前世の私
聖女の力を使い過ぎて疲れ意識を失うそよ子が見たものは……
ニャオーーーン
猫の声。少しづつ意識が戻り目を開けると寝転ぶ私の胸上に猫がいた。
「ぅわあ、綺麗な猫ちゃん」
起き抜けなのに思わず声が出るくらい。
シルバーグレーの美しい毛並み凛とした顔立ちの猫が新緑色の瞳で私を見下ろしている。と、目を開けた私に猫は頭を擦り付けてきてゴロゴロと大きく喉を鳴らしだした。凄く人懐こい猫。猫好きの私としては嬉しい。
「ふふふ、くすぐったい」
猫のザラザラした舌で顔を舐められて目を閉じる。
あー、猫を飼いたい! でも私…賃貸だから動物飼うの無理なんだよね…
手で猫の頭を撫でながら一頻り毛の感触を味わっていると
「もう、ミントばかり狡いですよ。私達だってお話ししたいのです」
鈴が鳴る様な声がしてヒョイッと猫を退かされてしまった。
猫がいなくなり視界が開けると、ヒラヒラと桜の花びらが舞う白っぽい空間に猫を抱く女性ともう1人女の人が私を見ていた。
女性達の視線で急いで体を起き上がらせる。他人の前で元気なのに横になっているのは恥ずかしい。
「あ…あの…」
取り敢えず、立ち上がっては見たものの何を話したらいいのかな?
目の前の女性は知らない人達だわ。
「こんにちは。私達がこうして貴女に会うのは2度目になるのよ」
しっとりと落ち着いた声で猫を抱いていない女性が話しかけてくれる。
「…2度目…」
どうしよう? 全く思い出せない。
猫を抱いている女性は小柄で白い肌に琥珀色の大きな瞳が印象的な可愛い女性。もう1人の女性は長身で金色の髪に金色の瞳の豪華な美女。こんな印象的な美女達に1度でも会っていたら私絶対に忘れるはずがないと思うのだけれど。やばい! 社会人として会った事がある人を思い出せない状況は焦るわ!
私がワタワタとしているのを微笑ましそうに見守る美女達。それに猫も何だか温かく私を見つめているみたいだし、美女の後ろの桜の木も大きく伸ばした枝に花を満開に咲かせてチラチラと落とす花びらは私を和ませてくれている。…私に優しい空間…何だか勝手に気持ちが落ち着いてきた。
「貴方の名前はそよ子と言うのね」
「はい」
金色の瞳の女性に名前を呼ばれて返事する。彼女は花が咲く様な笑みを見せて
「ごめんなさい。混乱させてしまって。
私達がそよ子に会うのは2度目だけれど前回は顔を合わせて挨拶が出来なかったのよ。だからそよ子からしたら今回が初対面になると思う」
女性の声…桜の花弁に猫の声…
「あ! 召喚されて溺れた時ビャクシンさんに助けられて…目覚める前にみた夢の中の…」
女性達も猫も桜もふんわり穏やかに微笑んでくれる。黒目の美女がやんわりと口を開いた。
「…夢とは少し違うわ…
私達はそよ子の前世の姿なの。
だから今そよ子が見ているこの場は貴女の魂に刻まれた私達の残留思念なのよ」
「前世? 残留思念? え? でも現在進行形で話していますよね?」
「そよ子が戸惑うのもよく分かるわ。少し長くなるけれど説明をさせてちょうだい」
金の髪の美女に促されて桜の木の下に皆で座る。
桜の木は魅力的な曲線を描いて伸び、大きく枝を張らして私達3人と1匹を懐へ入れてくれた。
「私の名前はビレア。マジョラム王国建国時の王女として生きていたの」
ビレアと名乗った白い肌に黒髪琥珀色の瞳が目を惹く華奢な体の庇護欲を感じさせる美女。マジョラム建国って1000年も昔の人ってことか…1000年前…ビャクシンさんが生まれたのと同時期くらいに生きていたって事かな? ーーーなんか胸騒ぎがしてきたーーー
「私はビレア姫の魂の生まれ変わりノウゼンカ。マジョラム5世へ嫁ぎマジョラム国の王妃になりました」
金色の長い髪に金色に輝く瞳。スラッと高い身長で出るところは出ているスーパーモデルの様な美人さん。王妃様の気品を感じさせて尚且つ色気もある。でも、自己紹介時の王妃になったと言った辺りで美しい瞳に影が差したみたいに暗くなったわ。重い事情がありそう。
『私はビレア姫の2回目の生まれ変わり桜の木です。聖女サクラの手によりこの異世界へやって来ました』
桜の木が喋った! というか脳へ直接語りかけてくる感じ。そういえば以前タイム司祭のお話の中で聖女サクラの話を聞いたわ。第2代聖女が召喚時に手に持ってきた桜の枝。転生って必ずしも人間に生まれ変わるものではないのか!
