもクレマチス姫がビャクシンさんを好きなことを知ってしまった。


 クレマチス姫はこの国の第一王女様。

 黄金の波のように揺れる美しい髪に、金色にも緑色にも見える魅惑的な瞳を持つ美女。今、気がついた。クレマチス姫の妖艶な雰囲気はノウゼンカに似ているわ。現私よりもビャクシンさんの隣には美人のクレマチス姫の方が相応しいと思う…いくら前世からの繋がりが有っても現世の私ではビャクシンさんの相手として役不足だ…


「ちょっと、貴女やっぱりまだ全快じゃないんじゃないの? さっきよりも顔が暗くなっているわ」


 クレマチス姫の声で我に帰るといつのまにか書斎前に着いていた。

 姫は美眉を寄せて心配そうに私の体調を伺ってくれる。


「…心配させてごめんなさい…大丈夫です」


 姫の言葉に自分なりの笑顔で返事をした。


「本当に大丈夫なのですか? そよ子」


 と、不意に真横からビャクシンさんの声がして反射的に見上げる。

 8日ぶりに見るビャクシンさんは相変わらず美しく整った顔を少し曇らせて私を心配そうに見下ろしていた。

 ビャクシンさんを見て布団の中でずっと考えていた本音が湧き上がってきた。


 ビャクシンさんが好き


 重いとか面倒とか欲しかった恋愛と違うとか沢山否定しても、それでも私はビャクシンさんが好き。

 彼を怖いと感じるのは嘘ではない。日本に帰りたい気持ちだってあるのに。


 こんこんと湧き出る泉の水の様に心の底からビャクシンさんへの恋心が溢れてきた。

 でも自分の本心が分かった途端、今度はビレアやノウゼンカ、クレマチス姫の高貴な美しさに圧倒され、美麗なビャクシンさんに見合わない(いま)に恋心が打ちのめされる。


 前世の私、ビレアやノウゼンカは誰が見ても魅了される美女だった。それに見事な枝振りの薄紅色の花を咲き誇らせる木も人の心を掴む存在だと思うし、美しいシルバーグレーの毛並みにしなやかな体を持った猫なんて素敵すぎる生き物じゃない。


 それなのに今世の私は日本の普通のOL。いや、普通どころか男性と1度も付き合ったことさえないモテない女なのよ。そんな私が天才美形魔法使いのビャクシンさんの恋人になるなんて無理じゃない?

 第1、ビャクシンさんだって私の前世がビレア達だから私に優しくしてくれるのであって、今のそよ子(わたし)を好きなわけではないのよ。



「そよ子?」

「聖女様?」


 ビャクシンさんとクレマチス姫が小刻みに震える私を見て首をかしげる。


 ーーーそよ子()を好きなわけではないーーー


 ああ、自分で出した答えにこんなに傷付くなんて。


「聖女様、如何致しましたか?」


 タイム司祭が書斎室の前でなかなか部屋に入ってこない私達に声をかけに来た。


「…いえ…何もありません。

 お待せして申し訳ありませんタイム司祭」


 気持ちを立て直して書斎へ入ろうとすると当然のようにビャクシンさんも私に付いてくる。

 何だろう物凄くイラッとする。私はビャクシンさんへ振り返り


「ビャクシンさんは司祭様のお話を聞く必要はないんじゃないですか?」


 自分でも驚くくらいキツイ口調でビャクシンさんに言った。皆、私の意外な態度に時が止まる。

 一瞬の間の後ビャクシンさんは慌てて声を出した。


「そよ子、私の方が司祭様よりもこの国の歴史や聖女について知っていますからーーー」


「でも、タイム司祭様だってお詳しいですし、それにビャクシンさんは魔法使いとしてのご自分のお仕事があるんじゃないですか? 自分の仕事を放っておいて、こちらに来るのは大人として無責任ですよ。私、いい加減な人は好きじゃないです!」


 私の言葉に凄いショックを受けて青い顔で固まるビャクシンさん。

 クレマチス姫は長い指を口に当てて目を見開き、タイム司祭は無言で立って事の成り行きを見守っている。


 そよ子()を好きでもないくせに、私にくっ付いてこないで!


 私の発する怒りオーラにクレマチス姫が気を利かせ


ビャクシン(あなた)今日は大人しく自分の仕事をしなさい」


 と、ビャクシンさんの袖を引っぱっる。

 ビャクシンさんは私を横目に口を開きかけたが、私がそっぽを向くと何も言わずに書斎から出て行った。

 パタンッと軽く扉の閉まる音がして私は勝手に落胆した。そんな自分が嫌で自分に発破をかける。


 ビャクシンさんが離れると感じる淋しさは前世の魂を引きずっているだけよ。今の私の気持ちでは無いの!

 ビャクシンさんを想う気持ちも前世の恋を覚えているから。今の私の情じゃ無いの!

 …だから…だから…無くしてしまおう。私の中からビャクシンさん()を。

 そして今のそよ子(わたし)だけの恋人を作れば良いのよ!



 霞む視界に白い布をソッと当てられた。

 タイム司祭が私の涙をハンカチで拭いてくれている。


「…司祭様…すみません…私…こんな…」


 ようやく…恋を知ったのに…恋を投げ出そうとする…自分がどうすれば良いのか分からない…


「聖女様。無理に泣き止もうとされなくて良いのですよ」


 普段から穏やかな司祭様が語りかけてくれる。


「私には聖女様が泣かれる理由はよく分かりませんが、もしも聖女様が話される事で気持ちが軽くなる様でしたら私にお話ししてくださいませんか?」


 タイム司祭はにこりと微笑んで私を窓辺の椅子へ腰掛けさせてくれた。

 司祭様が渡してくれたハンカチを握りしめて悩む。


 異世界(ここ)には八手先輩も苣木先輩も女友達もいないから相談をしたくても出来無い。

 う〜ん…いや、タイム司祭は素敵な大人だけど…異性に恋愛相談ってどうなのかしら?

 あ、でも聖職者って人の相談話には慣れているんじゃない? タイム司祭はとても柔らかな雰囲気の方だもの…多分、女性の恋の相談も受けた事が多数あるはず…


 ふと視線を上げればタイム司祭が穏やかに微笑んでくれている。

 私は思い切って自分の恋について司祭様へ話す事にした。



























 

ここまで読んでいただき有難うございました。

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