「ニャーニャーニャー(俺は3回目の生まれ変わりオス猫のミントだ。よろしくな)」
ビレア姫の膝上にいるシルバーグレーの美猫も話し出したっていうか、頭に直接言葉が浮かぶ。猫さんはオスなのか。そっか性別も女ばかりでなく男の可能性もあるんだ。
…え〜と…先程ビレア姫が言ったけれどここに居る女性2人と木に猫は私の前世って事は
「私はビレア姫の生まれ変わりって事でしょうか?」
「「『(そう! そうなの)』」」
皆、顔を輝かせて返事をした。
「ああ、そよ子の理解が早くて助かるぅ」
「いきなり前世って言われても戸惑ってしまうものね」
『私も前世の記憶が蘇った時は動揺して、直ぐにはビレアやノウゼンカの話を聞けなかった』
「ニャーーニャニャーーー(俺は割と早く受け入れたけどな)」
ワイワイと2人と木と猫が話し出す。
う〜ん、正直前世なんて言われても全くピンとこないが、異世界転移という非現実を体験している私にとってはそれ程信じられないことではないし、実家には一応仏壇があって祖父母が生きていた時には、魂の生まれ変わり的な話も聞いていた。だから私に前世があったとしても不思議はないと考えられる。ただ、気になるのは
「何故、私は前世を4代も続けて知っていくの?」
私の疑問に和気あいあいだった場がしんと静まりかえった。
自分の前世なんてスピリチュアル系の人に見てもらったりしないと分からないんじゃない?
それも何らかの問題を感じて自分で調べていくもので…こんな前世の方から現世の自分にコンタクトを取ってくるなんて…絶対に普通の状況じゃないよね。
「そよ子。凄いわ。貴女勘も鋭いのね」
ビレア姫が語る。
「私達が…私の魂が…こんなにも同じ環境に転生するのは自然なことではないわ。
ハッキリとはしないけれど魂はいろんな物や環境に転生をしながら成長していくらしいの。
その時々で様々な出会いを体験していくはずなのに私はずっとマジョラム国に転生している…ううん…正確にはマジョラムではなくてビャクシン…彼の元に…」
ごくっと喉がなる。
「…ビャクシンさん…」
彼に初めて会った時から不思議な感覚を感じていた。
凄く安心するのにとても怖い。それは前世の魂の記憶が思い起こさせていたのか。
ビレアとノウゼンカは特別複雑な心情らしく、ビャクシンを愛する気持ちと彼を畏怖する心の両方を強く感じているみたい。ビャクシンの事が堪らなく恋しいし、それでいて彼といると自分が壊される恐怖を思う。ビレアとノウゼンカはポツリポツリ言葉を詰まらせて気持ちを話してくれた。
悲しげに瞳を曇らすノウゼンカ。
「ビャクシン。彼には初めて会った時から強く惹かれてしまって…私はマジョラム国王の元へ他国から嫁いだ身だったから…母国の為にマジョラムの王妃として生きる為に自分の恋情に流されないように…彼に近づかないようにしていたのだけれど…」
ノウゼンカは前世を思い出して両手で顔を覆う。彼女の震える細い肩を抱き寄せて慰めるビレア。
「ノウゼンカのせいではないわ。貴女はとても気丈に頑張って生きていたわ」
ビレアとノウゼンカ。2人からは決してビャクシンさんを貶める感情は感じないけれど、愛するがゆえに苦しんでいるのが伝わってくる。
…何だろう…胸の奥がモヤモヤして沸き立つような燃えるような痛くて苦しい。
風もないのにサワサワと桜の木が揺れる。
『ビャクシンは愛し方がだいぶ偏った男なの。ビレアやノウゼンカの都合を考えずに自分の愛を2人に押し付けたから、ビレアやノウゼンカはビャクシンに対して愛と悲しみの間を大きく揺れ動くことになってしまった。だから、2回目の転生で私は植物になったの。彼に振り回されないように』
桜の花は強い意志で自分から木になったのだと話す。
それで、どうだったのだろう? 桜の木としてビャクシンさんの側に生きて
質問をしようと口を開くと桜の花びらが沢山舞い落ちてきて
「あ、あれ? ちょっと待って桜散らせすぎよ! 見えないよ!」
いきなりのホワイトアウトならぬ桜吹雪に視界が奪われた。
「ニャーニャーニャー(おい! 俺はまだ話していないぞ!)」
ミントの鳴き声が聞こえるけれど、姿はもう見えない。
「そよ子が目覚める時間なのね」
「え! え! 待って私もまだ聞きたいことがあるよ!」
「大丈夫よ。そよ子。また会えるわ。だからそれまでーーーー気をつけて」
『私達はずっとーーー見守っているから』
「ニャーニャーーー!(俺の話も聞けーーー!)」
「次に会えた時にはーーーーーーーーーーーー」
ザザザザザザザザザザァァアーーーーーーーーーーーー
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ーーー花吹雪のノイズでビレア達の声は聞こえなくなり、白い空間から戻るとそこはマジョラム城の自分の部屋だった。
ボンヤリする頭で日本から異世界に来た事。聖女として魔王討伐の使命を担わされた事。そして前世を知り私は生れる前からマジョラム国魔法使いビャクシンさんに関わっていた事を考える。
「…もう無理よ…非現実的問題が…多すぎよ…」
大きく息を吐いて布団へ潜った。
寝て目が覚めたら全部夢オチでしたを希望します。
ここまで読んでいただき有難うございました。




